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一章 はじまり
第十三話 穿つ者
しおりを挟む「まさか人間に、このライラックが地をつけられるとはな」
ライラックの目が無苦朗を睨みつける。
対する無苦朗は内心、相手に気づかれないように驚いていた。自身の体が以前とは比べ物にならないほどの力を持っていることは既に知っていた。しかし今の自分からは、さらに途方もない力が、まるで最初からそこに存在していたかのように湧き上がってくるのを無苦朗は感じていた。
だが、無苦朗は今、そんなことを気にしてはいられなかった。なぜなら。
「小僧、己の名を名乗るがいい」
ライラックがそう言いながら立ち上がったからだ。
「鹿羽、無苦朗だッ」
「シカバムクロー……その名、しかと刻んだぞ。そして誇れ! 俺に膝をつかせたことを!」
またもやライラックの姿が消え、瞬時に無苦朗の眼前に迫る。恐るべき超高速の移動。
「ハァァア――ッ!」
そこから無苦朗に繰り出されるのは、通常ならば見ることも敵わない拳の連撃。
「くぅッ!」
しかし、無苦朗はそれをさばいた。
次々とやって来る拳のひとつひとつを時には払い、時には受け、直撃を回避していたのだ。
「甘いぞ小僧!」
だが、無苦朗がまだ上手く力が制御できていないのか、はたまた経験の差か、ライラックはさらに上手であった。
「⁉ ――ぐわぁッ!」
突然、無苦朗の顎下に衝撃。
それは鋭く硬く大きく、無苦朗が足で蹴り上げられたのだと分かったときには、既に自身の体は空の上にあった。
景色が高速で上昇していく中、無苦朗の耳元で風切り音が鳴ったのを聞いた。
その音の正体は、無苦朗を追うように跳んできたライラックのものであった。
「我が奥義、その目にしかと焼き付けるがいい!」
ライラックが無苦朗を見下ろし、その両の拳を向けた。
この技はっ、と無苦朗がニコのやられた技だと気付き、自身の体を反転させ避けようとする。が、無苦朗の体はまるで見えない縄で縛られているかのように、まったく動かすことが出来なかった。
ライラックの突き出さした拳に紫色の電流がほとばしる。そしてその拳を大きく振りかぶると。
「――咲け! 雷電の徒花よッ!」
無苦朗めがけて一気に振り抜いた。
《雷光閃花!》
ライラックの拳から紫色の雷が放たれる。
その雷が無苦朗の体を貫こうとした瞬間、何かが無苦朗の脳裏を駆け巡った。
紫雷が無苦朗の体を貫き、さらに広がるように放出された電流で飲み込んだ。
それをライラックは静かに見つめていた。
「……」
その表情は至極、静かなものにであった。
ライラックは興味を無くしたのか視線を外し、ヘレナたちのいる方へ顔を向けようとする。
刹那、ライラックの表情が一変した。
「僕はここだぞライラック!」
「――!」
それは無苦朗の雄叫びであった。
バカなっ、とばかりにライラックが視線を自分の真下へ戻す。
無苦朗は生きていた。 無事と言い切れるかは分からないが、彼はあの技から逃れたのだ。
自身の頭部と肉体を切り離すことによって。
「うおおぉぉお!」
頭部だけとなった無苦朗は、蹴り飛ばされ、上昇する勢いそのままライラックへと突っ込んだ。
「なにィッ⁉ ――ガッ!」
ライラックの頭へ無苦朗の頭突きが炸裂する。
「どうだライラック、僕の石頭は!」
「こ、小僧ォ」
頭だけの無苦朗と、頭突きの衝撃で体勢を崩したライラックが、共に地面に向かって落ちていく。
そしてその上下の位置関係は逆転していた。
「だが、いくら貴様の頭が硬かろうと、肉体の無い状態でこの高所から落ちれば無事ではいられまい!」
「その通り。だがそれはお前も同じはずだ!」
「愚か者めッ! この俺がこの程度の高さでどうにかなると思っているのか!」
無苦朗の算段を否定するライラックの一喝。
しかし、それに対し無苦朗の表情は逆に静かなものとなった。
「思ってないさ」
「なに?」
すると突如、ライラックの前から無苦朗の姿が消えた。否、正確には彼の目の前に壁のような物が現れたのだ。
「これはまさかッ」
ライラックがよくよく見るとそれは壁ではない、生物の皮膚であることが分かった。
そう。それは魔方陣にはまったままの巨人、『プスフノジャイアント』の体であった。
いつの間にか、無苦朗の頭突きの衝撃でか、無苦朗とライラックは巨人がはまっている魔方陣の近くを落ちていたのだ。
分かったときにはライラックと無苦朗の差は手の届かない距離となっていた。そうしている間にもどんどんと二人の差は広がっていく。
「なるほど、故意か偶然かは知らんが、どちらにせよ地面に激突するという難を逃れたか」
だがそれだけのこと。
ライラックは、それならそれで構わないと言うばかりに、既に姿が見えないほど離れた無苦朗から意識を外し、自分の着地する地上を見た。
所詮、我が身が恋しいか、と頭の片隅に思いながら。
しかし、地上を見たライラックはまたもや表情を一変させられる。
ライラックの見た地上では一人の女がいた。
それはあの勇者――ニコであった。
まだ自力で立てないのか、両端から支えられている状態だが、その手にあるのは彼女自身より大きな剣。
間違いなく聖剣であった。
「なッ――!」
ニコが聖剣をライラックへと向ける。彼女の表情が獲物を見つけた肉食獣のように歪み、口角をつり上げる。
「待たせたな紫雷の。これが私の――」
剣 也 ッ !
《斬魔殺法・夜天穿チ》
その剣先から光り輝く魔力が放たれる。眩い光りの束となったそれは、一気に空を駆け上がる。
「くッ!」
ライラックが回避しようとするが、急にピタリとその体の動きを止めた。
そして。
「く、ぐああぁあ!」
光の束がライラックを貫いた。
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