悪役令嬢の涙。虐げられた泣き虫令嬢は、愛する人のために白猫と悪役令嬢を目指します。

美杉日和。(旧美杉。)

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「カイル様!?」


 カイルは私の体を軽々と横出しにし、歩き出す。

 何が起きたのか全く分からない私と、なぜか黄色い声を上げる令嬢たち。


「カイル、ナイスタイミングね。でもどうせなら、もう少し早くても良かったのよ」

「すまない。今日はどうしても外せない用事があって遅くなった。リーリエ、状況を説明してくれ」

「そうだ。お城でのお仕事はもう良かったんですの?」

「ああ、急いで終わらせて君の顔を見に来たらこれだからびっくりしたよ」

「ごめんなさい」

「いやいいんだ。間に合ったから」

「ふぅん。婚約者の顔が見たくて、仕事を急ぎで終わらせてきたってことね」

「茶化すなよ」

「だって」

「あ、あの。その前に下して下さい」

「ダメだ。あのまま倒れていたらと思うと、俺は生きた心地がしなかったよ」

「ごめんね、わたしがついていたのにティアをちゃんと守れなくて」


 私を抱きかかえたカイルの隣を歩くリーリエが、私の顔を覗き込んだ。

 
「守だなんて。あれは……うちの家のことだし……。それにリーリエはちゃんと一緒に言ってくれたじゃない」

「でもまさか、あんなにひどいなんて思わなかったわ。カイルは知っていたの? 男爵家を継いだ人たちのこと」

「ああ……。今、いろいろと父上も探っているようだが、それ以前の問題としてひどすぎることは知っている。だからこそ、あの家から引き離したんだから」

「そういうことなのね……。合わないってティアが言った時に、少しひっかかったんだけど、アレは合う合わないの次元ではないじゃない」


 確かに、合う合わないの次元ではない。

 同じ一族それも血縁関係があるのに、姪を虐げるだなんて聞いたことがないもの。

 挙句、私の婚約者であるカイル様と自分の娘の方を婚約させようとしているだなんて。

 きっとラナをここに入学させたのも、そのためね。

 少しでもラナとカイル様との接点を増やしつつ、ラナにカイル様を惚れさせるために。

 でもアレではさすがに、公爵夫人の器ではないだろう。

 むしろ……。


「カイルもちゃんとわたしに説明してくれないと、守るものも守れないでしょう? 今回はこれで済んだから良かったものの」

「分かっているが、いろんなことが急なんだ。仕方ないだろうリーリエ」

「もーーーう。仕方ないじゃないわよ。ティアになんかあったらどうするの!」

「それは俺も分かってるさ」

「全然分かってない」

「いてっ、いてっ。叩くなって」


 隣を歩くカイルの腕を、リーリエはバシバシと叩く。

 傍から見れば仲睦まじい光景なのかもしれない。

 でも私たちは貴族だ。

 本来、こんな風に気安く異性に障ることなんてありえない。

 あるとすれば、婚約者か自分の意中の者にだけ。

 つまりは……そういうこと。

 ラナはこのまま放っておいても、きっとカイルが見向きをすることなどないだろう。

 でもリーリエは違う。

 もしも今、尋ねたらリーリエは答えてくれるのかな。

 カイルのコト、好きなのかって……。


「あんなに礼儀のなってない人が貴族だなんて。断固抗議するわ」

「そうだな……目に余りすぎる」

「ごめんなさい、二人とも」

「「ティアのせいじゃない」」

「ふふふ。二人とも声、揃ってる」


 仲いいなぁ。

 これが子どもの頃だったら、私も何にも気にしなかったのに。

 なんでリーリエなのだろう。

 大切な友だちだったのに。

 でもきっとリーリエも同じように考えてるわね。

 なんで私なんだろう。

 なんでカイルの婚約者は自分ではないのだろうって。


「でも本当、あの令嬢はなんなの? 令嬢とも呼びたくないぐらいだけど」

「ああ、元平民だからかなぁ。叔母様たちにもアレはちゃんとするように言われているけど全然直らないみたいね」

「努力する気もなさそうだけど? 何のためにここに入ったのかしら」


 まぁ、普通考えればそうね。

 安くもない学費を払ってまで、ここに通うのならばみんな目的があるはず。

 でもラナはその態度を変えようとはしない。

 貴族令嬢らしくする意味すら、彼女にはない様に思えてしまう。

 私のことを元令嬢なんて呼ぶ前に、ラナも元平民が全く抜けていないんだもの。


「身分としては貴族になれたとしても、中身は本人のやる気がなければどうしようもないのにね」

「そこなのよ! それなのに、ここに来て何がしたいの?」

「それは……」


 私はカイルを見上げ、そしてただじーっとその目を見つめた。

 何のことか分からないカイルとは違い、リーリエがすぐの反応する。


「馬鹿じゃないの?」

「はははははは」


 まっとう過ぎるリーリエの反応に、私はただ乾いた笑みを浮かべた。

 
「ん? どういう意味だ?」


 ここへ来てもまったく理解していないカイルを見ると、我が家に来て、ラナたちに会った時も何もなかったのだろうなと思える。

 きっとカイルは叔父様たちが私よりも自分の娘を勧めてきたことすら、分かっていなさそう。


「カイルがカイルで良かったわ」

「なんかトゲのある言い方だな、リーリエ」

「そうかしら? ティア、絶対に苦労するわよ。ここはもぅ、わたしに乗り換えるとかどう?」

「えええ。私がリーリエと婚約するってこと? さすがにそれは無理なんじゃあ……」

「えーいいと思うのに。ふふふ。なんだか昔に戻ったみたいね。よく三人でこんなこと話していたっけ」

「ああそうだな。よく三人でいたものな。でもティアは渡さないぞ」

「ケチ」

「……そうね。本当にずっと一緒だったものね」


 でも私たちの歳がそれを許してはくれない。

 男女でも友情はあるとは、私は思っている。

 ただそれは恋愛感情がなければの話。

 私の言葉に、皆が急に無口になる。

 長い廊下を経て、私の部屋に着くまで私たちはそれぞれの思いに考えを巡らせていた。
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