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「計画って、なんなのですか?」


 私は恐る恐る尋ねた。

 聞きたくない。だけど聞かないと、絶対にいけない気がする。

 最後の砦でもあるカイルを失ったら、もうどうしようもなくなってしまうもの。


「そんなこと、いまのあんたが聞いてどーすんの?」

「で、でも。カイル様のことならば、私が知っておかないと」

「頭ホント悪いよね、あんた」


 ため息交じりに、ラナが鼻で笑う。

 何度言われても、何度見下されても、これに慣れることはないわね。

 私は薄汚れたワンピースの裾を掴み、唇を噛みしめた。

 
「あんたのが、ご貴族様が長かったんだから知ってるんじゃないの? 貴族の結婚は、家と家との結びつきなんでしょう」


 確かにラナの言う通りだ。

 この世界では、恋愛結婚というものはほとんどが存在しない。

 私とカイルの婚約も、元々親同士が決めたもの。

 父とカイルの父である公爵様が仲が良かったため、私たちが七歳の時に結ばれたものだ。

 
「ええ、そうです。この婚約は亡くなった父と、仲の良かった公爵様が決めたものです」

「でもさぁ、あんたの父親は死んで、今この男爵家の娘はあたしなのよね~。ねぇ、その意味分かる?」

「!」

「あー、やっとちょっとは理解したぁ? にしても、頭の回転おそすぎぃ」


 私も、まだ男爵家の娘という肩書はある。

 この婚約は、公爵家の跡取りと、侯爵家の娘とで結ばれた婚約。

 ああそうか。

 私でなければいけないなんて、そんな約束はどこにもないんだ。


「で、でも! カイル様は私と婚約をなさって下さったんです」

「今は、ね。でもこの先は分かんないでしょう。この家の娘は二人いるわけだし~」

「そうね。後ろ盾のない娘などより、うちのラナの方がよっぽど美人だしねぇ」

「そんな、だって……でも……」


 私との婚約をラナとの婚約に書き換えさせるための計画ってことなのね。

 この人たちは、本当に私から何もかもを取り上げるつもりなんだわ。

 部屋も、ドレスも、思い出も取り上げたのに、今度は婚約者もだなんて。

 もはや見る影もなくした食堂の中に視線を移した。

 父や母が好きだった質素で、それでいて清潔だった屋敷。

 それとは正反対で、ゴテゴテしているのに使用人もいないために掃除も行き届いていない。

 何もかもが私の知らない世界のようにさえ思えた。

 夢なら醒めて欲しい。

 父たちが亡くなった日からずっと願い続けている。


「こんなどんくさくて、大して可愛くもない婚約者なんてきっとすぐに忘れるでしょう。ラナこそが、次期公爵夫人にふさわしいもの」

「そうだな。だが、もしそうなったら、ティアは行く宛がなくなってしまうな」

「そうしたら、うちで一生働かせてあげればいいではないですか、あなた」

「ああ、それもそうだな」

「それ以外、使い道もなさそうだし、いーんじゃない?」


 三人の笑い声が食堂の中にこだまする。

 カイルがラナを選んでしまったら、私はこの屋敷の中に一生閉じ込められてしまう。

 そんなの絶対に嫌。

 使用人よりも惨めで、こんなにもひどい扱いを受けて一生終わらせるなんて。


「で、この子どうします?」

「そうだな。問題を起こされても困るから、納屋にでも閉じ込めておきなさい」

「そ、そんな! 嫌です!」

「うるさいし。あんたの意見なんてきーてないでしょ」

「聞き分けのないコは、もう閉じ込めてしまった方がいいわね」

「言えてる~。あそこ、くっさいし、お似合いじゃない?」

「ラナ、カイル様がお見えになったらその言葉遣いはどうにかしなさいよ。そのために家庭教師に高いお金を払ってるんだから」

「はぁい、りょ~かぁい」

「まったく」


 そう言いながらも、二人は私にジリジリ近づいてくる。

 ここで捕まってしまえば、納屋に入れられてしまう。

 逃げないと。

 私は急いで部屋に引き返そうと、走り出す。


「逃げるんじゃないわよ」

「きゃぁ!」


 ラナが私の縛った髪の毛を掴んだ。

 その勢いでバランスを崩し、尻もちを付く。


「いやぁぁ、痛いっ。離してください!」

「離すわけないでしょ、馬鹿ね」


 涙目になりながら、私はひき上げられる髪を掴んだ。

 痛い、痛い。

 なんで、やめてよ。

 どれだけ叫んでも、ラナはただ面白がって笑うだけで髪を離そうとはしない。


「言うことを聞かないからこんな目に合うのよ」

「このまま納屋まで引っ張っていきましょう」

「辞めて下さい、離して」

「聞き分けのない娘だな」


 叔父は椅子から立ち上がったかと思うと、そのまま私の元へ近づいてくる。

 叔母たちよりも、横にも縦にも大きい叔父。

 尻もちを付き、しゃがみ込んだ私にはさらに大きく見えた。

 
「お前が今ここにいられるのは、誰のおかげだと思ってるんだ。何の使い道もない役立たずを置いてやってるんだぞ。それなのに、こんなにも聞きわけがないなどと。まったく、どういう教育をされてきたんだ!」


 叔父はそう言いながら、腕を振りあげた。

 その手は勢いを落とすことなく、私の頬を叩く。


「きゃぁぁぁぁぁぁ」


 鈍い痛み。

 そして広がる恐怖。

 ガタガタと体が震え、ただ小さく固まる。

 家族になれると思っていた。

 父たちが亡くなって、叔父たちと家族のように暮らしていくものだと、ずっと思っていたのに。

 頬の痛みが、そんなものは夢ですらないと物語っていた。 

 
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