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二章
章の終わり 出る者たち
しおりを挟む「つまり、この人があのドラゴンを操っていた張本人てことかい?」
「そうだ。それがこやつ唯一の特技だからの」
無苦朗の質問にヘレナが頷きながら答えた。その足元にはドラコーンがす巻きにされている。
「唯一とは心外な! このドラコーンは魔界にその人ありと恐れられ、あの天魔四恐と肩を並べる、言ってみれば超エリート魔族なのだぞ!」
「それを自分で言うでありますか」
体を拘束されているのにも関わらず、偉そうに自分を賛美するドラコーン。その言動にハイネが呆れた調子で突っ込みを入れる。
「で、ヘレナ様を殺すと言うのはどういう了見でございますか?」
「知れたこと! 今や魔界は猛者どもが我こそ頂点と躍起になって争う戦国時代。そんな時に魔王を倒したとあれば、他の有象無象を押し退けて私がトップに躍り出るのは必然というわけだ!」
言い切ったドラコーンはフハハハハハと高らかに笑い声を上げる。
「そうでございますか。よおく分かったでございます――では、さようなら」
「はい?」
《強制帰還》
ハイネが手をかざす。するとドラコーンの頭上に魔方陣が展開された。
「ああっ⁉ これはおぉぉお――」
魔方陣がドラコーンを飲み込む。そして瞬く間にドラコーンと魔方陣はその場から消えた。
「彼はどこに?」
「魔界よ。ハイネが強制的に魔界へ帰還させたのだ」
無苦朗の疑問にヘレナが答える。
「ライラックのような上級の魔族には効きませんが、あの程度の魔族ならば可能でございます」
ハイネが付け加えるように続けて言う。
「カッ、結局、戦えず仕舞いか」
ガキンと音が響く。いつの間にか馬車から剣を取ってきたニコがつまらないとばかりに剣を地面へ突き立てたのだ。
「まあ、そうむくれるな。どちらにせよお主が相手どるような力は持っておらんかったよ」
「そんなことは分かっているわッ! だがドラゴンに良いようにされたのが憎らしいだけよッ!」
「そういえば、このドラゴンはどうするんだい?」
ドラコーンは魔界へと送ったが、ドラゴンは相変わらず大人しく座ったままだった。
「うむ、そうじゃの……」
「おおい! 大変だあ!」
ヘレナが何事か言おうするのを遮るように、通りの向こうからメーズとゴーズの声が聞こえてきた。二人が慌てて馬車まで走ってくる。
「どうしたんだい二人とも、そんなに慌てて。心配しなくてもドラゴンは――」
「そんなことより人間がっ、たくさんの人間がこっちに向かってきてるぜ!」
「あの格好は多分、この街の自警団の連中だ」
「なんだって?」
「ほら来た!」
無苦朗はゴーズが差し示した方向へ目を向ける。そこにあったのは、まるで一つの黒い固まりのように大勢の人間が、うごめきながらこちらに向かってきているところだった。
「これはいかんの」
「そうでございますね」
「どうしてだい? 犯人はもういないし、ドラゴンも大人しくなったのに」
「アホか! このままじゃ俺たちが犯人にされちまうんだよ!」
「なんだって⁉」
「これだけ魔族どもがいるのでは、そう思われるのも無理はないなッ」
ニコが剣を構える。
「待つんだニコ! まさかキミ」
「心配するなムクロー殿、ちょいとばかし目眩ましするだけよッ!」
《斬魔殺法・剣気飛ビ》
そう言うやいなや、光が灯った剣から魔力が放たれる。
「なんだ? あの光は」「こっちに来るぞ!」「総員、構え!」
次の瞬間、自警団たちが通るはずだった道が爆ぜた。
「うわぁぁあああ!」「なんだぁあ⁉」
驚いた団員たちから悲鳴があがる。
「ニコ! いくらなんでも乱暴なことは」
「安心しろムクロー殿。見かけは派手だが所詮、こけおどしよ。奴等には当たっておらん」
確かにニコの言う通り、団員たちは尻餅をついているが怪我をしてそうな者はいなかった。ホッと安堵する無苦朗。
「そんなことよりお二人とも、早く馬車に乗ってくださいでございます」
いつの間にか馬車の御者台に座ったハイネが無苦朗たちに向かって言う。馬車で逃げるのかと思った無苦朗だったが、馬車を引くはずのメーズとゴーズの姿がない。
「ムクロー殿!」
「う、うん」
疑問に思いながらもニコと一緒に無苦朗は馬車に乗り込んだ。中には既にヘレナがいた。メーズとゴーズもだ。
「汝らがどうして中にいるッ!」
「俺たちにも分からねえよ」
「魔王様が俺たちも乗れって」
「ヘレナが?」
無苦朗がヘレナに目を向けると、落ち着いて様子の彼女はコクンと頷いた。
「こら待てそこの怪しい馬車!」「貴様らがドラゴン騒ぎの犯人だなぁ!」
無苦朗が窓の外を覗くと、態勢を立て直した自警団が馬車へ迫ってくるのが見えた。
このままでは囲まれると無苦朗が思った瞬間、ブワッと馬車が浮き上がるような感じがした。否、事実、浮いていた。
窓から見える景色がどんどん上昇していく。
「これはいったい……」
「そうか魔王、あのドラゴンを使ったな?」
ニコの言葉に無苦朗もピンときた。 ヘレナは手元のティーカップを口元まで運んだ後、口を開いた。
「どうせ門の方へ行っても出るのに手こずると思ってな。これならば簡単に街の外へ行ける」
彼女は良い終えると、カップの中身を飲む。
既に無苦朗たちの乗った馬車は街の時計塔より高くまで昇っていた。そのまま外壁よりさらに向こうをめざしてドラゴンが翼を羽ばたかせた。
「おい! ありゃあドラゴンじゃねえか!」「街の外に向かってる?」「自警団がやったのか?」「やった! てことは街は救われたんだ!」
無苦朗が下を見ると、人々がバンザーイと両手を上げているのが目に入った。
「たく、いい気なもんだぜ人間はよ」
メーズが人々を見てそう言う。だが、無苦朗は彼らが喜んでいる姿を見れて良かったと思った。
そして、その姿もついには見えなくなるほど馬車は上昇し、無苦朗たちは街から出たのだった。
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