異世界行ったら勇者と魔王が従者になった僕は平和に暮らしたい

ぎんぺい

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二章

第十一話 ぶつかる者たち

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「早く行けよ! ドラゴンが来ちまうぞ!」「誰よ今
、私のお尻さわったの!」「イテテテ! 後ろから押すんじゃねぇッ!」「坊や何処へ行ったのー⁉」

 街の門では多くの人がごった返していた。皆、慌てふためていている。家財道具を背負っている者や子供を抱いている者。入浴していたのか、手拭いだけの者。とにかく色んな人で我先にと街から出ようとしていた。
 だが例外も居た。

「はいはい、押さないで押さないで。怪我しちゃうよー」

 門の横で台の上に立ち、気だるげな表情で人々に向かって張りのない声をかける男。無苦朗たちが街を入る際に会った検問官だ。注意を促しているようだが、誰も聞いている様子はない。

「こら貴様らァ! 慌てるなっちゅうのが分からんのかーッ!」

 気だるげな検問官から反対側。怒鳴り上げるような声が響いた。声の主はこれまた無苦朗たちが会った大柄な検問官だ。

「うるせえ! 悠長にしてたらドラゴンに焼き殺されるわッ!」
「なんだと貴様、検問官に向かってなんて口を利くか!」
「何が検問官だッ! だったらドラゴン街から追い出してみろ!」「そうだそうだ! この能無し検問官!」
「おのれぇ、誰が能無しだァ!」
「わあァ⁉」「なんて野郎だ! 殴りかかってきやがったぞこいつ!」

 その言葉にカチンときたのか、大柄の検問官が群衆の中に飛び込んだ。そのまま殴りあいが始まる。それを起爆剤に他の場所でも小競り合いが起こる。

「あーあ、まったく何やってんだか」

 気だるげな検問官は、そう言いながらも止めようとはしない。街中が大騒ぎで、いまさら騒ぎが一つや二つ増えたところで変わらないからだ。他の門でも多かれ少なかれ、同じようなことになっているだろうとも思っていた。
 気だるげな検問官は視線を人々から街へと向ける。

(ドラゴンを追い出すかー……誰かやってくれんかねー)



   ◇ ◇ ◇



「ムクロー殿! 頭を下げよッ!」
「うわっ⁉」

 一方、街の中心では二人の人間と一匹のドラゴンが追いかけっこを繰り広げていた。
 ニコの言葉に反応して咄嗟に頭を下げる無苦朗。
 その直後、無苦朗の真上を炎が通過する。ドラゴンが口から吐き出したものだ。
 ドラゴンは飛翔しながら、続けざまに炎を吐こうとする。

「カァッ!」

 それを止めるべく、ニコがドラゴンの顎へと蹴りを見舞った。
 蹴りはドラゴンの顎へと見事に直撃した。ドラゴンがグルゥと唸り声をあげて怯む。しかし、

「ガアァァァアッ!」

 怯んだのも一瞬、ドラゴンはまたも無苦朗たちに向かって飛ぶ。

「カカッ! やはり効いてはいないか」
「本当に魔力以外の攻撃じゃ意味がないのかッ!」

 ドラゴンに背を向けて走る無苦朗たち。
 先程からドラゴンへ攻撃を試しているが、当たったところで全くダメージを与えられていなかった。

「なあに心配せずとも我が剣があれば、奴など一刀両断ぞッ! ところでムクロー殿、あとどれ程であろうか?」
「もうすぐのはずだッ!」

 無苦朗たちが向かっているのはヘレナたちの居るところ。馬車を停めた宿屋だ。馬車の中にはニコの剣があり、それさえあればドラゴンを倒せるということだ。
 広くて初めての街だというのに、無苦朗は確信を持って足を動かしていた。
 ヘレナたちは無苦朗の体の骨の一部を持っている。そのおかげで彼女たちが何処にいるのか分かるのだ。
 だが、無苦朗には不思議に思っていることがあった。これだけの騒ぎが起こっているにもかかわらず、彼女たちが移動する様子がないからだ。

「ムクロー殿なにをぼやっとしているカッ!」

 無苦朗か考えごとをしていると、ニコが無苦朗をひっつかむと一緒に跳び上がった。それと同時に炎が先程まで無苦朗が居た場所へと着弾する。

「余裕があるのは良いことだが、あまり心配させてくれるなッ」
「す、すまない! ついボーッとしてしまって」

 ニコに叱咤され、無苦朗は気を引き締め直す。

「ぬっ! ムクロー殿あれを!」
「あれは……僕らが馬車を停めた宿屋だッ!」

 無苦朗とニコの目線の先には目的地である宿屋があった。
 しかもその前には見たことある馬車――まさしく無苦朗たちが乗ってきた馬車が停まっていた。

「あやつめ、もったいぶった出迎えをしおってッ!」
「でもおかしいな、ゴーズとメーズの姿が見えない」
「大方、あの馬車の中にでも隠れているのだろう。あやつらでは到底ドラゴンの相手などできんからなッ!」

 そう言ってニコは無苦朗を掴んだまま、馬車へ向かって降下する。が、そうはさせぬとばかりにドラゴンも加速して二人に迫ってくる。だが次の瞬間、

 ベシャッ。ベシャッ。ドガッ。

 そんな音を立ててニコが何かにぶつかった。次に無苦朗。その次はドラゴン。
 ズルズルと二人と一匹が地面へと落ちていく。まるで見えないドーム型の壁に沿うように。
 そうして地面へと倒れ伏す二人と一匹。

「い、いったい何が」
「何をしているのでございますか?」

 無苦朗の耳に聞こえてきたのはハイネの声。顔を上げると案の定、馬車の窓からハイネが顔を出していた。

「ハイネさん、この見えない壁のようなものはいったい」
「ああ、これは」
「おのれい! なぜ結界なぞ張っているカッ!」

 ニコが立ち上がり、自分の額をさする。

「おや、勇者も結界にぶち当たったのでございますか。これは随分と間抜けな」
「ええい、そんなことはどうでも良いから、早く結界を解けいッ!」
「そヘレナさん! 実は街にドラゴンが出て、僕たちも追いかけられているところなんです!」
「ドラゴンとはそれのことでございますか?」

 ヘレナが無苦朗たちの背後を指差す。無苦朗とニコが振り向くと、倒れていたドラゴンが起き上がっていた。

「うわっ!」
「グアァ」

 驚く無苦朗に対し、口からうなり声を洩らし、無苦朗たちを見下ろすドラゴン。しかし、襲ってくる気配がない。

「どうやら意識が戻ったようだの」

 馬車の方からヘレナの声がした。無苦朗たちが馬車へと視線を戻すと、ヘレナが馬車の扉から出てきた。しかし、その姿はいつものヘレナの姿ではなかった。スラリとした体型は変わっていないが、無苦朗の腰ほどしかなかった身長が一気に肩ほどにまで伸びていた。顔の雰囲気も大人っぽくなっている。

「き、キミはヘレナなのかい?」
「ククク、我以外の何に見えるというのだ?」

 困惑する無苦朗に、ヘレナは面白そうに口の端を上げる。

「その姿はいったい?」
「なに、ちょっとした幻覚魔法よ。見かけだけ変えているにすぎん」
「そんなことより魔王! 汝はこのドラゴンのことを知っているのか?」

 ニコはそんなヘレナの姿を気にしていないようで、ヘレナにドラゴンが急に落ち着いた理由を聞こうとする。

「街では魔王と呼ぶのは止めよと言ったはずだがの」
「気にするな。人なんぞ何処にもおらんッ!」
「……まあ、良いだろう。しかしニコよ、お主はおかしいと思わなかったのかの? こやつが街にいることに」
「ぬ……! おお、確かに変だな」
「いまさら気づいたのでございますか」

 ニコは思い当たることがあった。

「どういうことなんだい? 僕にも説明してくれ」

 皆が分かっている中、ひとり分からないままの無苦朗が教えてほしいと頼む。

「なに簡単な話だムクロー殿。このドラゴン、一見はただのドラゴンだか、実はただのドラゴンではない!」
「?」

 ただのドラゴンではないと言われても、そもそもただのドラゴンを知らない無苦朗は、ニコの言ったことに頭に疑問符を浮かべる。

「このドラゴンは魔界のドラゴン。つまり、魔竜なのだッ!」
「魔竜は魔王であるヘレナ様を害することが出来ないのでございます」
「なるほど、それで大人しくなったのか」

 無苦朗がドラゴンを見上げる。

「……でも、どうして魔界のドラゴンがここに?」
「うむ、つまりだ。このドラゴンは誰かが魔界より連れてきたということになるの」
「誰かって、誰が?」

「私さ」

 突然、無苦朗たちの上空から聞きなれぬ声がした。
 その場にいた全員が空を見上げる。
 そこにいたのはフードを頭から爪先まですっぽり被った人物。

「やはりお前かドラコーン」
「久し振りだねえ、ヘレナ」

 ヘレナがフードの人物――ドラコーンに話しかける。二人は知り合いのようだ。

「何者なんだ? ヘレナを知っているようだけど」
「ドラコーンか、知らぬ名だな」
「それはそうでございましょう」

 ハイネがいつの間にやら無苦朗たちのそばに立っていた。

「ハイネさん、あの人はいったい」
「彼は天魔四恐のひとり――」
「なに⁉」「なんだって⁉」

 ハイネの言葉にニコと無苦朗が驚いた瞬間だった。

「君の命をもらいに来たよ」

 ドラコーンはそう言ってヘレナへと迫ろうとした。のだろうが、

 ベシャッ。

 そう音を立てて結界にぶつかると、ズルズルと地面に落ちて倒れ伏した。

「――になり損ねた男でございます」

 無苦朗たちの眼下で、ぴくっぴくっと痙攣して倒れているドラコーン。無苦朗は、いたたまれない気持ちになった。


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