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056 逃げ道
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たくさんの足音と、光る瞳。
振り返らなくとも、自分たちを追ってきているということは容易に分かる。
分かるからこそ、もう逃げ切るしかない。
あんなにたくさんの群れでは、薬玉だって役に立たないはずだ。
捕まったら、きっと怪我では済まないだろう。
もっと悲惨な運命が待っているだけ。
なんでこの子を助けたのだろうと後悔してみても、きっと同じ場に立ったら同じ行動をしていたのだろうから、考えても意味はないか。
薄っすらと目の前に、地上へ続く灯りの差し込みが見える。
「あの縄はしごさえ登れば、外よ!」
私は指さしながら、大きな声をかける。
手を引かれたその子は、大きく頷いた。
あと少し、もう少し。
しかし目の前に来たその時、ふといろんなことが頭をよぎる。
振り返れば、ねずみたちとの距離はさほどない。
縄はしごは地上まで数十段。
登り切るには、慣れていても数分かかる。
「ダメだ。間に合わない」
そう、間に合わない。
二人登り切る前に、きっと奴らが足元に届く。
そうなってしまえば、このはしごすら危うい。
「先に登って」
それしか考えられなかった。
少なくとも、私よりも慣れていないこの子が昇る方が時間がかかるだろう。
私が先に登ってしまえば、この子は確実に奴らの餌食だ。
それでは助けた意味がない。
私がここに残るしかないわね……。
「でも!」
「いいからとっとと登って! 私だって死にたくないの」
私の圧に押されたのか、言いかけた言葉を飲み込むと、その子は縄はしごを登り出す。
半分くらい登りかけた時、ねずみたちはすぐ目の前まで到達した。
怖い。こんなに近くまで来られたことなどなかった。
ねずみと呼ぶにはその体は大きく、爪も尻尾も鋭い。
大きな個体では、私の腰の位置くらいまであるものもいた。
だけど薬玉はあと一個。
ギリギリまで引き付けないと。
迫りくるねずみたちの手が届く瞬間、私は自分の口元を押さえながら薬玉を足元近くに落とす。
すると音と匂いでねずみたちは後退していく。
私は落としたその瞬間から、縄はしごに手をかけ勢いよく登り始めた。
先に登った子は出口に到着し、私に手を差し伸べながらこちらを心配そうに見ている。
急がなきゃ。
興奮状態のねずみたちには、いくら薬玉といえど効果は薄い。
きっと数分ももたないはずだ。
焦り揺れるはしごを必死に登る。
あと数段というところで、はしごが揺れた。
私は思わず、下を見る。
数分ももたずに、大きな個体のねずみが器用にはしごを登り始めていた。
「ああ……」
気が緩んだわけでも、怯んだわけでもない。
だけど焦れば焦るほど、上手く縄はしごは登れない。
あと一段。
振り向かなければいいと分かっていても、私は下を見てしまった。
その瞬間、すぐ真下にいたねずみと視線が合う。
ねずみは鋭いその爪で、私の足を掴んだ。
どう形容していいものだろうか。
痛いというよりも、熱いという感覚が足を駆け抜ける。
熱せられた鉄板にでも足を打ち付けたようなその痛みに、短い悲鳴を私は上げた。
そして無理やり足を上げれば、その痛みはさらに増す。
上がれない、もう、上がれないよ。
泣き出しそうになりながらも、次の縄を掴む。
すると私の頭の上を、光る何かが落ちて行った。
「ぎゃん」
短いねずみの悲鳴。
振り返れば。ねずみのちょうど眉間らへんに長剣が刺さっている。
剣? どうして……。
「今だ、早く!」
おそらくこの子の持っていた剣だ。
剣が刺さり絶命したねずみを巻き込み、その下にいたねずみたちが落ちていく音がする。
「でも剣が」
「そんなのいいから、早く」
私はそれ以上振り返ることはせず、上から伸ばされるこの子の手を掴んだ。
振り返らなくとも、自分たちを追ってきているということは容易に分かる。
分かるからこそ、もう逃げ切るしかない。
あんなにたくさんの群れでは、薬玉だって役に立たないはずだ。
捕まったら、きっと怪我では済まないだろう。
もっと悲惨な運命が待っているだけ。
なんでこの子を助けたのだろうと後悔してみても、きっと同じ場に立ったら同じ行動をしていたのだろうから、考えても意味はないか。
薄っすらと目の前に、地上へ続く灯りの差し込みが見える。
「あの縄はしごさえ登れば、外よ!」
私は指さしながら、大きな声をかける。
手を引かれたその子は、大きく頷いた。
あと少し、もう少し。
しかし目の前に来たその時、ふといろんなことが頭をよぎる。
振り返れば、ねずみたちとの距離はさほどない。
縄はしごは地上まで数十段。
登り切るには、慣れていても数分かかる。
「ダメだ。間に合わない」
そう、間に合わない。
二人登り切る前に、きっと奴らが足元に届く。
そうなってしまえば、このはしごすら危うい。
「先に登って」
それしか考えられなかった。
少なくとも、私よりも慣れていないこの子が昇る方が時間がかかるだろう。
私が先に登ってしまえば、この子は確実に奴らの餌食だ。
それでは助けた意味がない。
私がここに残るしかないわね……。
「でも!」
「いいからとっとと登って! 私だって死にたくないの」
私の圧に押されたのか、言いかけた言葉を飲み込むと、その子は縄はしごを登り出す。
半分くらい登りかけた時、ねずみたちはすぐ目の前まで到達した。
怖い。こんなに近くまで来られたことなどなかった。
ねずみと呼ぶにはその体は大きく、爪も尻尾も鋭い。
大きな個体では、私の腰の位置くらいまであるものもいた。
だけど薬玉はあと一個。
ギリギリまで引き付けないと。
迫りくるねずみたちの手が届く瞬間、私は自分の口元を押さえながら薬玉を足元近くに落とす。
すると音と匂いでねずみたちは後退していく。
私は落としたその瞬間から、縄はしごに手をかけ勢いよく登り始めた。
先に登った子は出口に到着し、私に手を差し伸べながらこちらを心配そうに見ている。
急がなきゃ。
興奮状態のねずみたちには、いくら薬玉といえど効果は薄い。
きっと数分ももたないはずだ。
焦り揺れるはしごを必死に登る。
あと数段というところで、はしごが揺れた。
私は思わず、下を見る。
数分ももたずに、大きな個体のねずみが器用にはしごを登り始めていた。
「ああ……」
気が緩んだわけでも、怯んだわけでもない。
だけど焦れば焦るほど、上手く縄はしごは登れない。
あと一段。
振り向かなければいいと分かっていても、私は下を見てしまった。
その瞬間、すぐ真下にいたねずみと視線が合う。
ねずみは鋭いその爪で、私の足を掴んだ。
どう形容していいものだろうか。
痛いというよりも、熱いという感覚が足を駆け抜ける。
熱せられた鉄板にでも足を打ち付けたようなその痛みに、短い悲鳴を私は上げた。
そして無理やり足を上げれば、その痛みはさらに増す。
上がれない、もう、上がれないよ。
泣き出しそうになりながらも、次の縄を掴む。
すると私の頭の上を、光る何かが落ちて行った。
「ぎゃん」
短いねずみの悲鳴。
振り返れば。ねずみのちょうど眉間らへんに長剣が刺さっている。
剣? どうして……。
「今だ、早く!」
おそらくこの子の持っていた剣だ。
剣が刺さり絶命したねずみを巻き込み、その下にいたねずみたちが落ちていく音がする。
「でも剣が」
「そんなのいいから、早く」
私はそれ以上振り返ることはせず、上から伸ばされるこの子の手を掴んだ。
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