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このままここで……。
私はその言葉に、私は一瞬夢を見た。
前の家に……父たちがいた頃のような家に戻れた気分。むしろここには、それ以上の優しさが溢れていた。
でも同時に、それが許されないことを知っている。
私たちはまだ婚約者であって、結婚をしているわけではない。しかもこの先の約束だって危ういというのに。
この先の未来に、ううん、カイルの重荷になんてなりたくない。
チクチクする胸の痛みを無視し、私は静かに首を横に振った。
「ティア、どうしてだ」
「お気持ちはすごくすごく嬉しいです」
「だったらどうして!」
「でも私とカイル様はまだ婚約者同士。結婚をしたわけでもないのに、私がこのままこの家に入ることはかないません」
「だからそれは父上たちに」
「例え、お二方が許可をされたとしても、世間体や体裁を考えればすべきではないと思います」
「そんなもの、どうでもいいだろう」
「どうでもよくなどありません。だって、カイル様は次期公爵様となられるお方です。貴族においてそのお手本となるべき方が、すべきことではありません」
そう。これはカイルのため。
私だってここにいたい。このまま、この温かな屋敷で優しい人たちに囲まれて暮らしていけたらと心から思う。
でもカイルは次期公爵だ。
誰よりも貴族として高い身分。そしてゆくゆくは王家で役職に当たる身。
その経歴にほんの少しでも傷がつくようなマネをしてはいけない。
だから本来、私との婚約だって解消した方がいいに決まっている。
でもそれを言い出さない私はきっと、何よりも卑怯だ。
自分からはどうしても、カイルを突き放すことなんて出来なかった。
「ではどうするというのだ。あの家になど、絶対に君を帰したりはしない」
「……そのお気持ち、そのお言葉だけで私は十分すぎるほどですわ」
あの家に帰りたくない気持ちはある。
でも私にはあそこ以外に行く宛などない。
おそらくは運を天に任せた方がいいのだろうけど……でも少しぐらい悪あがきしてみてもいいわよね。
どうせダメだって分かってても、ちゃんとやり切った上で納得したいもの。
「公爵様の判断に任せたいとは思いますが、その前に私からもお話させていただく機会をいただけないでしょうか」
「その時に俺も一緒に行く。父上がなんと言おうとも、ティアをあの家には帰さない。もしそんな判断をなさるのなら、俺にも考えがある」
「カイル様……」
ふふふ。そんな言葉だけで本当は幸せなのだけどね。
でも今はきっと、言わない方がいい気がする。だってこの先のことなんて分かりはしないから。
こんなことすらカイルの重荷になって欲しくないもの。
「そうと決まれば今すぐ父上の元へ行こう」
「え、あ、えええ? い、今ですか?」
「ああ、こういうのは早い方がいいだろう」
「いえ、確かにそうですけど」
「そうだろう?」
モヤモヤした気持ちを抱えたまま過ごすよりは、確かに早い方がいいに決まっている。
しかもカイルの中では私をあの家に帰さないと決めてしまっているのなら、尚更なのも分かる。
でも、何も今の今ではなくたって。
決意は確かにしたけれども。でも……でも……。
「いくらなんでも公爵様にお目通りを願うのに、こんな急にということはいけないと思いますわ。きっとお仕事などもあるでしょうし」
「仕事よりもティアの件のが重要だろう。こんな仕打ちを受けてきたことは、決して許されることではないのだから」
「いえいえ、でもそうだとしてもです」
普通、公爵へのお目通りなどそんなに簡単に出来るものではない。
何日も前から伺いの手紙を書き、その上で日程を合わせて面会するというものだもの。
確かにカイルは家族だから毎日顔を合わせているのかもしれないけど、私はただの婚約者でしかないし。
今はその身分すら怪しいのだから、さすがにそんな大胆なことは出来ないわ。
「せめて、せめてちゃんとお伺いを立ててからにしないとダメです」
「そんなまわりくどいこと……」
「カイル様!」
もう。面会をするのに、めんどくさがってはダメだと思うのに。
私はさすがに頬を膨らまし、カイルを見上げた。
私を見たカイルは、なぜかそのまま両頬に手を添える。
「?」
「かわいいけど、その顔はダメだ」
意味不明なことを言いながら、カイルは頬を両側からそっと押しつぶす。
ぶーという声というか音と共に、私の頬からは空気が抜けていった。
「かひるさま、ほほはなひてくだひゃい」
カイルはなぜか頬をずっと抑えたまま、私をみつめていた。
ううう。まともにしゃべれないよぅ。
「ぶっ。あははははは。その顔」
「もーーーー。カイル様ひどぉい。笑っちゃ嫌です。もーーーう」
「だってその顔が。あはははは」
「ぶーーー」
吹き出したあと盛大に笑いだすカイルに、私はまた頬を膨らませた。
でもそうね。
さっきまでの怒ったような表情のカイルよりはすごくいいかな。
そして私も釣られるように笑い出した。
そう。心から笑うのなんて、何日ぶりと言うほどただ二人で笑い合い、幸せな時間がそっと流れていった。
私はその言葉に、私は一瞬夢を見た。
前の家に……父たちがいた頃のような家に戻れた気分。むしろここには、それ以上の優しさが溢れていた。
でも同時に、それが許されないことを知っている。
私たちはまだ婚約者であって、結婚をしているわけではない。しかもこの先の約束だって危ういというのに。
この先の未来に、ううん、カイルの重荷になんてなりたくない。
チクチクする胸の痛みを無視し、私は静かに首を横に振った。
「ティア、どうしてだ」
「お気持ちはすごくすごく嬉しいです」
「だったらどうして!」
「でも私とカイル様はまだ婚約者同士。結婚をしたわけでもないのに、私がこのままこの家に入ることはかないません」
「だからそれは父上たちに」
「例え、お二方が許可をされたとしても、世間体や体裁を考えればすべきではないと思います」
「そんなもの、どうでもいいだろう」
「どうでもよくなどありません。だって、カイル様は次期公爵様となられるお方です。貴族においてそのお手本となるべき方が、すべきことではありません」
そう。これはカイルのため。
私だってここにいたい。このまま、この温かな屋敷で優しい人たちに囲まれて暮らしていけたらと心から思う。
でもカイルは次期公爵だ。
誰よりも貴族として高い身分。そしてゆくゆくは王家で役職に当たる身。
その経歴にほんの少しでも傷がつくようなマネをしてはいけない。
だから本来、私との婚約だって解消した方がいいに決まっている。
でもそれを言い出さない私はきっと、何よりも卑怯だ。
自分からはどうしても、カイルを突き放すことなんて出来なかった。
「ではどうするというのだ。あの家になど、絶対に君を帰したりはしない」
「……そのお気持ち、そのお言葉だけで私は十分すぎるほどですわ」
あの家に帰りたくない気持ちはある。
でも私にはあそこ以外に行く宛などない。
おそらくは運を天に任せた方がいいのだろうけど……でも少しぐらい悪あがきしてみてもいいわよね。
どうせダメだって分かってても、ちゃんとやり切った上で納得したいもの。
「公爵様の判断に任せたいとは思いますが、その前に私からもお話させていただく機会をいただけないでしょうか」
「その時に俺も一緒に行く。父上がなんと言おうとも、ティアをあの家には帰さない。もしそんな判断をなさるのなら、俺にも考えがある」
「カイル様……」
ふふふ。そんな言葉だけで本当は幸せなのだけどね。
でも今はきっと、言わない方がいい気がする。だってこの先のことなんて分かりはしないから。
こんなことすらカイルの重荷になって欲しくないもの。
「そうと決まれば今すぐ父上の元へ行こう」
「え、あ、えええ? い、今ですか?」
「ああ、こういうのは早い方がいいだろう」
「いえ、確かにそうですけど」
「そうだろう?」
モヤモヤした気持ちを抱えたまま過ごすよりは、確かに早い方がいいに決まっている。
しかもカイルの中では私をあの家に帰さないと決めてしまっているのなら、尚更なのも分かる。
でも、何も今の今ではなくたって。
決意は確かにしたけれども。でも……でも……。
「いくらなんでも公爵様にお目通りを願うのに、こんな急にということはいけないと思いますわ。きっとお仕事などもあるでしょうし」
「仕事よりもティアの件のが重要だろう。こんな仕打ちを受けてきたことは、決して許されることではないのだから」
「いえいえ、でもそうだとしてもです」
普通、公爵へのお目通りなどそんなに簡単に出来るものではない。
何日も前から伺いの手紙を書き、その上で日程を合わせて面会するというものだもの。
確かにカイルは家族だから毎日顔を合わせているのかもしれないけど、私はただの婚約者でしかないし。
今はその身分すら怪しいのだから、さすがにそんな大胆なことは出来ないわ。
「せめて、せめてちゃんとお伺いを立ててからにしないとダメです」
「そんなまわりくどいこと……」
「カイル様!」
もう。面会をするのに、めんどくさがってはダメだと思うのに。
私はさすがに頬を膨らまし、カイルを見上げた。
私を見たカイルは、なぜかそのまま両頬に手を添える。
「?」
「かわいいけど、その顔はダメだ」
意味不明なことを言いながら、カイルは頬を両側からそっと押しつぶす。
ぶーという声というか音と共に、私の頬からは空気が抜けていった。
「かひるさま、ほほはなひてくだひゃい」
カイルはなぜか頬をずっと抑えたまま、私をみつめていた。
ううう。まともにしゃべれないよぅ。
「ぶっ。あははははは。その顔」
「もーーーー。カイル様ひどぉい。笑っちゃ嫌です。もーーーう」
「だってその顔が。あはははは」
「ぶーーー」
吹き出したあと盛大に笑いだすカイルに、私はまた頬を膨らませた。
でもそうね。
さっきまでの怒ったような表情のカイルよりはすごくいいかな。
そして私も釣られるように笑い出した。
そう。心から笑うのなんて、何日ぶりと言うほどただ二人で笑い合い、幸せな時間がそっと流れていった。
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