白い結婚にさよならを。死に戻った私はすべてを手に入れる。

美杉日和。(旧美杉。)

文字の大きさ
65 / 68

063 いつかの備えも

しおりを挟む
 私はいくつかのアンジェラのバラの実を袋に詰め込むと、あらかじめもう一通送っておいた手紙の主の元へ。

 待ち合わせ場所は最悪だった。
 私が知らないだろうといいことに、彼の所属するギルドの本部だったのだから。

 表向きはただの裏路地の奥にある酒場。
 だけど私は父の話を聞いたことがあるから、よく知っている。

 それでも忙しい自分に会いたいのなら、ここへ来いという横暴さだ。
 まったく、こっちの目的も知らないで。

 そう文句が口から出そうになりながらも、私は薄汚い酒場のドアを開けた。

 すると開けたその瞬間から、中にいる男たちの視線が突き刺さる。
 私は大きく息を吸ったあと、かぶっていたフードを取った。

 男たちは私に近寄ろうとしていたものの、この髪を見た途端、その動きがピタリと止まる。
 大嫌いなあの人の象徴も、こういう時には役に立つらしい。

「ホントにここまでよく来たな」

 そんな軽口を叩きながら、一番奥からヒューズが手を上げてこちらに歩いて来る。
 
「あなたがここを指定したんじゃなかったっけ?」
「そうだけど、普通は断ると思ったからさ」

 まったく。確信犯てことね。
 腹が立つ。

「よく言うわ」
「仕方ないだろう。手紙でも伝えた様に、こっちは今大忙しなんだ」

 ヒューズはそう言いながら、一番手前の席の椅子を引いて見せる。
 私は一度辺りを見回したあと、彼が指定する席に座った。

 男たちはヒューズが来たせいもあってか、私を見ることはない。
 だけどそれ以外のかすかな視線が、至る所から集まっている気がする。

 敵地までとは言わないけど、歓迎はされるわけもないことぐらい承知の上だ。
 しかも今、彼が忙しくしている原因も知っているから尚更ね。

「そんな忙しいあなたの元へ、わざわざ大切なものを届けに来てあげたのよ。泣いて感謝されてもいいところなんだけど?」

 私はそう言いながら、持っていた袋をテーブルの上に出す。
 
「ん? なんだそれ」

 袋に興味を示し、手を出そうとした彼を制止するために、私は自分の元へ袋を引き寄せた。
 すると焦らされたヒューズの顔は曇り、眉間にシワが寄る。

「薬と言えば分かるかしら」
「!」

 その言葉に、中にいた男たちが殺気立つ。

「おい!」

 殺気に気付いたヒューズが大きな声を上げた。
 一瞬、その殺気で息が止まるほどだ。

 やはり、ミーアのバラ病が早かったから、きっとそうじゃないかって踏んでいたのだ。
 どうやら私の読みは当たっていたらしい。

「何をどこまで知っている?」

 ヒューズの声はどこまでも低い。
 今までの人懐っこい顔も、声も何もかもがただの演技だったと分かるほど。

「安心して。知っているのは私だけ。そして今流行りつつある病気の名と、その治療法だけよ」
「どこで知った」
「うちの侍女もかかっているの。だからまず先に、きっと貧民街から広がったと仮定しただけよ」

 あくまでも、私の口から言うのはそれだけ。
 本当は知っている。
 彼らの長であるギルド長がその病にかかっていることも、このあと命を落とすことも。

 だけどそれを口にしてしまえば、私だってただでは済まないから。

「アレはなんだ?」
「バラ病というの。隣国で昔からある病の一つらしいわ。初めに微熱。その後、少しずつバラのような痣が全身に広がっていく。そしてそのうちその痣は痛みと熱を持ち動けなくなり、最後は死に至るの」
「死ぬのか!」
「ええそうよ。治療しなければね」

 かつてこの闇ギルトの長は初期に感染して死んだ者の一人だ。
 父がよく言っていた。
 
 元々ここの長と繋がりがあった父は、裏でも幅を利かせてきた。
 だけど長が死んで混乱が起こり、自分も出入りしづらくなってしまったって。

 別に私は裏と繋がりたいわけではない。
 ただ恩を売って、父との対立に備えたいだけ。

 どうせ知らない人間より、知った人間の方がまだ安全だから。
 父を排除したあとに、ここの人たちに難癖付けられたら困るのよ。

「だから薬となるものを持ってきたのよ」

 私はそう言いがら袋に入った実を取り出し、ヒューズに見せた。
 彼はやや訝しそうな顔で、実をジッと見る。

「感染が進んで、痛みが出た者にはこれをすり潰したものをスプーンの半分くらいずつ毎日飲ませてあげて。まだ痣が出ただけの軽い者たちにはこれを煮出したお茶を配れば大丈夫よ」
「あんた、どうしてそこまでここに肩入れする?」
「もちろん下心があるからに決まっているでしょう」

 きっぱりと言い切れば、ヒューズはゲラゲラと声を上げて笑い出した。
 でもなんだかその姿に、私はホッと胸を撫でおろす。

「んで、望みは?」
「もうすぐ泥船を漕ぐ一番のヤツを引き下ろすの。その時、もしこちらに危害が及びそうだったら手を貸して欲しいだけよ」

 私はあえてそれが誰かとは告げずに、自分の髪を掴み揺らして見せた。
 
「そんなことでいいのか?」
「私にとってはそれが一番大事だから」
「分かった。その時は協力してやるよ」
「ありがとう。もしこれ足りなかったら、送らせるから文を送って」
「まったくあんたもあの男と変わらないくらい肝が据わってるんだな」
「あら。私はあの上を行くつもりよ」

 そう言いながら、私は席を立つ。
 あの上を行く。ううん。もしかしたら、そう決めた時から上を行っているのかも。

 私はそれくらい強くなったって自覚はあるわ。

 そんな風に強くなれた自分にやや嬉しくなりつつも、私は彼らにヒラヒラと手を振り店を後にした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし

さき
恋愛
愛のない結婚と冷遇生活の末、六年目の結婚記念日に夫に殺されたプリシラ。 だが目を覚ました彼女は結婚した日の夜に戻っていた。 魔女が行った『六年間の時戻し』、それに巻き込まれたプリシラは、同じ人生は歩まないと決めて再び六年間に挑む。 変わらず横暴な夫、今度の人生では慕ってくれる継子。前回の人生では得られなかった味方。 二度目の人生を少しずつ変えていく中、プリシラは前回の人生では現れなかった青年オリバーと出会い……。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

愛してしまって、ごめんなさい

oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」 初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。 けれど私は赦されない人間です。 最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。 ※全9話。 毎朝7時に更新致します。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

処理中です...