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010 夜会への誘い
貴族令嬢らしからぬとは思いつつも、背に腹は代えられない私は夕方、廊下に聞き耳を立てていた。
そして部屋からキーシストたちが出て来る足音に合わせて、私も部屋を出た。
ぴったりと寄り添うように彼の隣を歩くマチュが、嫌そうな顔をしていても、もう気にならなくなっていた。
自分は元カノだなんて自慢する割に、私がキーシストに近づくのがよほど嫌みたいね。
取られるって思っているのかしら。
でも結婚してしまえば取られるもなにも、家族としてこの屋敷に残れたところで肩身が狭くなるだけじゃないのかしら。
私が彼女の立場だったら、惨めだなって思うけどな。
「リュシカ嬢、今日は時間ピッタリだったね。マチュから説明を受けたのかい?」
私の少し先を歩くキーシストが振り返りながら声をかけてきた。
「え、ええ」
本当は食事の時間など説明されてはいないものの、まさか聞き耳を立てていましたとも言えずに、そう返す。
「そっか。二人が仲良くしてくれてよかったよ。家族は仲良くが一番だからな」
悪気なく笑うキーシストを見ていると、ある意味このいびつな関係性に何の疑問も持っていないのだろう。
むしろ本当に、このまま家族四人で仲良く暮らせると思っているみたい。
彼女が私にどんな仕打ちをしているのかも、元カノだったと告白したこともきっと知らないのでしょうね。
彼の笑みはそんな笑みだ。
もしかしたらキーシストは悪い人ではないのかもしれない。
私が今まで出会って来た人とは、まったく違うけれど。
「今日はいい話があるんだ」
考えごとをしたまま歩いていると、短い廊下は終わり、あっという間にダイニングへたどり着く。
扉を開けたキーシストはマチュを席にエスコートした後、きちんと私もエスコートをしてくれた。
順番の問題じゃないのだけど……やっぱりなんだかなぁ。
いつこの話を切りだしていいものか考えあぐねるうちに、あっという間に料理が運ばれてくる。
肉はほぼないものの、サラダにスープ、パンなども並ぶ。
うちと比べてはダメよね。
朝ご飯にもらったサンドイッチもすごく美味しかったし、味は期待できるもの。
フォークとナイフを手に取り、メイン料理に手をつけようとした瞬間、遅れて義母が入室してきた。
義母は私を見て眉をひそめたものの、特に何も言わずに席につく。
「みんな揃ったね。実は、城で明後日行われる夜会へ行こうと思っているんだ」
キーシストはワイングラスを持ちながら、嬉しげに声を上げた。
「まぁ。夜会なんていつぶりかしら」
「そうだね、母様。中々忙しくて行けてなかったからね」
二人の喜びように、私の正面に座るマチュがなぜかその怒りを私に向ける。
今にも食ってかかってきそうな鬼の表情で、私を睨みつけていた。
「リュシカ嬢は初めての王宮での夜会かな?」
「え、ええ。そうですわね」
「ぼくの婚約者としてみんなに紹介しようと思っているんだ」
「ありがとうございます」
私が微笑みながら返せば、彼は満足げにグラスのワインを一気に飲み干した。
王宮か……。
カインはさすがにいないわよね。
爵位はあっても、夜会なんて堅苦しいところは大嫌いだって言っていたし。
だいたいまださほど時間が経っていないとはいえ、今さらどんな顔をして会えばいいか分からないわ。
私にはもう婚約者がいるんだし。
もしカインがキーシストを見たら、何ていうのかな。
「おめでとう」と言うのかしら。
その言葉を言う彼の姿を想像しただけで、息が出来なくなる。
私、ダメね。
まだ好きみたいだ。
「でも大丈夫かなー? だって、初めての王都での夜会でしょう?」
急に声を上げたマチュの声で意識を浮上させる。
先ほどまでの怒りではなく、ニタニタした顔で彼女は私を見ていた。
「あの、大丈夫とは?」
「マナーとかも心配だけど、それよりも服装よね。田舎臭い格好をしたら、あっという間にこの男爵家が笑いものにされてしまうしー」
田舎臭いって。
ドレスは父が王都で注文してくれたものばかりだし、別に時代遅れの物なんて持ってはいないはずなのに。
何かにつけて馬鹿にしたいみたいね。
「ドレスは……」
「確かにそれは言えているわね。さすがマチュだわ。そうね、行く前にチェックした方がいいかもしれないわね」
反論しようとした私の言葉を、義母が遮った。
そしてマチュの意見がさも当然かのごとく、納得している。
「ドレスは王都で買い付けたものですので、問題はないかと」
「でもぉ、センスとかってこっちと向こうでは全然違うかもよ?」
まったく、なんなの?
ここへ来た時の服装だって、変だったらもっと言われていたはずじゃない。
「何にしても、この由緒正しき男爵家の恥になると困りますからね」
「……」
「マチュの言うことはもっともだし、マチュはセンスがいいからドレスを選んでもらおうよ」
さすがに私が怒りそうな雰囲気に気付いたのか、妥協案だと言わんばかりにキーシストが声を上げた。
私としては全然妥協でもなんでもないと思うのだけど、これ以上食事の雰囲気を壊したくない私は渋々納得してみせた。
あとになって思えば、これが間違いの始まりだったと言えるだろう。
そして部屋からキーシストたちが出て来る足音に合わせて、私も部屋を出た。
ぴったりと寄り添うように彼の隣を歩くマチュが、嫌そうな顔をしていても、もう気にならなくなっていた。
自分は元カノだなんて自慢する割に、私がキーシストに近づくのがよほど嫌みたいね。
取られるって思っているのかしら。
でも結婚してしまえば取られるもなにも、家族としてこの屋敷に残れたところで肩身が狭くなるだけじゃないのかしら。
私が彼女の立場だったら、惨めだなって思うけどな。
「リュシカ嬢、今日は時間ピッタリだったね。マチュから説明を受けたのかい?」
私の少し先を歩くキーシストが振り返りながら声をかけてきた。
「え、ええ」
本当は食事の時間など説明されてはいないものの、まさか聞き耳を立てていましたとも言えずに、そう返す。
「そっか。二人が仲良くしてくれてよかったよ。家族は仲良くが一番だからな」
悪気なく笑うキーシストを見ていると、ある意味このいびつな関係性に何の疑問も持っていないのだろう。
むしろ本当に、このまま家族四人で仲良く暮らせると思っているみたい。
彼女が私にどんな仕打ちをしているのかも、元カノだったと告白したこともきっと知らないのでしょうね。
彼の笑みはそんな笑みだ。
もしかしたらキーシストは悪い人ではないのかもしれない。
私が今まで出会って来た人とは、まったく違うけれど。
「今日はいい話があるんだ」
考えごとをしたまま歩いていると、短い廊下は終わり、あっという間にダイニングへたどり着く。
扉を開けたキーシストはマチュを席にエスコートした後、きちんと私もエスコートをしてくれた。
順番の問題じゃないのだけど……やっぱりなんだかなぁ。
いつこの話を切りだしていいものか考えあぐねるうちに、あっという間に料理が運ばれてくる。
肉はほぼないものの、サラダにスープ、パンなども並ぶ。
うちと比べてはダメよね。
朝ご飯にもらったサンドイッチもすごく美味しかったし、味は期待できるもの。
フォークとナイフを手に取り、メイン料理に手をつけようとした瞬間、遅れて義母が入室してきた。
義母は私を見て眉をひそめたものの、特に何も言わずに席につく。
「みんな揃ったね。実は、城で明後日行われる夜会へ行こうと思っているんだ」
キーシストはワイングラスを持ちながら、嬉しげに声を上げた。
「まぁ。夜会なんていつぶりかしら」
「そうだね、母様。中々忙しくて行けてなかったからね」
二人の喜びように、私の正面に座るマチュがなぜかその怒りを私に向ける。
今にも食ってかかってきそうな鬼の表情で、私を睨みつけていた。
「リュシカ嬢は初めての王宮での夜会かな?」
「え、ええ。そうですわね」
「ぼくの婚約者としてみんなに紹介しようと思っているんだ」
「ありがとうございます」
私が微笑みながら返せば、彼は満足げにグラスのワインを一気に飲み干した。
王宮か……。
カインはさすがにいないわよね。
爵位はあっても、夜会なんて堅苦しいところは大嫌いだって言っていたし。
だいたいまださほど時間が経っていないとはいえ、今さらどんな顔をして会えばいいか分からないわ。
私にはもう婚約者がいるんだし。
もしカインがキーシストを見たら、何ていうのかな。
「おめでとう」と言うのかしら。
その言葉を言う彼の姿を想像しただけで、息が出来なくなる。
私、ダメね。
まだ好きみたいだ。
「でも大丈夫かなー? だって、初めての王都での夜会でしょう?」
急に声を上げたマチュの声で意識を浮上させる。
先ほどまでの怒りではなく、ニタニタした顔で彼女は私を見ていた。
「あの、大丈夫とは?」
「マナーとかも心配だけど、それよりも服装よね。田舎臭い格好をしたら、あっという間にこの男爵家が笑いものにされてしまうしー」
田舎臭いって。
ドレスは父が王都で注文してくれたものばかりだし、別に時代遅れの物なんて持ってはいないはずなのに。
何かにつけて馬鹿にしたいみたいね。
「ドレスは……」
「確かにそれは言えているわね。さすがマチュだわ。そうね、行く前にチェックした方がいいかもしれないわね」
反論しようとした私の言葉を、義母が遮った。
そしてマチュの意見がさも当然かのごとく、納得している。
「ドレスは王都で買い付けたものですので、問題はないかと」
「でもぉ、センスとかってこっちと向こうでは全然違うかもよ?」
まったく、なんなの?
ここへ来た時の服装だって、変だったらもっと言われていたはずじゃない。
「何にしても、この由緒正しき男爵家の恥になると困りますからね」
「……」
「マチュの言うことはもっともだし、マチュはセンスがいいからドレスを選んでもらおうよ」
さすがに私が怒りそうな雰囲気に気付いたのか、妥協案だと言わんばかりにキーシストが声を上げた。
私としては全然妥協でもなんでもないと思うのだけど、これ以上食事の雰囲気を壊したくない私は渋々納得してみせた。
あとになって思えば、これが間違いの始まりだったと言えるだろう。
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