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 翌日からすぐに私が学園の寄宿舎に入る手続きが始まった。

 公爵は叔父たちに、私を寄宿舎へ入れるのは花嫁修業の一環ということで押し切り、渋る叔父たちの代わりに学園での後見人にもなってくれたのだ。

 婚約者の父が後見人とは少しおかしいとも思われただろうが、相手が公爵である以上、誰も何も言わなかったのは想像がつく。

 本当に何から何までありがたくって、どうやってお返しすればいいのか分からないぐらいね。

 それにお返しする相手は公爵だけではなく、この方にも、ね。


「さぁさ、時間がないのだからテキパキと動いてちょうだいな」

「はい奥様」


 朝一でお見えになった公爵夫人は、この私のいる客間でいろんな指示を侍女たちに与えている。

 そして部屋にはデザイナーやら商人が、ひっきりなしに入れ替わり立ち代わり入ってきた。


「あ、あの公爵夫人、これは?」

「もちろんティアちゃんの服や学園に持っていくのに必要なものを購入しているのよ」

「それは分かるのですが……制服などは、確か既成のものがあったはずでは?」

 
 それなのになんで私はさっきから全身くまなく採寸され、またいろんな色の生地を合わせられているのかしら。

 制服は夏用と冬用の二着しかないのに。

 どう頑張っても制服用じゃないのは、気のせいではないわよね。

 
「貴族たるもの、そんな既成のものなどダメよ」

「で、ですが……」

「あなたはカイルの婚約者であり、この度の後見人には夫がなったのよ? みすぼらしいまま行かせるわけにはいかないでしょう」

「ああ、そうですね。申し訳ありません」


 そうね。まだ仮にもカイルの婚約者だもの。

 しかも公爵が後見人になったのに、公爵家の顔と言うものがあるものね。


「ささ、次はこれよ」

「あのう、学園には宝石などは……」

「夜会や学園内の行事がある時に困るでしょう」

「ああ、たしかに」

「そうよ。今はなにも考えなくていいのよ」


 そう言いながら、たくさんのネックレスや髪飾りを私にあててはぽんぽんと夫人は購入を決めていく。

 制服もたぶん一週間洗濯しなくてもいいぐらいありそう。

 さらにドレスや靴、日傘に手袋?

 こんなに寄宿舎に入るのかしら。

 いくらなんでも、家にいた頃よりも物が増えていそうなのよね。

 元々、私はそんなに持ち物は多くなかったし。


「あの、そろそろ……」

「ダメよ。次は化粧品よ!」

「えええ」


 いや、身だしなみなんだろうけど。私もさすがに自分で化粧とかはしたことないのよね。

 ああでも、全然断れる雰囲気じゃないし。

 諦めた方はいい? えー、でも諦めたら絶対に部屋に入らないと思う。

 こういう時って、どうすればいいのかしら。

 オロオロする私を横目に、夫人はあれやこれを購入してはそれを侍女たちに荷物として詰めさせていった。

 それだけでもう、馬車一台分くらいあるだろう。

 これにさらに特注の制服たちでしょう。無理すぎるわ。


「母上、ティアが困っているのでそろそろティアで遊ぶのはやめていただけませんか?」


 ひょっこりと部屋に入って来たカイルは、かなり呆れた顔をしながら私のに近づいてきたかと思うと肩を抱き寄せた。

 もももーーーう。仮にもお義母様の前にあたるのに、こ、こ、こういうのはダメだと思うんだけど。

 いや、それよりも人もたくさんたくさんいるの。

 みんな微笑ましそうな顔をしてはいてくれてるけど、私が無理なんです。


「あ、あの、あの」

「遊ぶとは、なんて失礼なの?」

「だって実際そうでしょう。ティアはお人形ではないのですよ」

「分かっているわ。まったく何を言っているのこの子は。ティアちゃんはわたしの娘よ」


 そう言いながら今度は夫人が私の手を引いて引き寄せた。

 遊び? 娘? えっとえっと、理解が全然追い付かないんですけど。

 
「まったくこれだから男は本当にダメね。女にとっておしゃれや買い物っていうのは、何よりの楽しみなのよ」

「そうだとしてもです。これはやりすぎですよ。ティアが困っているじゃないですか」

「あーのーねー、これは困っているんじゃなくて謙遜してるのよ。あなた婚約者のくせにそんなことも分からないの?」


 全然分かんないんだけど、これはどっちの味方をするのが正解なのかしら。

 私のことなんかで二人には喧嘩などしてほしくないのに。

 ううう。困ったよぅ。


「十分困っている顔でしょう。それにティアは俺の婚約者です。こういったことは俺がやるから気にしないで下さい、母上は」

「何言ってるのよ。昨日だってなぁんにもティアちゃんのことを配慮しなかったくせに」

「それには反省しています。だからお茶に誘いに来たというのに、これですからね。さぁ、ティアを返して下さい」

「いーやーよ。わたしは娘を産むことは出来なかった。でもね、無骨な男なんかよりずっと女の子が欲しかったのよ」


 公爵夫人はそう言いながら、私を抱きしめた。

 温かな胸はまるで本当に母に抱きしめられているような錯覚を覚えた。


「ティアが嫁に来れば、いくらでも娘扱い出来るでしょう」

「それがどれだけ先だと思ってるのよ」

学園あそこを卒業したら、すぐにです」

「もぅ。仕方ないわね。でもティアちゃんいいこと? もし何か嫌なことがあったならば、ココに帰ってきてもいいのよ? わたしがうまーくやってあげるから」

「ありがとうございます公爵夫人。そのお言葉だけで私はもう十分幸せですわ」

「ん-。全然十分じゃないんだけどまぁいいわ。一通りのものはこれで揃ったから、返してあげるわ」


 その言葉を待っていたかのように、カイルは私を再び引き寄せた。
 
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