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一章 はじまり
第十一話 自由になる者
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待 た れ よ ッ !
無苦朗とライラックが対峙し、場に少しの静寂が訪れたその時、そこに待ったをかける者がいた。
ニコである。
「ムクロー殿には悪いがこの相手、このニコが頂こうぞッ!」
彼女はそう言って無苦朗の横をサッと駆け抜けると、一気にライラックへと肉薄する。
「ま、待つんだニコっ」
「止めてくれるなムクロー殿ッ。そこに強者がいて戦わざるは勇なき也ッ!」
「しかしキミには」
「あやつめ剣も持たずによくやるの」
そう無苦朗が懸念していたのはそれだった。ニコが弱いとは思っていない。しかし、あの巨大な剣は彼女にとって最大の武器であるはずだ。
「無茶はよすんだァ!」
無苦朗の制止も意味はなく、すでにニコはライラックへ手を伸ばせば届く距離まで迫っていた。
するとニコの右手が光り輝きだした。
「お前はまさか」
「カッ!」
《斬魔殺法・剣無キ》
ニコの技が炸裂する。それと同時に、ニコは空高く吹き飛ばされた。
「――ッ⁉ ニコォ!」
無苦朗が叫ぶ。
ダンッと地面を蹴る音が聞こえた。その正体はすぐに分かった。ライラックだ。ライラックがニコめがけて跳んだのだ。
吹き飛ばされたニコは驚愕していた。自分が先に技を出したはずなのに、それより速く攻撃を当てられたからだ。
しかし驚いたのはそこまで。高く飛ばされたはしたが、さほどダメージを感じていなかったからである。
ニコが空中で体勢を立て直そうとしたそのとき、ヒュンッと何かが自分の横を通りすぎたことが分かった。
――ライラックがニコを見下ろしていた。
「勇者がいるとは正直、驚いた。しかも聖剣を持たずにとはな」
「汝ごとき徒手空拳、肉体ひとつで十分と思うたまでよッ!」
「俺も甘くみられたものだ。が! その言葉、偽りでないことは我が同族たちが証明している」
故に喰らえッ! とライラックの両拳に電気がともない、紫色の光がほとばしる。その拳がニコめがけて突き放たれる。
《 雷 光 閃 花 》
紫雷がニコを貫いた。
空から紫色の閃光と共に轟音が鳴り響く。いや響いたのは音だけではなく、次の瞬間には地響きも起こった。
「こ、この世の終わりだぁ」
「何だあの雷はよぉ!」
二人組の悲鳴が聞こえてくる。
ヘレナを庇うようにして立っていた無苦朗だったが、自身の目を守るため咄嗟に上げた手の隙間からそれは見えた。
普通の雷ではまずお目にかかったことのない直線的な軌道。最も上の部分から放電が広がり、下に行くほど細くなっていく。
あたかも一輪の花のように見えるその光景に、無苦朗は一瞬だが目を奪われてしまった。 本当にほんの一瞬であったが。
「……あれはッ!」
雷光が去り、無苦朗が雷の落ちた地点を見ると、そこにはニコが体から煙を出して倒れていた。
無苦朗はニコに駆け寄ろうとした。が、躊躇した。ヘレナへと顔を向ける。
「……ふっ、心配するな。いざという時には肉壁もあるしの」
ヘレナは無苦朗を見上げながら微笑んだ。
「……ッ」
すまない、と思いながらも無苦朗は駆け出した。
「魔王様を守ると言っておきながら放置するとは、何を考えておるのでありましょう」
「さあの、我にもわからん」
ヘレナは無苦朗の後ろ姿を目で追うと、自分の指をパチンと鳴らした。するとハイネを縛っていた縄が跡形もなく消えた。
「? よろしいのでございますか?」
「縛られていては逃げることもままなるまい」
「魔王様をまた連れ去ろうとするかもしれないでございますよ」
「それは実に頼もしいの。主殿と共にならさらに、の」
自由になったハイネはスクッ立ち上がると、ヘレナへと近づき、その一歩後ろほどの場所で止まった。
「ん、行かぬのか?」
「遠路はるばる来たのは私も同じでございますから、ついでに魔王様も心配ですので」
「普通は逆な気がするがの……まあ良い」
そうヘレナとハイネが話している最中、聞かれないようこそこそと会話する者が二人。
「なあメーズ、もしかして肉壁って俺たちのことなのかな」
「かな、じゃなくてそうだろうよ」
「そんなぁ! それじゃ死んじゃうじゃんか俺たち」
「うるせえッ。俺だって死にたくないわッ」
けどよ、と馬男――メーズが牛男――ゴーズに目配せをする。
「ただでさえ勇者にしばかれて縄で縛られてるっていうのに、側にいるのがよりにもよって魔王様。しかもあの男メイドも勇者にやられたとはいえ並の魔族じゃ無え。こんな状況でオメエ逃げられるか?」
ブンブンとゴーズが首を横に降る。
「だろ? もう諦めるしかねえよ」
メーズが諦めたように、事実諦めているのだが、口にしたその時、自分達を拘束する縄が緩んだことに気付いた。
「さすがあのような奴でも勇者だの。弛ませる程度しかできんか」
「えっ?」「へっ?」
そして目の前にはいつの間にか魔王様もといヘレナがいた。
予想外のことが起こり二人は目を真ん丸にし、驚きのあまり声もでないのか口をパクパクとさせる。
「……!」「……!」
「無理に何か言わずとも良い。我も一言しか言わぬからの」
何を言われるのか二人は緊張のあまり硬直した。
「お主ら、逃げろ」
「「⁉」」
二人はまたも驚いた。願ったり叶ったりだが、なぜだか分からず、頭がついていかない。
「魔王様からのご命令でございます。さっさと行くでございますッ!」
語気を強めたハイネにより、二人は考えるより先に体が動き、一目散でその場から逃げ出した。
二人が行くのを確認したハイネはヘレナへと向き直った。もうあの二人に興味が無いのか、既にヘレナは無苦朗が走っていった方へ体を向けていた。
「ムクローなら、ああしろと言ったであろうからの」
ハイネが何かを言うより前にヘレナが先に口を開いた。
ハイネは特段あの二人が必要とは、それこそ肉壁くらいにしか使えない、としか思っていなかった。
とはいえ、なぜわざわざ勇者の縄を緩めてまで逃がしたのだろう、と疑問には思っていたのだ。
その考えを見越したかのようなヘレナの発言に、ハイネは特に驚きはしなかった。
あるとすれば、ああ、この方はこういう方だったなと、しみじみ思い出したことくらいであった。
ハイネは何も言わず、またヘレナの一歩後ろ程に立つと、彼女と同じ方向へ目を向けた。
「――えっ?」
そこでは、ハイネにとって意外な光景が繰り広げられていた。
無苦朗とライラックが対峙し、場に少しの静寂が訪れたその時、そこに待ったをかける者がいた。
ニコである。
「ムクロー殿には悪いがこの相手、このニコが頂こうぞッ!」
彼女はそう言って無苦朗の横をサッと駆け抜けると、一気にライラックへと肉薄する。
「ま、待つんだニコっ」
「止めてくれるなムクロー殿ッ。そこに強者がいて戦わざるは勇なき也ッ!」
「しかしキミには」
「あやつめ剣も持たずによくやるの」
そう無苦朗が懸念していたのはそれだった。ニコが弱いとは思っていない。しかし、あの巨大な剣は彼女にとって最大の武器であるはずだ。
「無茶はよすんだァ!」
無苦朗の制止も意味はなく、すでにニコはライラックへ手を伸ばせば届く距離まで迫っていた。
するとニコの右手が光り輝きだした。
「お前はまさか」
「カッ!」
《斬魔殺法・剣無キ》
ニコの技が炸裂する。それと同時に、ニコは空高く吹き飛ばされた。
「――ッ⁉ ニコォ!」
無苦朗が叫ぶ。
ダンッと地面を蹴る音が聞こえた。その正体はすぐに分かった。ライラックだ。ライラックがニコめがけて跳んだのだ。
吹き飛ばされたニコは驚愕していた。自分が先に技を出したはずなのに、それより速く攻撃を当てられたからだ。
しかし驚いたのはそこまで。高く飛ばされたはしたが、さほどダメージを感じていなかったからである。
ニコが空中で体勢を立て直そうとしたそのとき、ヒュンッと何かが自分の横を通りすぎたことが分かった。
――ライラックがニコを見下ろしていた。
「勇者がいるとは正直、驚いた。しかも聖剣を持たずにとはな」
「汝ごとき徒手空拳、肉体ひとつで十分と思うたまでよッ!」
「俺も甘くみられたものだ。が! その言葉、偽りでないことは我が同族たちが証明している」
故に喰らえッ! とライラックの両拳に電気がともない、紫色の光がほとばしる。その拳がニコめがけて突き放たれる。
《 雷 光 閃 花 》
紫雷がニコを貫いた。
空から紫色の閃光と共に轟音が鳴り響く。いや響いたのは音だけではなく、次の瞬間には地響きも起こった。
「こ、この世の終わりだぁ」
「何だあの雷はよぉ!」
二人組の悲鳴が聞こえてくる。
ヘレナを庇うようにして立っていた無苦朗だったが、自身の目を守るため咄嗟に上げた手の隙間からそれは見えた。
普通の雷ではまずお目にかかったことのない直線的な軌道。最も上の部分から放電が広がり、下に行くほど細くなっていく。
あたかも一輪の花のように見えるその光景に、無苦朗は一瞬だが目を奪われてしまった。 本当にほんの一瞬であったが。
「……あれはッ!」
雷光が去り、無苦朗が雷の落ちた地点を見ると、そこにはニコが体から煙を出して倒れていた。
無苦朗はニコに駆け寄ろうとした。が、躊躇した。ヘレナへと顔を向ける。
「……ふっ、心配するな。いざという時には肉壁もあるしの」
ヘレナは無苦朗を見上げながら微笑んだ。
「……ッ」
すまない、と思いながらも無苦朗は駆け出した。
「魔王様を守ると言っておきながら放置するとは、何を考えておるのでありましょう」
「さあの、我にもわからん」
ヘレナは無苦朗の後ろ姿を目で追うと、自分の指をパチンと鳴らした。するとハイネを縛っていた縄が跡形もなく消えた。
「? よろしいのでございますか?」
「縛られていては逃げることもままなるまい」
「魔王様をまた連れ去ろうとするかもしれないでございますよ」
「それは実に頼もしいの。主殿と共にならさらに、の」
自由になったハイネはスクッ立ち上がると、ヘレナへと近づき、その一歩後ろほどの場所で止まった。
「ん、行かぬのか?」
「遠路はるばる来たのは私も同じでございますから、ついでに魔王様も心配ですので」
「普通は逆な気がするがの……まあ良い」
そうヘレナとハイネが話している最中、聞かれないようこそこそと会話する者が二人。
「なあメーズ、もしかして肉壁って俺たちのことなのかな」
「かな、じゃなくてそうだろうよ」
「そんなぁ! それじゃ死んじゃうじゃんか俺たち」
「うるせえッ。俺だって死にたくないわッ」
けどよ、と馬男――メーズが牛男――ゴーズに目配せをする。
「ただでさえ勇者にしばかれて縄で縛られてるっていうのに、側にいるのがよりにもよって魔王様。しかもあの男メイドも勇者にやられたとはいえ並の魔族じゃ無え。こんな状況でオメエ逃げられるか?」
ブンブンとゴーズが首を横に降る。
「だろ? もう諦めるしかねえよ」
メーズが諦めたように、事実諦めているのだが、口にしたその時、自分達を拘束する縄が緩んだことに気付いた。
「さすがあのような奴でも勇者だの。弛ませる程度しかできんか」
「えっ?」「へっ?」
そして目の前にはいつの間にか魔王様もといヘレナがいた。
予想外のことが起こり二人は目を真ん丸にし、驚きのあまり声もでないのか口をパクパクとさせる。
「……!」「……!」
「無理に何か言わずとも良い。我も一言しか言わぬからの」
何を言われるのか二人は緊張のあまり硬直した。
「お主ら、逃げろ」
「「⁉」」
二人はまたも驚いた。願ったり叶ったりだが、なぜだか分からず、頭がついていかない。
「魔王様からのご命令でございます。さっさと行くでございますッ!」
語気を強めたハイネにより、二人は考えるより先に体が動き、一目散でその場から逃げ出した。
二人が行くのを確認したハイネはヘレナへと向き直った。もうあの二人に興味が無いのか、既にヘレナは無苦朗が走っていった方へ体を向けていた。
「ムクローなら、ああしろと言ったであろうからの」
ハイネが何かを言うより前にヘレナが先に口を開いた。
ハイネは特段あの二人が必要とは、それこそ肉壁くらいにしか使えない、としか思っていなかった。
とはいえ、なぜわざわざ勇者の縄を緩めてまで逃がしたのだろう、と疑問には思っていたのだ。
その考えを見越したかのようなヘレナの発言に、ハイネは特に驚きはしなかった。
あるとすれば、ああ、この方はこういう方だったなと、しみじみ思い出したことくらいであった。
ハイネは何も言わず、またヘレナの一歩後ろ程に立つと、彼女と同じ方向へ目を向けた。
「――えっ?」
そこでは、ハイネにとって意外な光景が繰り広げられていた。
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