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008 ささやかな意地悪
お腹が空いたまま部屋に戻り、眠ろうとしたものの空腹からか環境のせいなのか。
ムカムカする胸が気になり、どうすることも出来なかった。
うちの侍女たちが持たせてくれたたくさんの菓子たちのうち、半分だけを食べた頃、ようやくうとうとと眠りにつくことが出来た。
目が覚めて、自分の部屋ではないと気づいた瞬間、泣き出しそうになった。
こんなんじゃダメだよね。
分かってはいても、逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。
でも父の期待もあるし。
カインにも宣言してしまったのに……今更引き返せないよね。
だいたい貴族の結婚に愛がないことなど、私だって分かっていたじゃない。
ちょっと……だいぶ相手の家族が気に食わないだけで取りやめてたら、どうしようもないじゃない。
「しっかりしなくちゃ」
今まではマチュ中心に家の中が回っていたとしても、結婚するんだもの。
少しずつ変えて行ってもらえればいいものね。
そのためにも、まずは私がこの家の習慣に慣れないと。
「朝ご飯の時間も分からないし、とりあえず食堂に向かうしかないわね」
一人で身支度を済ませると、私はダイニングへ向かった。
しかしいくら待っても、キーシストたちは現れなかった。
手持ち無沙汰の私は、仕方なくダイニングの掃除を始める。
テーブルの上も下も、綺麗そうに見えてやはり掃除は行き届いていなかった。
ある意味不衛生な場所で食事をしていても、気にならないのかしら。
いや、こういうのも慣れなのかな。
昨日使用人の一人にもらった雑巾は、元の色も分からないくらい真っ黒になってしまっている。
何度水洗いしてもダメだから、一日しか使っていないのに、ある意味もう寿命かも。
昨日の今日で新しい雑巾って、もらえるのかな。
「それにしても誰も来ないわね」
いくら私が早起きだったからって、それにしても遅いんじゃないのかな。
窓の外から見える日差しはとっくに高くなってきているし、昨日の夕飯だってかなり時間は早かったはず。
「普通ならお腹が空かないとは思えないんだけど」
あれ、もしかして……。
私は何となく嫌な予感がして、厨房へと早歩きで向かった。
屋敷の一番奥。
中庭とは勝手口で繋がった場所にある厨房は、すでに火を落としていた。
もしかして、もう料理人すらいないのかな?
そう思いながらも、私は声をかける。
「あの、すみません」
すると奥から一人の料理人がのそりと出て来た。
歳は父と同じくらいだろうか。
背は見上げるほど高く、白く威厳のある髭がとても立派だった。
私はあまりの大きさに、一歩後ずさりしてしまう。
しかし眼光も鋭いものの、その男性の声はどこまでも優しかった。
「どうした? 見たところ新しい使用人……ではなさそうだな」
「あ、はい。キーシスト様と婚約させていただいた、リュシカと言います」
「ああ、あんたが婚約者様か。すまない、敬語は苦手すぎてしまって」
「いえ。そのままで全然大丈夫ですよ。私は気にしませんから」
「そうか」
どことなく、カイン様の雰囲気に似ている気がするわね。
ああ、カイン様というか騎士団の人たちに、という感じかな。
みんな敬語が苦手で、よく注意を受けていたっけ。
懐かしいなぁ。
子どもの頃は、カイン様が騎士団の稽古などにもよく連れて行ってくれたのよね。
大きくなってからは、淑女なんだからダメだと言われてしまったけど。
ここの人たちはどこか余所余所しいから、これくらいの距離感の方がむしろ安心するわ。
「その婚約者様は、こんな遅い時間に何しに来たんだ?」
「ああ、それが、朝ご飯って皆さんはどうされているんですか? ダイニングで待っていたんですが、誰も来なくって」
「あんた、何も聞いていないのか?」
料理長は心底呆れたような顔をしていた。
この感じ……。まさかとは思ったけれど、どうやら予想は悪い方に当たっていたみたい。
「はい。昨日の夕飯の時間も聞いていなくて……」
「そりゃ、腹が減っただろ」
「……すみません」
「もうほとんど残ってはいないが、ちょっと待っててくれ」
そう言うと、そそくさとあり合わせで食事を出してくれた。
私はトレーに載せられた小さなパンにサラダとお肉を挟んでくれたものを受け取る。
冷めてはいても、とても美味しそうに思えた。
嬉しい。ここに来て、最初の食事だわ。
「朝ご飯はその日出来たものがこの厨房に置かれていて、食べたいモノだけを適当に自分の部屋に持って行く仕組みだ。夕飯はダイニングだが、呼びに来る使用人はいない。時間を見計らって行くことだ」
「そうなのですね」
昨日は寝てしまって遅くなったから、今日は時間に気を付けないと。
でもそれにしても、私が夕飯も食べていないことなどキーシストもマチュも知っているはずなのに。
朝ご飯の仕組みまで教えてくれないなんて。
でもきっと、それを正面から抗議したところで教え忘れたとか、聞かなかった方が悪いと言うんでしょうね。
「今、使用人は極端に少ない。まぁ、知っていると思うが、この男爵家は金が回っていないんだ」
よほど不服そうなのが顔に出てしまっていたのか、料理人は優しくこの屋敷の状況を説明してくれていた。
自分のことは自分でなんて言っていたけど、やっぱり結局はそうなのね。
この家にお金がないとは父からも聞いていた話だけど、ここまでだなんて。
「前の主人が生きていた頃はまだ良かったんだ。だけど、今の次男に変わってからココはもう駄目さ」
「前の……確か、長男さんが事故で亡くなったと聞いていますね」
「事故、なぁ」
なんだか歯切れの悪い返事と表情。
でも、事件などではなかったはずだけど、本当は違うのかな。
しかし今の私が勝手に聞いていいような感じではなく、それ以上聞き返すことは出来なかった。
「とにかく婚約者様も、いろいろ考えた方がいい。おれも先々代からの付き合いで残っているだけで、他の使用人たちもほとんど辞めてしまったからな」
「そうなのですね……。でも、まだ来たばっかりですし、もう少しだけ頑張ってみます」
「そうか」
私はお礼を言うと、食事を持って部屋に帰った。
人とマトモな会話をすることで、ほんの少しホッとする。
そして彼の作ってくれた料理を食べると、まだ続けられそうな気がしてきた。
ムカムカする胸が気になり、どうすることも出来なかった。
うちの侍女たちが持たせてくれたたくさんの菓子たちのうち、半分だけを食べた頃、ようやくうとうとと眠りにつくことが出来た。
目が覚めて、自分の部屋ではないと気づいた瞬間、泣き出しそうになった。
こんなんじゃダメだよね。
分かってはいても、逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。
でも父の期待もあるし。
カインにも宣言してしまったのに……今更引き返せないよね。
だいたい貴族の結婚に愛がないことなど、私だって分かっていたじゃない。
ちょっと……だいぶ相手の家族が気に食わないだけで取りやめてたら、どうしようもないじゃない。
「しっかりしなくちゃ」
今まではマチュ中心に家の中が回っていたとしても、結婚するんだもの。
少しずつ変えて行ってもらえればいいものね。
そのためにも、まずは私がこの家の習慣に慣れないと。
「朝ご飯の時間も分からないし、とりあえず食堂に向かうしかないわね」
一人で身支度を済ませると、私はダイニングへ向かった。
しかしいくら待っても、キーシストたちは現れなかった。
手持ち無沙汰の私は、仕方なくダイニングの掃除を始める。
テーブルの上も下も、綺麗そうに見えてやはり掃除は行き届いていなかった。
ある意味不衛生な場所で食事をしていても、気にならないのかしら。
いや、こういうのも慣れなのかな。
昨日使用人の一人にもらった雑巾は、元の色も分からないくらい真っ黒になってしまっている。
何度水洗いしてもダメだから、一日しか使っていないのに、ある意味もう寿命かも。
昨日の今日で新しい雑巾って、もらえるのかな。
「それにしても誰も来ないわね」
いくら私が早起きだったからって、それにしても遅いんじゃないのかな。
窓の外から見える日差しはとっくに高くなってきているし、昨日の夕飯だってかなり時間は早かったはず。
「普通ならお腹が空かないとは思えないんだけど」
あれ、もしかして……。
私は何となく嫌な予感がして、厨房へと早歩きで向かった。
屋敷の一番奥。
中庭とは勝手口で繋がった場所にある厨房は、すでに火を落としていた。
もしかして、もう料理人すらいないのかな?
そう思いながらも、私は声をかける。
「あの、すみません」
すると奥から一人の料理人がのそりと出て来た。
歳は父と同じくらいだろうか。
背は見上げるほど高く、白く威厳のある髭がとても立派だった。
私はあまりの大きさに、一歩後ずさりしてしまう。
しかし眼光も鋭いものの、その男性の声はどこまでも優しかった。
「どうした? 見たところ新しい使用人……ではなさそうだな」
「あ、はい。キーシスト様と婚約させていただいた、リュシカと言います」
「ああ、あんたが婚約者様か。すまない、敬語は苦手すぎてしまって」
「いえ。そのままで全然大丈夫ですよ。私は気にしませんから」
「そうか」
どことなく、カイン様の雰囲気に似ている気がするわね。
ああ、カイン様というか騎士団の人たちに、という感じかな。
みんな敬語が苦手で、よく注意を受けていたっけ。
懐かしいなぁ。
子どもの頃は、カイン様が騎士団の稽古などにもよく連れて行ってくれたのよね。
大きくなってからは、淑女なんだからダメだと言われてしまったけど。
ここの人たちはどこか余所余所しいから、これくらいの距離感の方がむしろ安心するわ。
「その婚約者様は、こんな遅い時間に何しに来たんだ?」
「ああ、それが、朝ご飯って皆さんはどうされているんですか? ダイニングで待っていたんですが、誰も来なくって」
「あんた、何も聞いていないのか?」
料理長は心底呆れたような顔をしていた。
この感じ……。まさかとは思ったけれど、どうやら予想は悪い方に当たっていたみたい。
「はい。昨日の夕飯の時間も聞いていなくて……」
「そりゃ、腹が減っただろ」
「……すみません」
「もうほとんど残ってはいないが、ちょっと待っててくれ」
そう言うと、そそくさとあり合わせで食事を出してくれた。
私はトレーに載せられた小さなパンにサラダとお肉を挟んでくれたものを受け取る。
冷めてはいても、とても美味しそうに思えた。
嬉しい。ここに来て、最初の食事だわ。
「朝ご飯はその日出来たものがこの厨房に置かれていて、食べたいモノだけを適当に自分の部屋に持って行く仕組みだ。夕飯はダイニングだが、呼びに来る使用人はいない。時間を見計らって行くことだ」
「そうなのですね」
昨日は寝てしまって遅くなったから、今日は時間に気を付けないと。
でもそれにしても、私が夕飯も食べていないことなどキーシストもマチュも知っているはずなのに。
朝ご飯の仕組みまで教えてくれないなんて。
でもきっと、それを正面から抗議したところで教え忘れたとか、聞かなかった方が悪いと言うんでしょうね。
「今、使用人は極端に少ない。まぁ、知っていると思うが、この男爵家は金が回っていないんだ」
よほど不服そうなのが顔に出てしまっていたのか、料理人は優しくこの屋敷の状況を説明してくれていた。
自分のことは自分でなんて言っていたけど、やっぱり結局はそうなのね。
この家にお金がないとは父からも聞いていた話だけど、ここまでだなんて。
「前の主人が生きていた頃はまだ良かったんだ。だけど、今の次男に変わってからココはもう駄目さ」
「前の……確か、長男さんが事故で亡くなったと聞いていますね」
「事故、なぁ」
なんだか歯切れの悪い返事と表情。
でも、事件などではなかったはずだけど、本当は違うのかな。
しかし今の私が勝手に聞いていいような感じではなく、それ以上聞き返すことは出来なかった。
「とにかく婚約者様も、いろいろ考えた方がいい。おれも先々代からの付き合いで残っているだけで、他の使用人たちもほとんど辞めてしまったからな」
「そうなのですね……。でも、まだ来たばっかりですし、もう少しだけ頑張ってみます」
「そうか」
私はお礼を言うと、食事を持って部屋に帰った。
人とマトモな会話をすることで、ほんの少しホッとする。
そして彼の作ってくれた料理を食べると、まだ続けられそうな気がしてきた。
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※他サイトにも掲載しています。