1 / 31
001
しおりを挟む
朝から降り続いた雨が、地面に大きな水たまりを作っていく。
抜かるんだ土は泥となり、世界を汚く染めていった。
私は身に包んだドレスが汚れるのを気にすることなく父と母を乗せた馬車に駆け寄る。
ほんの数時間前、父たちに『いってらっしゃい』と言って別れたばかりだ。
それなのに――
「お父様! お母様!」
なんでこんなことになってしまったのだろう。
もちろんその問いに答えてくれる者はいない。
今帰宅した父たちを乗せた馬車は、うちのものではなかった。
この国の騎士団が先行し、ここまで送り届けてくれたのだ。
無言の帰宅。
そんな言葉が本当によく似合う。
馬車から使用人たちと騎士たちの手によって、二つの棺が運び出された。
誰も何も言わない。
ただ私に視線を一瞬向けたあと、視線を逸らした。
「ああ、いやぁぁぁぁぁぁ」
私は両手で顔を覆った。
そしてその場に膝から崩れ落ちる。
全身を冷たい雨が打ち付けた。
雨に濡れたドレスが重くのしかかってくる。
しかしそんな冷たさも重さも気にならないほど、ただ胸が痛かった。
もし一緒に二人について行っていたら、結果は変わっていたの?
お父様もお母様も、私がいたらもしかしたら……。
そんなことを考えたところで、今更もう結果は変わりはしない。
二人とも死んでしまった。
私一人を置いて。
「お嬢様、これ以上雨に当たっては風邪が悪化してしまいます」
そう。昨日から引いていた風邪が悪化してしまっていたため、出かける父たちについて行くことが出来なかったのだ。
いつもどこに行くにも、ほとんど家族揃って出かけていたというのに。
侍女が崩れ落ちた私の体を支えながら、傘をさす。
傘に大粒の雨があたり、ぼたぼたという大きな音を立てていた。
「でも、でも、お父様たちが!」
「お嬢様に何かあったら、旦那さまたちが余計に悲しんでしまいます」
「どうして、どうしてこんなことに」
父たちは、問題が起きた領地へ戻る途中だった。
詳しい話は教えてもらえなかったけど、税収でのトラブルでと言っていた。
父に付きそう形で、母も一緒に出かけた。
いざこざとは言っても、大したことはない。
今日は一泊して帰るからって。
母は小旅行だと言わんばかりに、ニコニコしていたっけ。
それなのに。
どうしてこんな風になってしまったの。
何が、何でこんなことに。
「ティア!」
父たちを乗せた馬車の奥に、一際大きな馬車が止まった。
そして馬車から駆け下りるように、一人の男性が出てくる。
雨など気にすることもなく走り出した男性は、涙と雨で顔がぐちゃぐちゃになった私を抱きしめた。
ああ、カイル様は温かい。
「カイル様……、カイル様、お父様たちが!」
「ああ、可哀想なティア。体が氷のように冷えてしまっているじゃないか」
「だって、だってお父様たちが」
「それでも、だ。このままでは君が倒れてしまう。棺もエントランスまで運ばせるから、とにかく屋敷に入ろう」
「カイル様」
「大丈夫だよ、俺が支える」
上手く歩けない私は肩を抱かれ、促されるままに私は屋敷へ歩き出した。
そして私たちのあとを、棺が続く。
「大変なことになってしまったね。騎士団より連絡を受けて話を聞いたよ」
カイルが私の顔を優しく拭う。
この国の三大公爵家の跡取りであり、カイルは私の婚約者だった。
金色のサラサラした髪に、深い青い瞳。
男爵家の私からしたら彼との婚約は高根の花なのだが、親たちが仲が良かったために幼い頃に結ばれた。
「父たちには、なにが起こったというのですか。説明は聞いたのですが、意味が分からなくて」
「そうだろね。僕も聞いた時はびっくりしたよ。まさかこんなことがこの近辺でおこるなんて」
「そうです……父たちが殺されたなんて」
「ああそうだね。領地へと戻る途中、野盗の襲撃にあったらしい。整備された街道から森へ抜けたところを狙われたみたいだ。護衛騎士たちも歯が立たなかったようで、騎士たちと共に君の両親も……」
「ですが、あの森にそんな恐ろしい者たちがいるなどと聞いたことがありません」
「もちろん僕だけではなく、騎士団ですら初耳だ」
事前に知っていたら、父は絶対に母を連れて行かなかっただろう。
そして護衛だってもっとつけていたはずだ。
もちろん、どれもこれもこうしておけばなんてことは、意味がないのも分かってる。
分かってはいても、今はまだ信じたくない。
だって、ついさっきまで普通に会話をしていたのに。
幸せだったのに。
「追って調査をするようにはお願いしてはあるが、今のところは急に発生したとしか言いようがないらしい」
「……」
ただの偶然。
たしかにカイル様の言う通りなのだとは思う。
どんなことにだって、必ず必然性があるわけではないから。
でも運が悪かっただけと諦めるには、悲しすぎた。
こんなの酷すぎる。
私はこれからどうしたらいいの。
「カイル様」
「大丈夫だよ、俺がずっと傍にいる。だからどうか今は、ゆっくり休んでくれ」
「……」
カイルが私を抱きしめた。
温かなぬくもり。そして優しさ。
涙が再びぽりぽろと零れ落ちる。
「……はい」
私はカイルの胸の中から横目で棺桶を見つめると、ただ静かに目を閉じた。
何も考えたくない。
今はカイル様に任せよう。
私一人ではどうにもならないから。
抜かるんだ土は泥となり、世界を汚く染めていった。
私は身に包んだドレスが汚れるのを気にすることなく父と母を乗せた馬車に駆け寄る。
ほんの数時間前、父たちに『いってらっしゃい』と言って別れたばかりだ。
それなのに――
「お父様! お母様!」
なんでこんなことになってしまったのだろう。
もちろんその問いに答えてくれる者はいない。
今帰宅した父たちを乗せた馬車は、うちのものではなかった。
この国の騎士団が先行し、ここまで送り届けてくれたのだ。
無言の帰宅。
そんな言葉が本当によく似合う。
馬車から使用人たちと騎士たちの手によって、二つの棺が運び出された。
誰も何も言わない。
ただ私に視線を一瞬向けたあと、視線を逸らした。
「ああ、いやぁぁぁぁぁぁ」
私は両手で顔を覆った。
そしてその場に膝から崩れ落ちる。
全身を冷たい雨が打ち付けた。
雨に濡れたドレスが重くのしかかってくる。
しかしそんな冷たさも重さも気にならないほど、ただ胸が痛かった。
もし一緒に二人について行っていたら、結果は変わっていたの?
お父様もお母様も、私がいたらもしかしたら……。
そんなことを考えたところで、今更もう結果は変わりはしない。
二人とも死んでしまった。
私一人を置いて。
「お嬢様、これ以上雨に当たっては風邪が悪化してしまいます」
そう。昨日から引いていた風邪が悪化してしまっていたため、出かける父たちについて行くことが出来なかったのだ。
いつもどこに行くにも、ほとんど家族揃って出かけていたというのに。
侍女が崩れ落ちた私の体を支えながら、傘をさす。
傘に大粒の雨があたり、ぼたぼたという大きな音を立てていた。
「でも、でも、お父様たちが!」
「お嬢様に何かあったら、旦那さまたちが余計に悲しんでしまいます」
「どうして、どうしてこんなことに」
父たちは、問題が起きた領地へ戻る途中だった。
詳しい話は教えてもらえなかったけど、税収でのトラブルでと言っていた。
父に付きそう形で、母も一緒に出かけた。
いざこざとは言っても、大したことはない。
今日は一泊して帰るからって。
母は小旅行だと言わんばかりに、ニコニコしていたっけ。
それなのに。
どうしてこんな風になってしまったの。
何が、何でこんなことに。
「ティア!」
父たちを乗せた馬車の奥に、一際大きな馬車が止まった。
そして馬車から駆け下りるように、一人の男性が出てくる。
雨など気にすることもなく走り出した男性は、涙と雨で顔がぐちゃぐちゃになった私を抱きしめた。
ああ、カイル様は温かい。
「カイル様……、カイル様、お父様たちが!」
「ああ、可哀想なティア。体が氷のように冷えてしまっているじゃないか」
「だって、だってお父様たちが」
「それでも、だ。このままでは君が倒れてしまう。棺もエントランスまで運ばせるから、とにかく屋敷に入ろう」
「カイル様」
「大丈夫だよ、俺が支える」
上手く歩けない私は肩を抱かれ、促されるままに私は屋敷へ歩き出した。
そして私たちのあとを、棺が続く。
「大変なことになってしまったね。騎士団より連絡を受けて話を聞いたよ」
カイルが私の顔を優しく拭う。
この国の三大公爵家の跡取りであり、カイルは私の婚約者だった。
金色のサラサラした髪に、深い青い瞳。
男爵家の私からしたら彼との婚約は高根の花なのだが、親たちが仲が良かったために幼い頃に結ばれた。
「父たちには、なにが起こったというのですか。説明は聞いたのですが、意味が分からなくて」
「そうだろね。僕も聞いた時はびっくりしたよ。まさかこんなことがこの近辺でおこるなんて」
「そうです……父たちが殺されたなんて」
「ああそうだね。領地へと戻る途中、野盗の襲撃にあったらしい。整備された街道から森へ抜けたところを狙われたみたいだ。護衛騎士たちも歯が立たなかったようで、騎士たちと共に君の両親も……」
「ですが、あの森にそんな恐ろしい者たちがいるなどと聞いたことがありません」
「もちろん僕だけではなく、騎士団ですら初耳だ」
事前に知っていたら、父は絶対に母を連れて行かなかっただろう。
そして護衛だってもっとつけていたはずだ。
もちろん、どれもこれもこうしておけばなんてことは、意味がないのも分かってる。
分かってはいても、今はまだ信じたくない。
だって、ついさっきまで普通に会話をしていたのに。
幸せだったのに。
「追って調査をするようにはお願いしてはあるが、今のところは急に発生したとしか言いようがないらしい」
「……」
ただの偶然。
たしかにカイル様の言う通りなのだとは思う。
どんなことにだって、必ず必然性があるわけではないから。
でも運が悪かっただけと諦めるには、悲しすぎた。
こんなの酷すぎる。
私はこれからどうしたらいいの。
「カイル様」
「大丈夫だよ、俺がずっと傍にいる。だからどうか今は、ゆっくり休んでくれ」
「……」
カイルが私を抱きしめた。
温かなぬくもり。そして優しさ。
涙が再びぽりぽろと零れ落ちる。
「……はい」
私はカイルの胸の中から横目で棺桶を見つめると、ただ静かに目を閉じた。
何も考えたくない。
今はカイル様に任せよう。
私一人ではどうにもならないから。
10
あなたにおすすめの小説
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?
いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、
たまたま付き人と、
「婚約者のことが好きなわけじゃないー
王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」
と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。
私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、
「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」
なんで執着するんてすか??
策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー
基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。
他小説サイトにも投稿しています。
逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子
ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。
(その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!)
期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。
婚約破棄の、その後は
冬野月子
恋愛
ここが前世で遊んだ乙女ゲームの世界だと思い出したのは、婚約破棄された時だった。
身体も心も傷ついたルーチェは国を出て行くが…
全九話。
「小説家になろう」にも掲載しています。
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?
私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~
あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。
「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?
裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……
希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。
幼馴染に婚約者を奪われたのだ。
レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。
「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」
「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」
誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。
けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。
レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。
心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。
強く気高く冷酷に。
裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。
☆完結しました。ありがとうございました!☆
(ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在))
(ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9))
(ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在))
(ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))
〘完結〛ずっと引きこもってた悪役令嬢が出てきた
桜井ことり
恋愛
そもそものはじまりは、
婚約破棄から逃げてきた悪役令嬢が
部屋に閉じこもってしまう話からです。
自分と向き合った悪役令嬢は聖女(優しさの理想)として生まれ変わります。
※爽快恋愛コメディで、本来ならそうはならない描写もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる