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005 数時間前に見た顔
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だけど今、父に抵抗するのは得策ではないのよね。
そんなことをしたらミーアやこの使用人君にも迷惑がかかってしまう。
そう考えると、反旗を翻すのは結婚してからか。
あの人の目がない方が、いろいろとやりやすいものね。
結婚は一ミリも乗り気ではないけど、ここは仕方ないわね。
それに夫や義母たちにも、散々な目に合わされてきたんだもの。
少しくらいやり返してやらないと、こっちの気が済まないわ。
「ちょっと言ってみただけよ。ちゃんと今から向かうから安心して」
微笑んで見せると二人は、ほっと胸を撫でおろす。
「ミーア、あとで話があるから夜、私の部屋に来てくれないかしら」
「ええ、構いませんよ。では夕食のあとにお伺いしますね」
「疲れているのに悪いわね。じゃあ、執務室へ行ってくるわ」
ひらひらと手を振りながら、私はいつもよりゆっくりとした足取りで、作業場を後にした。
心配そうに見つめるミーアたちを気にすることもなく。
歩き出せば、どの景色も懐かしく思えた。
目の前に広がる大きな作業場には、たくさんの使用人たちがせわしなく働いている。
内勤だけではなく、父の仕事は多岐にわたる。
それこそドブさらいから、武器造りまで。
ありとあらゆることを、全ての人間がこなせるように幼い頃から教育されているのだ。
出来なければ、罰を与えるという風に。
それでも使用人たちに比べば、まだ幾分か私の方がマシか。
少なくとも、彼らよりかは賃金をもらえていたから。
それでも人としてマトモに生きたければ、父の命令を聞くしか選択肢はなかった。
だからこそ父の命令は恐ろしく、結婚して三年、バラ病にかかって治療費を父に頼みに行くまで一度だって実家に帰ることは許されなかったぐらいに。
たぶんあの病気にさえならなければ、まともな外出も無理だったのだと思う。
さてさて、さっきぶりの父の顔でも見ましょうか。
一度ぐらい殴ってやりたい気持ちもあるけど、それでは何も解決しないからね。
むしろ取り押さえられたら、酷い目に合うわ。
ここは一旦冷静にならないと。
そういうのは、あの人がもう何も出来なくなったらすればいいわ。
私は執務室の前で深呼吸ではなく、大きな大きなため息をついた後、部屋に入った。
前と同じように、中には深く椅子に腰かけた父がいた。
あの頃の父から考えると、立派な顎ヒゲはほんの少し少ない気もする。
しかし眉間に刻まれたシワは、安定に深い。
「よろこべ! 今日はいい話を持ってきたんだ」
「いい話ですか。それはどのような?」
「お前の結婚が決まったんだぞ、アンリエッタ!」
そう。これが父にとって、私の仕事の手を止めてまで呼び出した理由。
一回目の時は、重要な話があるとかなんとか言われて、走ってここまで来た気がするわね。
来てみたらアホみたいな話だから、ただ口を開けて聞いていた気がする。
父は白くなった顎ひげを撫でながら、興奮気味に目の前の机をバンバンと叩いている。
そのせいで乱雑に積んだ書類たちが落ちても、父は気にすることもなかった。
それくらいに、父にとってこの話は嬉しいものなのだろう。
「はぁ、そうなのですね」
いつものようにを演じなくてはと思っても、思わず言葉に感情が乗ってしまう。
確か今年で四十五くらいよね、この人。
初めはボケたのかと思ったけど、そんな年でもないし。
結局はいつもの思い付きでの判断なのよね。
父はいつでも思い立ったがなんとかで、すぐに事業を始めるような商人だった。
だけど仕事のセンスだけはあるこの人は、いつでも自分の思うように仕事を始め成功させてきた。
だからこそ本当に質が悪い。
この世の全てが、自分の掌の上で動かせると思ってしまっているから。
「それは、私には拒否権というものはないのでしょうか?」
「そんなものはあるわけがないだろう! 何を言っているんだ、お前は」
「何をって……」
ガハハハッと豪快に笑う父を私は無表情で見つめ返した。
そんなことをしたらミーアやこの使用人君にも迷惑がかかってしまう。
そう考えると、反旗を翻すのは結婚してからか。
あの人の目がない方が、いろいろとやりやすいものね。
結婚は一ミリも乗り気ではないけど、ここは仕方ないわね。
それに夫や義母たちにも、散々な目に合わされてきたんだもの。
少しくらいやり返してやらないと、こっちの気が済まないわ。
「ちょっと言ってみただけよ。ちゃんと今から向かうから安心して」
微笑んで見せると二人は、ほっと胸を撫でおろす。
「ミーア、あとで話があるから夜、私の部屋に来てくれないかしら」
「ええ、構いませんよ。では夕食のあとにお伺いしますね」
「疲れているのに悪いわね。じゃあ、執務室へ行ってくるわ」
ひらひらと手を振りながら、私はいつもよりゆっくりとした足取りで、作業場を後にした。
心配そうに見つめるミーアたちを気にすることもなく。
歩き出せば、どの景色も懐かしく思えた。
目の前に広がる大きな作業場には、たくさんの使用人たちがせわしなく働いている。
内勤だけではなく、父の仕事は多岐にわたる。
それこそドブさらいから、武器造りまで。
ありとあらゆることを、全ての人間がこなせるように幼い頃から教育されているのだ。
出来なければ、罰を与えるという風に。
それでも使用人たちに比べば、まだ幾分か私の方がマシか。
少なくとも、彼らよりかは賃金をもらえていたから。
それでも人としてマトモに生きたければ、父の命令を聞くしか選択肢はなかった。
だからこそ父の命令は恐ろしく、結婚して三年、バラ病にかかって治療費を父に頼みに行くまで一度だって実家に帰ることは許されなかったぐらいに。
たぶんあの病気にさえならなければ、まともな外出も無理だったのだと思う。
さてさて、さっきぶりの父の顔でも見ましょうか。
一度ぐらい殴ってやりたい気持ちもあるけど、それでは何も解決しないからね。
むしろ取り押さえられたら、酷い目に合うわ。
ここは一旦冷静にならないと。
そういうのは、あの人がもう何も出来なくなったらすればいいわ。
私は執務室の前で深呼吸ではなく、大きな大きなため息をついた後、部屋に入った。
前と同じように、中には深く椅子に腰かけた父がいた。
あの頃の父から考えると、立派な顎ヒゲはほんの少し少ない気もする。
しかし眉間に刻まれたシワは、安定に深い。
「よろこべ! 今日はいい話を持ってきたんだ」
「いい話ですか。それはどのような?」
「お前の結婚が決まったんだぞ、アンリエッタ!」
そう。これが父にとって、私の仕事の手を止めてまで呼び出した理由。
一回目の時は、重要な話があるとかなんとか言われて、走ってここまで来た気がするわね。
来てみたらアホみたいな話だから、ただ口を開けて聞いていた気がする。
父は白くなった顎ひげを撫でながら、興奮気味に目の前の机をバンバンと叩いている。
そのせいで乱雑に積んだ書類たちが落ちても、父は気にすることもなかった。
それくらいに、父にとってこの話は嬉しいものなのだろう。
「はぁ、そうなのですね」
いつものようにを演じなくてはと思っても、思わず言葉に感情が乗ってしまう。
確か今年で四十五くらいよね、この人。
初めはボケたのかと思ったけど、そんな年でもないし。
結局はいつもの思い付きでの判断なのよね。
父はいつでも思い立ったがなんとかで、すぐに事業を始めるような商人だった。
だけど仕事のセンスだけはあるこの人は、いつでも自分の思うように仕事を始め成功させてきた。
だからこそ本当に質が悪い。
この世の全てが、自分の掌の上で動かせると思ってしまっているから。
「それは、私には拒否権というものはないのでしょうか?」
「そんなものはあるわけがないだろう! 何を言っているんだ、お前は」
「何をって……」
ガハハハッと豪快に笑う父を私は無表情で見つめ返した。
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