異世界行ったら勇者と魔王が従者になった僕は平和に暮らしたい

ぎんぺい

文字の大きさ
13 / 26
一章 はじまり

第十三話 穿つ者

しおりを挟む

「まさか人間に、このライラックが地をつけられるとはな」

 ライラックの目が無苦朗を睨みつける。
対する無苦朗は内心、相手に気づかれないように驚いていた。自身の体が以前とは比べ物にならないほどの力を持っていることは既に知っていた。しかし今の自分からは、さらに途方もない力が、まるで最初からそこに存在していたかのように湧き上がってくるのを無苦朗は感じていた。
 だが、無苦朗は今、そんなことを気にしてはいられなかった。なぜなら。

「小僧、己の名を名乗るがいい」

 ライラックがそう言いながら立ち上がったからだ。

「鹿羽、無苦朗だッ」
「シカバムクロー……その名、しかと刻んだぞ。そして誇れ! 俺に膝をつかせたことを!」

 またもやライラックの姿が消え、瞬時に無苦朗の眼前に迫る。恐るべき超高速の移動。

「ハァァア――ッ!」

 そこから無苦朗に繰り出されるのは、通常ならば見ることも敵わない拳の連撃。

「くぅッ!」

 しかし、無苦朗はそれをさばいた。
 次々とやって来る拳のひとつひとつを時には払い、時には受け、直撃を回避していたのだ。

「甘いぞ小僧!」

 だが、無苦朗がまだ上手く力が制御できていないのか、はたまた経験の差か、ライラックはさらに上手であった。

「⁉ ――ぐわぁッ!」

 突然、無苦朗の顎下に衝撃。
 それは鋭く硬く大きく、無苦朗が足で蹴り上げられたのだと分かったときには、既に自身の体は空の上にあった。
 景色が高速で上昇していく中、無苦朗の耳元で風切り音が鳴ったのを聞いた。
 その音の正体は、無苦朗を追うように跳んできたライラックのものであった。

「我が奥義、その目にしかと焼き付けるがいい!」

 ライラックが無苦朗を見下ろし、その両の拳を向けた。
 この技はっ、と無苦朗がニコのやられた技だと気付き、自身の体を反転させ避けようとする。が、無苦朗の体はまるで見えない縄で縛られているかのように、まったく動かすことが出来なかった。
 ライラックの突き出さした拳に紫色の電流がほとばしる。そしてその拳を大きく振りかぶると。

「――咲け! 雷電の徒花あだばなよッ!」

 無苦朗めがけて一気に振り抜いた。

《雷光閃花!》サンダー・ボルト

 ライラックの拳から紫色の雷が放たれる。
 その雷が無苦朗の体を貫こうとした瞬間、何かが無苦朗の脳裏を駆け巡った。



 紫雷が無苦朗の体を貫き、さらに広がるように放出された電流で飲み込んだ。
 それをライラックは静かに見つめていた。

「……」

 その表情は至極、静かなものにであった。
 ライラックは興味を無くしたのか視線を外し、ヘレナたちのいる方へ顔を向けようとする。
 刹那、ライラックの表情が一変した。

「僕はここだぞライラック!」
「――!」

 それは無苦朗の雄叫びであった。
 バカなっ、とばかりにライラックが視線を自分の真下へ戻す。
 無苦朗は生きていた。 無事と言い切れるかは分からないが、彼はあの技から逃れたのだ。
 自身の頭部と肉体を切り離すことによって。

「うおおぉぉお!」

 頭部だけとなった無苦朗は、蹴り飛ばされ、上昇する勢いそのままライラックへと突っ込んだ。

「なにィッ⁉ ――ガッ!」

 ライラックの頭へ無苦朗の頭突きが炸裂する。

「どうだライラック、僕の石頭は!」
「こ、小僧ォ」

 頭だけの無苦朗と、頭突きの衝撃で体勢を崩したライラックが、共に地面に向かって落ちていく。
 そしてその上下の位置関係は逆転していた。

「だが、いくら貴様の頭が硬かろうと、肉体の無い状態でこの高所から落ちれば無事ではいられまい!」
「その通り。だがそれはお前も同じはずだ!」
「愚か者めッ! この俺がこの程度の高さでどうにかなると思っているのか!」

 無苦朗の算段を否定するライラックの一喝。
 しかし、それに対し無苦朗の表情は逆に静かなものとなった。

「思ってないさ」
「なに?」

 すると突如、ライラックの前から無苦朗の姿が消えた。否、正確には彼の目の前に壁のような物が現れたのだ。

「これはまさかッ」

 ライラックがよくよく見るとそれは壁ではない、生物の皮膚であることが分かった。
 そう。それは魔方陣にはまったままの巨人、『プスフノジャイアント』の体であった。
 いつの間にか、無苦朗の頭突きの衝撃でか、無苦朗とライラックは巨人がはまっている魔方陣の近くを落ちていたのだ。
 分かったときにはライラックと無苦朗の差は手の届かない距離となっていた。そうしている間にもどんどんと二人の差は広がっていく。

「なるほど、故意か偶然かは知らんが、どちらにせよ地面に激突するという難を逃れたか」

 だがそれだけのこと。
 ライラックは、それならそれで構わないと言うばかりに、既に姿が見えないほど離れた無苦朗から意識を外し、自分の着地する地上を見た。
 所詮、我が身が恋しいか、と頭の片隅に思いながら。
 しかし、地上を見たライラックはまたもや表情を一変させられる。
 ライラックの見た地上では一人の女がいた。
 それはあの勇者――ニコであった。
 まだ自力で立てないのか、両端から支えられている状態だが、その手にあるのは彼女自身より大きな剣。
 間違いなく聖剣であった。

「なッ――!」

 ニコが聖剣をライラックへと向ける。彼女の表情が獲物を見つけた肉食獣のように歪み、口角をつり上げる。

「待たせたな紫雷の。これが私の――」

 つるぎ なり ッ !


《斬魔殺法・夜天穿チやてんうがち


 その剣先から光り輝く魔力が放たれる。眩い光りの束となったそれは、一気に空を駆け上がる。

「くッ!」

 ライラックが回避しようとするが、急にピタリとその体の動きを止めた。
そして。

「く、ぐああぁあ!」

 光の束がライラックを貫いた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?

木塚麻弥
ファンタジー
収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。 追放される理由はよく分からなかった。 彼はパーティーを追放されても文句の言えない理由を無数に抱えていたからだ。 結局どれが本当の追放理由なのかはよく分からなかったが、勇者から追放すると強く言われたのでケイトはそれに従う。 しかし彼は、追放されてもなお仲間たちのことが好きだった。 たった四人で強大な魔王軍に立ち向かおうとするかつての仲間たち。 ケイトは彼らを失いたくなかった。 勇者たちとまた一緒に食事がしたかった。 しばらくひとりで悩んでいたケイトは気づいてしまう。 「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」 これは収納魔法しか使えない魔術師が、仲間のために陰で奮闘する物語。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。 しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。 彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。 一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

処理中です...