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二章
第十話 空を飛ぶ者
しおりを挟むその時、辺りに爆音が響いた。同時に、たくさんの悲鳴や怒声が聞こえてくる。大通りの方からだ。
無苦朗は路地から大通りへ飛び出した。
そこでは大勢の人が走っていた。何かから逃げるように。
無苦朗は人々の流れと反対の方へ見を向ける。そして驚いた。
「まさか、あれは――!」
それは、街の中心に建つ時計塔の天辺にたたずんでいた。
長い尻尾に巨大な体。それよりさらに大きな二つの翼。
「ドラゴン⁉」
その姿は、まさしく本や漫画で見るドラゴンそのものだった。
ドラゴンは、は虫類を思わせる瞳でこちらを見下ろしてくる。そして大きく口を開く。
ガアァァァアッ!
爆音が鳴り響いた。咄嗟に耳を塞ぐ。
さっき聞こえたのは、このドラゴンの鳴き声だったのか。
ドラゴンの行動はそれだけではなかった。
ドラゴンの口から炎のようなものが吐き出される。その炎が渦を巻いて街へと降ってきた。人々がいる大通りに向かって。
「いけないッ!」
無苦朗は炎を止めるべく、全力で跳んだ。
炎が着弾するより前に、炎の正面へ躍り出る。
止める方法が無苦朗にはひとつだけあった。
上手くいくか分からないが、上手くいかせるしかない。
拳を握り、迫る炎に向かって勢いよく突き出した。
《骨操・骨拳》
すると、無苦朗の体を形成していた骨が突き出した拳へと集まっていく。
そして先程までの骨密度を大きく変え、巨大な一個の拳を作りあげた。
ズバァンと炎と骨の拳が衝突する。熱さは全く感じない。だがその圧力、衝撃は伝わってくる。炎だというのに、大きく硬い物体を受けているかのようだ。
だが、これぐらいならば。
「跳ね返せないものじゃないッ! ぬおおおッ!」
頭だけになった無苦朗が叫ぶ。
負けじと炎の勢いが増した。だが。
「ハァッ!」
無苦朗が一段と大きい気合いを入れると、炎の軌道を天へと打ち上げるようにズラした。
昇っていく炎の渦。そして輝きを放つと、跡形もなく消滅した。
「ハァ、ハァ、やった。上手くいったぞ!」
ぶっつけ本番だったが、成功して良かった。ヘレナのおかげだ。
無苦朗は、骨の体の使い方を教えてくれたヘレナに感謝した。
しかし、問題はまだ解決していない。
体を元に戻し、時計塔の天辺を見る。
「あれっ」
そこに、先程までいたドラゴンの姿はなかった。
いったいどこに、と無苦朗は辺りを見回す。あれほどの大きさだ。見失う筈がない。
すると突然、上から降り注ぐ太陽の光が遮られた。
まさかと、無苦朗は上空を見上げる。
ドラゴンの口が、牙が、舌が迫ってきていた。
骨を移動させて防御しよとするが、これでは間に合わない。
ドラゴンの口、喉奥が見えるほどまで迫る。
このままでは丸飲みにされてしまう。
「ムクロー殿に何するかぁッ!」
そう思った直後、ドラゴンが横へ吹っ飛んだ。
スタンと無苦朗の目の前に誰かが着地する。
「危ないとこだったなムクロー殿」
「ニコ!」
それは店で待っているはずのニコだった。
「どうしてキミがここに」
「あれほど外が騒がしければ気になるのが人の性。というより、店に居た者らが全員いなくなったので私も出てきたのだ」
「それは、そうだね」
考えれば当然のことであった。人々がこれだけ逃げ回っているのだから、呑気に店をやっている場合ではないだろう。
緊急事態であるから、無銭飲食にはならない筈だ。
「しかし、まさかドラゴンとは」
ニコがドラゴンが吹っ飛ばされた方へ目を向ける。
ドラゴンは翼を広げてこちらを睨みつけていた。様子だけでは、ダメージが有ったのか無かったのか分からない。
「ニコの攻撃が効いてない?」
「然り。ドラゴンの鱗は純粋な魔法以外の攻撃を通さぬのだッ」
「魔法以外の攻撃を? じゃあニコの剣も⁉」
「カッカッカ、それは心配ご無用だ。私の剣はそこらの剣とは訳が違う。私にとってはドラゴンの鱗も魚の鱗も変わらんッ!」
「おお!」
スゴい、と無苦朗は感心すると同時に、ニコの剣技ならば、あのドラゴンを倒せると確信した。
しかし。
「ところでニコ。その剣はどこに?」
「……はッ! しまった置いてきてしまった!」
「ええぇ! いったいどこに! あのレストランにかい⁉」
「否、おそらく馬車の中に」
そう言えば食事に出掛けるとき、既にニコの手には剣が無かった気がする。
「……ちなみにその、純粋な魔法による攻撃というのは」
「出来るッ! が――」
《火炎》
ニコの指先から炎が上がる。マッチくらいの炎が。
「昔っからあの剣が無いと、どうも調子が出なくてなッ!」
カッカッカ、と笑うニコ。
「……」
彼女を攻められない。自分も有効な魔法が使えないのだから。だがそうすると。
ドラゴンの方へ視線を戻す。ちょうどドラゴンが翼を羽ばたかせ、宙に浮いたところだった。
「ガアァァァア!」
「こっちへ来た!」
「行くぞムクロー殿!」
ニコが後ろへ体を反転させ、腕を掴んでくる。
「いや、でも」
まだ周りに人が、と無苦朗は辺りを見回した。が、自分たち以外、猫の子一匹さえ居なくなっていた。
よし大丈夫そうだ。
「逃げようニコ!」
「うむッ! だがムクロー殿、ひとつの訂正が」
「?」
「これは逃げではなく、転身ッ! 奴を倒すための戦略。我らが向かうは剣のもとッ!」
「そうだね。ヘレナたちのことも心配だ! あの馬車を停めた宿へと向かおう!」
「カカカッ! 奴等なら我先にと逃げたしてるやもしれんぞ?」
「それならそれで良いさ」
いや、剣も一緒だから不味いのだろうか。
「ガアアァッ!」
なんて考えていると、ドラゴンが速度を上げきた。
「とにかく今は走ろう!」
「承知ッ!」
駆ける無苦朗とニコ。追いかけてくるドラゴン。
そんな中、無苦朗はふと思った。あの少年はちゃんと逃げられただろうかと。
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