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新しい門出に暗雲が立ち込めるかのように、今日は朝からずっとぐずついた空模様だった。
それでも公爵家の侍女たちは嫌な顔一つすることなく、私の荷物を馬車へと積み込んでくれている。
あの日を思わせる空に折れそうになる心を、私は一人奮い立たせた。
ただの天気じゃない。
いつも快晴なわけではないわ。こういう日だってある。
むしろ今は雨が多い時期だもの。こんなものよ。
別に空が今からの私のことを案じてなんてくれるわけもない。
そう思ってはみても、心にまで灰色の雲がのしかかってくるような感覚を覚えた。
「雨は嫌い」
「ティア、顔色が悪いが大丈夫か?」
わざわざ玄関まで見送りにきてくれたカイルが、私に駆け寄ってきた。
今日は王宮でどうしても外せない仕事があるらしく、玄関先でのお別れとなった。
でも明日にでもなれば、また学園で顔を合わせることも出来る。
それなのに、カイルはとても心配そうな顔をしていた。
「大丈夫ですよ、カイル様。みんなが用意して下さっていますし」
「それはそうだが……。数名はこのまま学園に着いて行き、君の部屋に荷物を運ぶ手はずになっている」
「何から何まで本当にありがとうございました」
「いや、そんなことはいい。もし具合が悪くなったら、すぐに着いて行った者に言いなさい」
「はい、カイル様。でも大丈夫ですよ? 少し緊張しているだけですわ」
「それならいいのだが……本当はこのまま俺がついて行けたら……」
「そんなわがままを言ったら、怒られてしまいますわ。今でも十分すぎるほどですのに」
どれだけ微笑んでも、カイルの顔は晴れない。
そんなに私暗い顔をしているのかしら。
ん-。困ったわね。どうしたらカイルは安心してくれるのかな。
「そうですね。でも、もし本当にダメな時はカイル様を頼ってもいいですか?」
私はカイルの袖を少し掴み、首をかしげ尋ねた。
すると先ほどまでのカイルの顔が嘘のように、いつもの優しいふんわりとしたものへと変わる。
「ああ、もちろんだティア。君のためにならどんなことでもするよ」
「ありがとうございます。心強いですわ」
うん。どうやらこれが正解だったみたい。よかった。やっぱり好きな人には笑っていて欲しいものね。
「では、また学園でお会いしましょうカイル様」
「ああ。また明日学園で」
多くの人に優しくしてもらえばもらうほど、名残惜しさもあるし、このままここにいられたらと思ってしまう自分がいる。
でもだからこそ、行かないと……ね。
これは私自身のためだから。
手を振りながら馬車に乗り込めば、馬車はゆっくりと動き出した。
大丈夫。私はまだ頑張れるもの。
誰に気づかれることもなく馬車に乗り込んできたシロを見れば、私はまだ恵まれれいる方だと思える。
公爵家の豪華な馬車は、内装もすごかった。
細やかなところにまで金の刺繍が施され、びっくりするほど柔らかな座席は移動の衝撃を全て吸収しているようだ。
いくらゆっくり走っているとはいえ、こんなにも揺れないものなのね。
うちの馬車とは大違いだわ。
しかも車輪が大きいせいか、ゆっくり走っているのにあっという間に学園が見えてきた。
王立学園。ここには貴族の子どもや豪商の子など、様々な子どもが通っている。
学費は決して安くはないものの、貴族のある種ステータスとして皆は入学させていた。
しかし実際に学問の質も高く、この学園を上位成績で卒業すれば平民であろうとも官職に就くことが出来た。
だから皆本当に必死だ。
私みたいに元から婚約者がいて、卒業したらその先が決まっている者以外は。
「寄宿舎はどんなところかしらね」
『ティア、初めに言っておくけど、ここからがやっとスタート地点よ?』
「んと、私の再出発ってことよねシロ。もちろん分かっているわ」
『そうではなくてよ。なんていうのかな……本で例えるならやっと物語が動き出すってこと』
シロの例えはいつも分かるようで分からない。
再出発じゃなくて、物語が動き出す。
でもその言い方なら、まだ私はスタート地点にも立っていなかったってことかしら。
ん-。難しいわね。
「動き出すとどうなるの?」
『分からないわ』
「シロでも?」
『変えてしまったから』
「変えた?」
『そう。変えたの。だからもう、知っている物語ではなくなってしまった。たぶんそのしわ寄せが絶対にくる』
いつにも増して真剣なシロの顔。
だけどたぶん、いいとこではないのだけは分かる。
だからこんな風にシロが私にこんな風に言うんだわ。
「たとえしわ寄せが来たって、乗り越えてしまえば大丈夫よシロ」
『そうね……。とにかく油断しないように二人で頑張りましょう』
「ええ」
しわ寄せに歪みかぁ。
でもそうね。叔父たちがこのまま黙ってはいないだろうし……。
大変そうなのは確かね。
シロの言うように、この馬車を降りたらちゃんと気を緩めないようにしないとね。
そんな思いが空回りするかのように、馬車を降りた瞬間目に入ってきたのは、この学園である意味一番会いたくはなかった人の一人だった。
それでも公爵家の侍女たちは嫌な顔一つすることなく、私の荷物を馬車へと積み込んでくれている。
あの日を思わせる空に折れそうになる心を、私は一人奮い立たせた。
ただの天気じゃない。
いつも快晴なわけではないわ。こういう日だってある。
むしろ今は雨が多い時期だもの。こんなものよ。
別に空が今からの私のことを案じてなんてくれるわけもない。
そう思ってはみても、心にまで灰色の雲がのしかかってくるような感覚を覚えた。
「雨は嫌い」
「ティア、顔色が悪いが大丈夫か?」
わざわざ玄関まで見送りにきてくれたカイルが、私に駆け寄ってきた。
今日は王宮でどうしても外せない仕事があるらしく、玄関先でのお別れとなった。
でも明日にでもなれば、また学園で顔を合わせることも出来る。
それなのに、カイルはとても心配そうな顔をしていた。
「大丈夫ですよ、カイル様。みんなが用意して下さっていますし」
「それはそうだが……。数名はこのまま学園に着いて行き、君の部屋に荷物を運ぶ手はずになっている」
「何から何まで本当にありがとうございました」
「いや、そんなことはいい。もし具合が悪くなったら、すぐに着いて行った者に言いなさい」
「はい、カイル様。でも大丈夫ですよ? 少し緊張しているだけですわ」
「それならいいのだが……本当はこのまま俺がついて行けたら……」
「そんなわがままを言ったら、怒られてしまいますわ。今でも十分すぎるほどですのに」
どれだけ微笑んでも、カイルの顔は晴れない。
そんなに私暗い顔をしているのかしら。
ん-。困ったわね。どうしたらカイルは安心してくれるのかな。
「そうですね。でも、もし本当にダメな時はカイル様を頼ってもいいですか?」
私はカイルの袖を少し掴み、首をかしげ尋ねた。
すると先ほどまでのカイルの顔が嘘のように、いつもの優しいふんわりとしたものへと変わる。
「ああ、もちろんだティア。君のためにならどんなことでもするよ」
「ありがとうございます。心強いですわ」
うん。どうやらこれが正解だったみたい。よかった。やっぱり好きな人には笑っていて欲しいものね。
「では、また学園でお会いしましょうカイル様」
「ああ。また明日学園で」
多くの人に優しくしてもらえばもらうほど、名残惜しさもあるし、このままここにいられたらと思ってしまう自分がいる。
でもだからこそ、行かないと……ね。
これは私自身のためだから。
手を振りながら馬車に乗り込めば、馬車はゆっくりと動き出した。
大丈夫。私はまだ頑張れるもの。
誰に気づかれることもなく馬車に乗り込んできたシロを見れば、私はまだ恵まれれいる方だと思える。
公爵家の豪華な馬車は、内装もすごかった。
細やかなところにまで金の刺繍が施され、びっくりするほど柔らかな座席は移動の衝撃を全て吸収しているようだ。
いくらゆっくり走っているとはいえ、こんなにも揺れないものなのね。
うちの馬車とは大違いだわ。
しかも車輪が大きいせいか、ゆっくり走っているのにあっという間に学園が見えてきた。
王立学園。ここには貴族の子どもや豪商の子など、様々な子どもが通っている。
学費は決して安くはないものの、貴族のある種ステータスとして皆は入学させていた。
しかし実際に学問の質も高く、この学園を上位成績で卒業すれば平民であろうとも官職に就くことが出来た。
だから皆本当に必死だ。
私みたいに元から婚約者がいて、卒業したらその先が決まっている者以外は。
「寄宿舎はどんなところかしらね」
『ティア、初めに言っておくけど、ここからがやっとスタート地点よ?』
「んと、私の再出発ってことよねシロ。もちろん分かっているわ」
『そうではなくてよ。なんていうのかな……本で例えるならやっと物語が動き出すってこと』
シロの例えはいつも分かるようで分からない。
再出発じゃなくて、物語が動き出す。
でもその言い方なら、まだ私はスタート地点にも立っていなかったってことかしら。
ん-。難しいわね。
「動き出すとどうなるの?」
『分からないわ』
「シロでも?」
『変えてしまったから』
「変えた?」
『そう。変えたの。だからもう、知っている物語ではなくなってしまった。たぶんそのしわ寄せが絶対にくる』
いつにも増して真剣なシロの顔。
だけどたぶん、いいとこではないのだけは分かる。
だからこんな風にシロが私にこんな風に言うんだわ。
「たとえしわ寄せが来たって、乗り越えてしまえば大丈夫よシロ」
『そうね……。とにかく油断しないように二人で頑張りましょう』
「ええ」
しわ寄せに歪みかぁ。
でもそうね。叔父たちがこのまま黙ってはいないだろうし……。
大変そうなのは確かね。
シロの言うように、この馬車を降りたらちゃんと気を緩めないようにしないとね。
そんな思いが空回りするかのように、馬車を降りた瞬間目に入ってきたのは、この学園である意味一番会いたくはなかった人の一人だった。
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