白い結婚にさよならを。死に戻った私はすべてを手に入れる。

美杉日和。(旧美杉。)

文字の大きさ
5 / 68

004 生まれ変わるために

しおりを挟む
 作業場の奥に作られた、簡素かんそな休憩所。
 私たち従業員は、いつもここで交代で休んでいたのだ。

 もちろんサボっているわけではない。

 許されたほんのわずかな時間だけ、ただ交代で体を休ませ仮眠を取る。

 そうでもしないと、父が言いつけた仕事は多岐にわたり、倒れてしまうから。
 朝から晩まで、それも毎日。
 ほぼ休みなく私たちは働かされていた。
 
 ここに集められた使用人や従業員は、他に行くあてがない者たちばかりだから。
 父はそこに付けこんで、タダ同然でこき使っているのだ。

「どういうこと? なんで、私生きているの……」
「本当にどうしちゃったんですか、お嬢様。さっき少し休憩するって寝ちゃってから変ですよ。悪夢でも見たんですか?」
「寝てた? 私が? あれが全部夢だったっていうの?」

 夢なんて思えないほどよ。
 だって、ただ寝ただけでそんな何年分の人生の夢なんてみないでしょう、普通。

 もう一体、何がどうなってるの。
 意味が分からないわ。
 
「よほど変な夢を見られたんですね。かわいそうに。今日はかなり作業多かったですもんね。あんなに倒れるように寝ちゃうお嬢様なんて、初めて見ましたよ」

 少なくとも、ミーアが嘘を言っている感じはしない。

 でもどうして?
 死んだのではないというなら、これはどういうことなのかしら。

 バラ病もなくて、ミーアも生きている。
 しかも私が実家でまだ働いてるってことは、結婚もしていないってことよね。

 もしかして!

「ミーア、今日は何年何月何日なの?」
「へ?」
「だから今日はいつなの?」

 咄嗟とっさに聞かれたミーアは、やや上を見上げながら考え込む。

「えっと、確か帝国歴五十七年七月六日だったかと思いますけど? それがどうしたんですか?」
「帝国歴五十七年の七月六日……」

 それってやっぱり、私が結婚させられる前じゃない。
 というより、今年父からの命令で結婚させられる年だわ。

 どういう仕組みか全く分からないけど、橋から身を投げた時からここまで時間が巻き戻ったってことよね。

 一度死んで、戻ったってことかしら。
 でも、なぜ?

 まさかあの時、神様を恨んで死んでしまったから、そのお詫びとか?

 多分そんな簡単なことじゃないのだろうけど、どちらにしても時間が巻き戻ったことには変わりなさそう。

「また……戻って来たのね。誰かに生まれ変わるんじゃなくて……」

 どうせならもっと、何不自由ない人の人生が良かったけど。
 でも戻されたのなら、その意味がどこかにあるはずよね。
 
「へ? ホント、お嬢様どうしちゃったんですか? 熱でもあるとか」

 そう言いながらミーアが私の額に触れる。
 少しガサガサした冷たい手。

 その手を見ると、心から思える。
 私たちは本当に父に言われるまま、こんなにも苦労してきたのね。

「ううん。大丈夫。何でもないのよ。少し寝ぼけてしまったみたい」
「それならいいんですが。無理はしちゃダメですよ?」

「ミーアもね。無理して病気にでもなってしまったら大変だわ」
「お嬢様知らないんですか? あたしは今まで風邪すら引いたことないんですよ!」
「今までは、ね。でもこの先は分からないでしょう」

 そう。人なんてあっという間に死んでしまうもの。

 どういう理屈だとしても、戻って来たということは、今度こそ未来は変えられるんじゃないかしら。

 ううん。誰か他の人間に生まれ変われなかったのなら、私が私としてもっと強く別の人間のように生まれ変わればいい。

 今度こそ、自分で決めてあの凄惨せいさんな未来を変えるわ。

 二度とあんな惨めな死に方なんてしないために。
 そして大切な人たちも救ってみせる。

「なんかお嬢様、少し変わりました?」
「そうかもしれないわね。生まれ変わったから」
「えええ。寝ただけで生まれ変わるって、どういう仕組みなんですか⁉」

「ね。私もそう思うわ。でも強く生きようって思えたの」
「不思議なこともあるんですね」
「本当ね」

 記憶が確かなら、きっとこの後お父様に呼ばれるはず。
 未来を知っているからこそ、私を死に追いやったモノたちなど怖くはない。

 今度こそ、もう誰かの思い通りに私の人生を明け渡したりしない。
 全部まるっとやり直すのよ。新しいアンリエッタとしてね。

「アンリエッタ様は、こちらにいらっしゃいますか?」

 若く色白い男性の使用人が、きょろきょろと作業場に入ってくる。

「あー、ここにいますよ。どうしましたか?」

 私の代わりにミーアが答えると、男性使用人はそそくさとこちらにやって来る。

「あの、商会長様が急ぎでアンリエッタ様をお呼びするようにと。執務室まで早急に来てくださいとのことです」
「早急に、ねぇ……」

 いつもだったら、走ってでも私は行っていたわよね。
 だって父の命令は絶対だから。
 だから少しづつでも変えていかなくちゃ。

「でも私、まだ仕事途中なのよ?」
「えええ。そんなこと言わないでくださいよ。ボクが商会長様に怒られてしまいます」
「アンリエッタお嬢様、どうしちゃったんですか? 走ってでも行かないと、お嬢様も商会長に怒られちゃいますよ」

 目を丸くする二人を見ていると、少し面白くなってくる。

 まぁ、でもそうでしょうね。今までを考えたら、そうしてきたのだから。

 でも今は違う。
 あの人が全てではないって知ってしまったのよ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

王妃ですが都からの追放を言い渡されたので、田舎暮らしを楽しみます!

藤野ひま
ファンタジー
 わたくし王妃の身でありながら、夫から婚姻破棄と王都から出て行く事を言い渡されました。  初めての田舎暮らしは……楽しいのですが?!  夫や、かの女性は王城でお元気かしら?   わたくしは元気にしておりますので、ご心配御無用です!  〔『仮面の王と風吹く国の姫君』の続編となります。できるだけこちらだけでわかるようにしています。が、気になったら前作にも立ち寄っていただけると嬉しいです〕〔ただ、ネタバレ的要素がありますのでご了承ください〕

笑う令嬢は毒の杯を傾ける

無色
恋愛
 その笑顔は、甘い毒の味がした。  父親に虐げられ、義妹によって婚約者を奪われた令嬢は復讐のために毒を喰む。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

【完結】 メイドをお手つきにした夫に、「お前妻として、クビな」で実の子供と追い出され、婚約破棄です。

BBやっこ
恋愛
侯爵家で、当時の当主様から見出され婚約。結婚したメイヤー・クルール。子爵令嬢次女にしては、玉の輿だろう。まあ、肝心のお相手とは心が通ったことはなかったけど。 父親に決められた婚約者が気に入らない。その奔放な性格と評された男は、私と子供を追い出した! メイドに手を出す当主なんて、要らないですよ!

三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します

冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」 結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。 私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。 そうして毎回同じように言われてきた。 逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。 だから今回は。

いらない子のようなので、出ていきます。さようなら♪

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
 魔力がないと決めつけられ、乳母アズメロウと共に彼女の嫁ぎ先に捨てられたラミュレン。だが乳母の夫は、想像以上の嫌な奴だった。  乳母の息子であるリュミアンもまた、実母のことを知らず、父とその愛人のいる冷たい家庭で生きていた。  そんなに邪魔なら、お望み通りに消えましょう。   (小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています)  

処理中です...