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055 その出会いは偶然で
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「道具はみんなで手分けして全部回収出来たけど、今日はネズミが多すぎるわ」
私は薄暗く、四方に伸びる地下道を眺めた。
この王都全域の下水は、この地下道を通じて海へ排出されている。
ダントレット商会は国から依頼を受け、定期的にこの地下道の清掃を行っていた。
地下は城に続く道もあるため、かなり入り組んだ造りになっている。
そのため清掃を行う従業員は経歴が長い者や、記憶力が良い者から選ばれていた。
そして一番重要なのは、この地下に潜むモンスターであるネズミたちから逃げ出すために、体が小さく足が速い者が選ばれた。
だからそう。この清掃に来るのは、私のような十歳以下の子どもばかり。
お父様はこれが効率がいいって言うけど、体が小さい分、清掃道具などの管理がとても大変だ。
この前だってほうき一つ置き忘れただけで、掃除に参加させられた子たちは丸一日食事抜きになった。
どこまでも臭く危険な仕事だっていうのに。
お給金だって、本当に少ない。
荷物出しより、銅貨が数枚多いだけ。
帰りに広場で売ってる屋台で串焼き買ったら、それだけで消えてしまうし。
「はぁ。水浴びしたい……」
一度ここに潜ると、数日間は匂いが取れない気がする。
私はフードの中にしまい込んだ髪に触れた。
汚れているようには見えないし、今匂いを嗅いだって鼻がおかしくなってるから分からないか。
「こんなとこで考えていても仕方ない。とっとと帰ろう」
そうため息一つ。
私は慣れた道のりを歩き出した。
しばらく進むと、金属のこすれるような甲高い音が薄暗い通路の奥から響く。
灯りはない。
そんなものを持てば、すぐにネズミが集まってしまうからだ。
私たちは暗がりで目を慣らしてから、ただ小さく光るコケだけを持たされる。
ほんのり光るそれは、わずかに道を見分けられるのみ。
どうする?
音のある方へ行けば、きっとナニカがある。
迷い人か、仲間か。
それすら灯りのない中では分からない。
お父様なら、自分の身を一番にして、助けられない者は見捨てろと言う。
実際問題、私もそれだけは同意だ。
こんな小さな体で、武器もなく、助けに行って何になる。
たとえ仲間が襲われているにしても、到底助けられるわけもない。
小刻みに足が震えていた。
ここは決して安全ではない。
いつだってあんな少ないお金のために、命をかける場なんだ。
事故にあった者やネズミに襲われてけがをした者は、お父様が容赦なく切り捨ててきた。
きっと私だって例外ではない。
あの人にとって、娘なんていうのはただの肩書でしかないから。
「でも……」
私はポーチに手をかけながら、走り出す。
無謀だと分かっていても、仲間を見捨てることなど出来なかった。
入り組んだ道を奥へ奥へと進むと、何かを持った小さな影と数匹のネズミの姿が見える。
やっぱり、襲われていた。
今日は数が多かったから、道を間違えた子は巣穴近くに来ちゃっていたんだわ。
私は手をかけていたポーチから薬玉を手に取ると、それをネズミに投げつける。
閃光と煙が出た瞬間、私は立ちすくむその子の手を取り、走り出した。
あの薬の効果はあまり長くない。
この狭い空間なら、普通は追って来ないだろうけど、これだけ多いネズミの数を見たことはない。
繁殖期だからなのか、たまたま餌が多かったのか。
おそらく隠れて見えていない分も含めると、百は優に超えていそう。
薬玉の効果が届かない範囲の奴らが、いつ攻撃を仕掛けてきてもおかしくはない。
急いで入り口から広場に出てしまわないと。
私はその子の手を引いたまま、ただがむしゃらに走った。
私は薄暗く、四方に伸びる地下道を眺めた。
この王都全域の下水は、この地下道を通じて海へ排出されている。
ダントレット商会は国から依頼を受け、定期的にこの地下道の清掃を行っていた。
地下は城に続く道もあるため、かなり入り組んだ造りになっている。
そのため清掃を行う従業員は経歴が長い者や、記憶力が良い者から選ばれていた。
そして一番重要なのは、この地下に潜むモンスターであるネズミたちから逃げ出すために、体が小さく足が速い者が選ばれた。
だからそう。この清掃に来るのは、私のような十歳以下の子どもばかり。
お父様はこれが効率がいいって言うけど、体が小さい分、清掃道具などの管理がとても大変だ。
この前だってほうき一つ置き忘れただけで、掃除に参加させられた子たちは丸一日食事抜きになった。
どこまでも臭く危険な仕事だっていうのに。
お給金だって、本当に少ない。
荷物出しより、銅貨が数枚多いだけ。
帰りに広場で売ってる屋台で串焼き買ったら、それだけで消えてしまうし。
「はぁ。水浴びしたい……」
一度ここに潜ると、数日間は匂いが取れない気がする。
私はフードの中にしまい込んだ髪に触れた。
汚れているようには見えないし、今匂いを嗅いだって鼻がおかしくなってるから分からないか。
「こんなとこで考えていても仕方ない。とっとと帰ろう」
そうため息一つ。
私は慣れた道のりを歩き出した。
しばらく進むと、金属のこすれるような甲高い音が薄暗い通路の奥から響く。
灯りはない。
そんなものを持てば、すぐにネズミが集まってしまうからだ。
私たちは暗がりで目を慣らしてから、ただ小さく光るコケだけを持たされる。
ほんのり光るそれは、わずかに道を見分けられるのみ。
どうする?
音のある方へ行けば、きっとナニカがある。
迷い人か、仲間か。
それすら灯りのない中では分からない。
お父様なら、自分の身を一番にして、助けられない者は見捨てろと言う。
実際問題、私もそれだけは同意だ。
こんな小さな体で、武器もなく、助けに行って何になる。
たとえ仲間が襲われているにしても、到底助けられるわけもない。
小刻みに足が震えていた。
ここは決して安全ではない。
いつだってあんな少ないお金のために、命をかける場なんだ。
事故にあった者やネズミに襲われてけがをした者は、お父様が容赦なく切り捨ててきた。
きっと私だって例外ではない。
あの人にとって、娘なんていうのはただの肩書でしかないから。
「でも……」
私はポーチに手をかけながら、走り出す。
無謀だと分かっていても、仲間を見捨てることなど出来なかった。
入り組んだ道を奥へ奥へと進むと、何かを持った小さな影と数匹のネズミの姿が見える。
やっぱり、襲われていた。
今日は数が多かったから、道を間違えた子は巣穴近くに来ちゃっていたんだわ。
私は手をかけていたポーチから薬玉を手に取ると、それをネズミに投げつける。
閃光と煙が出た瞬間、私は立ちすくむその子の手を取り、走り出した。
あの薬の効果はあまり長くない。
この狭い空間なら、普通は追って来ないだろうけど、これだけ多いネズミの数を見たことはない。
繁殖期だからなのか、たまたま餌が多かったのか。
おそらく隠れて見えていない分も含めると、百は優に超えていそう。
薬玉の効果が届かない範囲の奴らが、いつ攻撃を仕掛けてきてもおかしくはない。
急いで入り口から広場に出てしまわないと。
私はその子の手を引いたまま、ただがむしゃらに走った。
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