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本当に楽しく幸せな時間はあっという間だ。
カイルとのお茶会は、カイルが昨日のお詫びにとたくさんのお茶菓子を用意してくれていた。
公爵家のシェフによって作られたものと、カイルが朝から街まで出かけて買ってきてくれたスイーツたち。
それらは全て、初めて食べるものばかりだった。
そしてそんなお菓子を食べ紅茶を飲みながら、ゆったりと二人での会話を楽しんだ。
まるで昔のように。
時間があの頃に戻ったかのように、本当に幸せなものだった。
「今日はありがとうございます。お茶だけではなく、お庭のお散歩にまで誘っていただいて」
「最近はずっと婚約者らしいことが出来なかったから、そのお詫びだよティア」
「お詫びだなんて……何から何まですみません」
カイルに送ってもらった部屋のドアを背にして立ち、カイルを見上げた。
ホント、カイルは私になどもったいないような人ね。
それぐらい優しくて誠実で……。なんで私なんだろう。
なんで……なんで私は……。
微笑みながら、答えのない問が頭の中をぐるぐると回る。
こんな状況でなければ、父たちが生きていた頃なら純粋に喜べたのに。
「君が謝ることなど何もないよティア。だってそうだろう? 何も悪いことなどしていないのに、どうして謝らなければいけないんだい?」
答えの言い出せない私は、ただ微笑むしか出来なかった。
たとえそれがどんなに不細工な笑みだとしても。
だって分かっていたから。
悪いことはそう、私が非力で無力だということだって。
でもそれを口にしたら、惨めさが増してしまう。
だから微笑むことしか出来なかった。
「……すまない。君にそんな顔をさせたいわけじゃないんだ。ただ君を見ていると、自分がとても非力に思えてしまう」
「非力? カイル様が、ですか?」
「ああそうだ。まだまだ俺は非力で何も出来なさすぎる」
「どうしてそんなこと言うのですか? 私をあそこから助け出して下さったのに」
「いいや。俺はあそこから連れ出せただけで、まだ君を救えてはいない。でも約束する。必ず君を救って見せるから。そして君の本当の笑顔を取り戻してみせる」
「カイル様……」
カイルが非力と言うのならば、私なんてどうなるんだろう。
ただずっと泣くのを我慢しているだけ。
状況に流され、自分から動くこともせず、なんにも出来ていないじゃない。
そう。やっぱりこれではダメなのよ。
カイルが私を救ってくれるというのならば、私はせめてふさわしい人間にならないと。
学園に着いたら、今後のことをしっかり決めていかないとダメね。
私自身、自分の考えで。
「だから……」
「だから?」
「いや。今話すことではないな。きちんと行動で示していくよティア。一緒に頑張ろう」
「はい、カイル様」
私の返事に満足したのか、カイルは私の頭を撫でると自分の部屋へ戻っていく。
赤くなった頬を抑えつつ、私も部屋に入った。
◇ ◇ ◇
部屋は昼間のような賑やかさはなく、静まり返っていた。
あれほど人や物で溢れかえっていたのに、全て綺麗に片づけられている。
さすが公爵家の侍女たちね。
びっくりするほど手際がいいもの。
私はきょろきょろと室内を見渡したあと、ベッドの縁に腰かけた。
するとどこからともなく、白く私と同じ瞳の色をした猫がトコトコと近づいてくる。
「シロ! どこにいたの?」
私と一緒にこの公爵家に来たものの、ずっと姿が見えなかったから心配していたというのに、本人はまるでどこ吹く風という感じでベッドに乗った。
『ちょっとイロイロねー。確認したいことがたくさんあったし~』
「それならそれで、一言ぐらい声かけてもいいじゃないの。私、すごく心配したんだから」
『あなたねぇ、精霊相手に心配してどうするのよ』
猫なのに、明らかに呆れてる顔してる。
だってしょうがないじゃない。精霊ってどんな存在かあまりよく知らないし。
一緒に来たものが急にいなくなったら、普通心配するでしょう。
「精霊でも何でもよ。あそこから抜け出し、ココに来れたのはシロのおかげだし」
『まぁね。んで、学園行きが決まった感じ?』
「よく知ってるわね。シロすごーい。公爵様の提案で明日から学園の寄宿舎に入ることになったの。それでね、学園に行くための必要な服などを公爵夫人が用意して下さったのよ」
『ああ、でしょうね。二人は元々はティアに好意的だったものね』
「元々、は?」
なんだろう。シロの言い方はすごく棘がある気がする。
元々ってことは、いつかは違う日が来るってことなのかしら。
もしかして精霊には未来予知とかの力があるのかな。
でもそうだとしたら、いつかあの優しさがなくなってしまうってことよね。
理解は出来ても、嫌だって思えてしまう。
『大丈夫よ。状況も全部変わってきているし、このままいけばなんの問題もないわ』
「そうなの?」
『そうよ。それにまだ起こってもいないことにぐずぐず悩んでも始まらないでしょう』
「うん。本当にそうね。でも良かったわ」
『何が?』
「シロが傍にいてくれて。私一人じゃ全然ダメだったもの。あの中でただずっと泣いてるだけだったわ」
『……そうね……そしていつしか歪んでいった……』
「え?」
『ううん。なんでもない。いいのよ。これはワタシがしたくてやってる、いわば贖罪のようなものだから』
「シロの言うことは難しいことばかりね」
『あははは。気にしない気にしない。それより明日は早いんでしょう。さっさと寝るわよ』
シロは器用に私のベッドの布団の中に潜り込む。
こう見ると、本当にただの猫でしかないのに。なんだか不思議ね。
でもシロの言う通り、まだ起きてもいない未来を考えても仕方ないわ。
ますは一つずつ解決していかないとね。
「そうね。おやすみなさいシロ」
『おやすみティア。よい夢を、そして新しく素晴らしい明日を』
シロの言葉を薄れゆく意識の中で聞いた。
母とまったく同じセリフ。
ああ、こんなこともあるのね。もう二度と聞くことはないと思っていたのに……。
カイルとのお茶会は、カイルが昨日のお詫びにとたくさんのお茶菓子を用意してくれていた。
公爵家のシェフによって作られたものと、カイルが朝から街まで出かけて買ってきてくれたスイーツたち。
それらは全て、初めて食べるものばかりだった。
そしてそんなお菓子を食べ紅茶を飲みながら、ゆったりと二人での会話を楽しんだ。
まるで昔のように。
時間があの頃に戻ったかのように、本当に幸せなものだった。
「今日はありがとうございます。お茶だけではなく、お庭のお散歩にまで誘っていただいて」
「最近はずっと婚約者らしいことが出来なかったから、そのお詫びだよティア」
「お詫びだなんて……何から何まですみません」
カイルに送ってもらった部屋のドアを背にして立ち、カイルを見上げた。
ホント、カイルは私になどもったいないような人ね。
それぐらい優しくて誠実で……。なんで私なんだろう。
なんで……なんで私は……。
微笑みながら、答えのない問が頭の中をぐるぐると回る。
こんな状況でなければ、父たちが生きていた頃なら純粋に喜べたのに。
「君が謝ることなど何もないよティア。だってそうだろう? 何も悪いことなどしていないのに、どうして謝らなければいけないんだい?」
答えの言い出せない私は、ただ微笑むしか出来なかった。
たとえそれがどんなに不細工な笑みだとしても。
だって分かっていたから。
悪いことはそう、私が非力で無力だということだって。
でもそれを口にしたら、惨めさが増してしまう。
だから微笑むことしか出来なかった。
「……すまない。君にそんな顔をさせたいわけじゃないんだ。ただ君を見ていると、自分がとても非力に思えてしまう」
「非力? カイル様が、ですか?」
「ああそうだ。まだまだ俺は非力で何も出来なさすぎる」
「どうしてそんなこと言うのですか? 私をあそこから助け出して下さったのに」
「いいや。俺はあそこから連れ出せただけで、まだ君を救えてはいない。でも約束する。必ず君を救って見せるから。そして君の本当の笑顔を取り戻してみせる」
「カイル様……」
カイルが非力と言うのならば、私なんてどうなるんだろう。
ただずっと泣くのを我慢しているだけ。
状況に流され、自分から動くこともせず、なんにも出来ていないじゃない。
そう。やっぱりこれではダメなのよ。
カイルが私を救ってくれるというのならば、私はせめてふさわしい人間にならないと。
学園に着いたら、今後のことをしっかり決めていかないとダメね。
私自身、自分の考えで。
「だから……」
「だから?」
「いや。今話すことではないな。きちんと行動で示していくよティア。一緒に頑張ろう」
「はい、カイル様」
私の返事に満足したのか、カイルは私の頭を撫でると自分の部屋へ戻っていく。
赤くなった頬を抑えつつ、私も部屋に入った。
◇ ◇ ◇
部屋は昼間のような賑やかさはなく、静まり返っていた。
あれほど人や物で溢れかえっていたのに、全て綺麗に片づけられている。
さすが公爵家の侍女たちね。
びっくりするほど手際がいいもの。
私はきょろきょろと室内を見渡したあと、ベッドの縁に腰かけた。
するとどこからともなく、白く私と同じ瞳の色をした猫がトコトコと近づいてくる。
「シロ! どこにいたの?」
私と一緒にこの公爵家に来たものの、ずっと姿が見えなかったから心配していたというのに、本人はまるでどこ吹く風という感じでベッドに乗った。
『ちょっとイロイロねー。確認したいことがたくさんあったし~』
「それならそれで、一言ぐらい声かけてもいいじゃないの。私、すごく心配したんだから」
『あなたねぇ、精霊相手に心配してどうするのよ』
猫なのに、明らかに呆れてる顔してる。
だってしょうがないじゃない。精霊ってどんな存在かあまりよく知らないし。
一緒に来たものが急にいなくなったら、普通心配するでしょう。
「精霊でも何でもよ。あそこから抜け出し、ココに来れたのはシロのおかげだし」
『まぁね。んで、学園行きが決まった感じ?』
「よく知ってるわね。シロすごーい。公爵様の提案で明日から学園の寄宿舎に入ることになったの。それでね、学園に行くための必要な服などを公爵夫人が用意して下さったのよ」
『ああ、でしょうね。二人は元々はティアに好意的だったものね』
「元々、は?」
なんだろう。シロの言い方はすごく棘がある気がする。
元々ってことは、いつかは違う日が来るってことなのかしら。
もしかして精霊には未来予知とかの力があるのかな。
でもそうだとしたら、いつかあの優しさがなくなってしまうってことよね。
理解は出来ても、嫌だって思えてしまう。
『大丈夫よ。状況も全部変わってきているし、このままいけばなんの問題もないわ』
「そうなの?」
『そうよ。それにまだ起こってもいないことにぐずぐず悩んでも始まらないでしょう』
「うん。本当にそうね。でも良かったわ」
『何が?』
「シロが傍にいてくれて。私一人じゃ全然ダメだったもの。あの中でただずっと泣いてるだけだったわ」
『……そうね……そしていつしか歪んでいった……』
「え?」
『ううん。なんでもない。いいのよ。これはワタシがしたくてやってる、いわば贖罪のようなものだから』
「シロの言うことは難しいことばかりね」
『あははは。気にしない気にしない。それより明日は早いんでしょう。さっさと寝るわよ』
シロは器用に私のベッドの布団の中に潜り込む。
こう見ると、本当にただの猫でしかないのに。なんだか不思議ね。
でもシロの言う通り、まだ起きてもいない未来を考えても仕方ないわ。
ますは一つずつ解決していかないとね。
「そうね。おやすみなさいシロ」
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