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一章 はじまり
第十二話 倒れる者
しおりを挟む「これは……!」
ハイネの目が驚きで見開かれる。
「……」
ヘレナも表情にこそ変化は無いが、その光景が目に映ったとき一瞬、思わず呼吸を止めてしまったほどだ。
二人の視線の先にあったのは二人の男の姿。
一人は無苦朗、もう一人はライラックだ。
ニコが倒れたままであるが、それより目を引いたは二人の体勢であった。
「……」
なんとライラックが片膝を地面に着け、無苦朗を見上げる形となっていたのだ。
ライラックがギンッ、と今までよりさらに鋭い視線を無苦朗へと向ける。
対する無苦朗は、呼吸は荒いが握った両手を自分の胸の高さにまで上げ、しっかりと構えを取りながらライラックを見つめていた。
二人とも、お互い相手を見据えたまま動く気配を見せない。
時間は少し前にさかのぼる。
無苦朗は煙を出して倒れ伏すニコのもとに着くと、彼女を抱えあげ、その安否を確認した。
「すまない、ムクロー殿、してやられて、しまった」
彼女は生きていた。攻撃を受けたせいか呂律が回っていないが、驚いたことに、あれだけの電撃を受けたにも関わらず、その素肌には火傷や傷らしきものが一切見られない。
「無理に喋らなくて大丈夫。キミが無事だったなら何よりだ」
「勝手に飛び出した私に、そのような、言葉は、勿体ない」
傷が無いのは不思議だったが、カカカッ、といつも通りに笑うニコを見て無苦朗はひとまずホッとした。
どうやら見かけより凄い技ではなかったようだ。それとも彼女が凄いのか。
「立てられるかい? ほら、僕の肩に掴まって」
無苦朗がニコへ肩を貸そうとするが、彼女はそうしなかった。
「ニコ?」
「もうひとつ、すまない、実は体が、言うことを聞かん……のだ……」
「ニコ、どうした! しっかりするんだ!」
ニコが返事をしなくなる。
そう言われて、よくよくニコの体を見てみると、手や足がダランと力なく垂れ下がり、その先がピクピクと痙攣しているのが分かった。
「これは――!」
「あの技を受け、その程度ですむとはな」
ニコの異変に無苦朗が驚いていると、そこへ突然、空からライラックが降りてきた。
「ライラック……ッ、いったいニコに何をした!」
「静まれ小僧!」
問い詰めようとする無苦朗に対して、吼えるようなライラックの一喝。
ビリビリと大気が震える。
「俺の技による影響だ。そんなものはじきに治まる」
まさか素直に答えてくれるとは、無苦朗は意外に思った。
「だが、しばらくは身動きひとつ取れんだろうがな」
ライラックはそう言いうと、無苦朗たちを残し、この場から去ろうとする。
無苦朗はニコを静かに地面へ寝かせると、勢いよく立ち上がった。
「待て!」
そしてライラックに制止の一声を投げ掛けた。
「何処へ行くつもりだッ」
聞かなくとも無苦朗には分かっていた。だが、聞かずにはいられなかった。なぜなら、ニコをこのような目にあわせたライラックに、怒りと共に恐怖を感じていたからだ。
「言ったはずだ。魔王の命を貰うと」
故に、必要だったのだ。
「……なら、僕も言ったはずだ――」
自分を奮わせる一押しとなる言葉が。
「僕がお前の相手になるとッ!」
グッと自身の両手を上げ、無苦朗は構えを取った。習ったわけでもない、本能からの構えだった。
「……アンデッド、いや人間……死霊魔術師か」
ライラックが無苦朗を見据え、正体を看破しようとする。
「勇者もそうだが、人間であるお前が魔王を守るために、俺と戦おうと言うのか」
「だから僕はここにいる!」
先刻のライラックの言葉を返すように、無苦朗は答えた。
「そうか」
すると、ライラックは体を無苦朗の正面となるように向けた。
真っ正面で相対する二人。
「ならば一撃――」
その言葉と共にライラックの姿は消えた。刹那、拳が無苦朗の眼前へと迫っていた。
「――撃ってやろうッ!」
先刻のニコによる剣撃よりもさらに速い、拳による突き。
あのとき無苦朗は、ニコの動きの初動を見たことで運良く剣を受け止めることができた。
しかしこのライラックという男は、いつ動いたのか、それさえ知覚できないほどの速さを持っていた。
無苦朗は防ぐ動作すらできず、ライラックの拳が顔面へと吸い込まれる――はずだった。
「……!」
ライラックの拳が止められた。誰あろう無苦朗の手によって。
驚くライラック。まさか止められるとは思っていなかったのだ。
偶然か、いや今度は違う。なぜなら無苦朗のその目はライラックの姿をしっかりと捉えていたからだ。
そして。
「うおぉお!」
返す刀で、無苦朗はもう片方の拳を強く握りこみ、ライラックの横顔めがけて振り抜いた。
「――――」
無苦朗の拳が直撃する。ライラックの体が後ろへ飛ばされる。
「ぐッ!」
倒れることを拒否したライラックは自身のバランスを上手くとると、両足で地面へと着地した。
「……⁉」
当初、平然と立てたライラックであったが、グラリと体が自分の意志と関係なく傾く。そしてついには倒れそうになったところを、彼は自身の膝を先に地面に着かせることで回避した。
だが、彼のダメージ、こと精神的ダメージは計り知れないものがあった。
「貴様……!」
ライラックが自身の歯を軋ませ、無苦朗へ鋭い眼光を放つ。
しかし無苦朗はそれに怯むことなく、むしろさらに自分の意思を見せつけるように、ライラックへ拳を向けた。そこには先程までの恐怖心は何処にも無い。あるのはただひとつだけ。
「ライラック! ヘレナの、ニコの、彼女たちのために、お前は僕が倒すッ!」
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