異世界行ったら勇者と魔王が従者になった僕は平和に暮らしたい

ぎんぺい

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一章 はじまり

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『ムクロー……聞こえるかムクロー』

 あのとき、ライラックの技が放たれる直前。無苦朗の頭の中に語りかけてきたのはヘレナの声であった。

『返答はせんでもいいから、今から言うことをしっかり聞いてくれ』

 その内容はライラックを倒すための方法だった。

『策とも言えぬ策であるが、いまそやつを止めるにはそれしかないのでの』

 しかし、それを成すには無苦朗が自身の力でこの窮地を乗り越えなければいけなかった。

『ククク、なに、主殿が死ぬときは我もどのみち死ぬ。紫雷の奴は面食らうだろうの』

 なんだって。無苦朗は自身の耳を疑った。何故、自分が死ぬとヘレナまで死ぬのか。
 それを聞きたかったが、もとよりどうやって話せばいいのか知らないうえに、そこから先、彼女の声は聞こえてこなかった。
 ライラックの《雷光閃花》が放たれたのは、それとほぼ同時であった。
 引っ掛かりが残されたままであったが、無苦朗のやることは決まっていた。





「ムクロー様、どうかしたでございますか」

 声をかけられ、無苦朗は目を開けた。

「いえ、ちょっと考え事をしていただけです。それよりハイネさん、運んでいただいてありがとうございます」
「なに、感謝されて当然のことをしているだけでございます」

 無苦朗は今、自身の頭をハイネに両手でぶら下げられている形で地表へと向かっていた。
 その無苦朗を抱えるハイネの足元では、あの翼の生えた目玉の怪物『ゼーエン』 が足場となるように群れをなして飛んでいる。

「しかし『骨装義体』を外して突っ込むとは、勇者並みに無謀なことをしたでございますね。そのあとどうするつもりだったのでございますか」
「あなたがあそこに居るってことを知っていましたから。僕も無茶をやれたんです」
「主従でしか交わせぬ『思考念話』でございますか……羨ましいでございます」

 最後の方でハイネの声が小さくなったので、無苦朗には彼が何を言ったのか聞こえなかった。

「? 何か言いましたか?」
「喋っていると舌を噛むと言ったでございます」

 ビュンッとゼーエンの翼の羽ばたきが強くなり、降下する速度が上がった。
 地表では四人が無苦朗の方へ顔を向け、降りてくるのを待っていた。



「ムクロー殿ォ!」

 地表へと戻ってきた無苦朗たちを最初に迎えたのは、まだ完全には回復していないのか、両脇を支えられながらも自身の足で駆けてくるニコであった。
 ニコが無苦朗のもとまでやって来ると、両側の二人を押し退けて、ハイネから奪い取るように無苦朗の頭を自分の胸元へ抱き寄せた。

「ムクロー殿、生きて戻ってこられてなによりぞッ」
「ニコ……キミもそんな体で、ありがとう」
「否、この程度。しかしこのような姿になられてなんといたわしい」
「いや、元々こんな感じでしたよコイツ。それでメーズのやつが」
「バカっ、ゴーズてめえは黙っとけ!」
「汝ら両方黙れッ」

 ニコの怒声でシュンと静かになる二人。
 降りてくる最中も驚いたが、ニコの傍らで彼女を支えていたのはなんと、馬男と牛男――メーズとゴーズの二人組であった。

「キミたちどうして?」
「……」「……」

 無苦朗の問いかけに二人は答えようとしない。どうしたのだろうかと無苦朗が思っていると。

「ムクロー殿が話しかけていると言うのに、何を無視しているカッ!」
「ええぇっ⁉」
「んな理不尽な!」

 ニコの言葉で二人が口を開く。どうらや二人はニコの指示に従っていただけだったらしい。

「この二人がニコの聖剣を拾ってきたのだ」
「ヘレナ!」

 ヘレナが彼らの後ろから現れた。影になって見えなかったようだ。

「我らの策がそもそも立てられたのも、この者たちの手柄と言えようの」
「君たちがニコの剣を?」

 そう無苦朗はメーズとゴーズにもう一度たずねた。

「ちっ、別に、勇者やテメエのためじゃねえよ」

 メーズは舌打ちをすると、そう言って目線を無苦朗たちからそらした。

「汝はまだ――!」
「ひッ!」
「待ってくれニコ! ……何にせよキミたちのおかげで僕らは助かった――本当にありがとう」

 ニコを声で制止し、無苦朗はゴーズとメーズの二人に礼を言う。本当は頭を下げたいほどだったが、今の姿でそれは叶わなかった。

「フンッ!」

 メーズは鼻息を荒く鳴らすと明後日の方を向いた。

「いやぁ、実はよッじゃなくて、ですね」

 するとゴーズの方がぎこちない笑顔を浮かべ、無苦朗たちへ話す。

「逃げてる最中、たまたま勇者、様の剣が落ちてましてね。これを持っていけば、助けになるんじゃないかなぁと思ったわけなんですよ、はい」
「それで、危険を省みず戻ってきてくれたのか⁉」
「そうそう、そうなんだよ」

 なんて勇敢な二人なんだろうと感心する無苦朗だったが、ヘレナ、ニコ、ハイネの三人はそれを冷ややかな目で見ていた。
 ゴーズの口元がひくつき、額から汗が垂れる。

「まあ、助かったのは事実。もとよりお主らに何かしようと言う気はない。のぉ、ニコよ」
「名前で呼ぶなッ! それに、そこまで不義理ではないわッ!」
「と、言うことらしいでございます」
「よ、良かった~」

 ゴーズか地面に腰を落とす。どうやら相当、緊張したらしい。
 無苦朗は何故そこまでゴーズやメーズが彼女たちを恐れるのか、いまだ分からないでいた。強力な力があることは確かだが。いや、ニコを怖がるのは少し分かるかもしれない。

「――⁉ ゲエェェッ!」

 突然、皆と違う方を向いていたメーズが叫び声を上げた。
 それを聞いた全員がメーズの方へ振り向く。

「ど、どうしたメーズっ」
「あ、あれを見ろ!」

 メーズが遠くの方を指差す。そこには――。

「紫雷⁉」
「ほうッ、私の剣技を喰らい立っているとは、なかなかしぶといやつッ」

 ハイネは驚き、ニコは笑う。無苦朗は驚く方であった。
 無苦朗たちの視線の先には、あの、ニコによって貫かれたはずのライラックが立っていたのだ。

「そんな! あれではダメだったって言うのかッ!」
「嘘だろォ⁉」
「ええい、やっぱ逃げてりゃ良かったぜ!」
「皆のもの落ち着け。ムクローも、の」

 皆が戸惑う中、ヘレナだけが静かにそう言った。

「ニコよ、眠っていたせいでやはりボケたかの。その目であやつをよく見るが良い」
「ぬ――ッ!」

 そう言われたニコが何かに気付いた声を上げた。
 無苦朗もヘレナの言う通りによく目を凝らしてライラックを見る。

「体から光が……消えかけているッ⁉」
「その通り。どうやら写し身を現界させるのが出来なくなったらしいの」
「写し身?」

 無苦朗にはなんの事だかさっぱり分からない。

「……」

 ライラックが拳を握った。
 警戒する無苦朗だったが、他の者たちは警戒することなく、ライラックを見ていた。




「……限界か。油断、満身、いや、ここは見事と言うべき、か」

 ジッと自身の頭上にある城を見ながら、ライラックは呟いた。次に彼は城から視線を外すと、魔王を、勇者を、そして最後に無苦朗を見た。

「だが、次は必ず……」

 魔王の命、もらい受ける。
 そう言い残すと、ライラックの姿は跡形もなく消えた。
 彼の呟きが無苦朗たちに聞こえることはなかった。




「やった、のか」

 ライラックの消えた場所を見ながら無苦朗は呆然としていた。
 死んでしまったのか。それとも。
 気付くと、いつの間にか天空にあった逆さの城も、痕跡を残すことなくその姿を消していた。

「残念ながらムクロー殿、アレは死んでおらぬ」

 その言葉とは裏腹に、愉快そうな声でニコは言った。

「あれは所詮、写し身。真のやつの肉体にあらず」
「なんだって? じゃあ僕たちが戦ったのは偽物だったって言うのか!」

 あれほど強かったというのに。

「偽物とは少し違うでございます。言ってみればあれは影。魔界にある本体より伸びた影なのでございます」

 そうハイネが説明してくれるが、やっぱり無苦朗には上手くつかめなかった。そもそも魔界とは何なのかを知らなかった。

「まあ、そこら辺の説明はおいおいするとして、の」

 するとヘレナが、ニコへと、無苦朗へと迫ってくる。

「ぬっ!」

 そしてスッとニコから流れるように無苦朗を奪うと。

「よくぞ無事に帰ってきてくれたの。これは礼だ」

 自分と無苦朗の唇を重ねた。
 二回目、だがやはり慣れるものではなく、無苦朗の目が大きく見開かれる。
 二人の唇が離れる。

「ふむ、いつしても良いものは良いの」

 艶やかに顔を綻ばせるヘレナ。そんな彼女にまた無苦朗はいけないと分かりつつドキッとしてしまう。

「な、なにをしてるでございますかァー!」
「なにをやってるカァッ!」

 それを見ていたニコとハイネの怒号が青空へこだました。




「なあ、もう俺たち行って良いのかな?」
「俺が知るかっ!」

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