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二章
第六話 ぶつかる者
しおりを挟む「それでは我々は馬車を停めてくるでございます。合流はのちほどでございます」
そう言ってハイネが手綱を振ると、「痛え!」とふたつの悲鳴と共に馬車が走り出して行く。ヘレナを乗せたままで。
結局、彼女とは顔を会わせないまま別れることになってしまった。心配ではあるが、本人が少し休めば大丈夫と言っていたし、ハイネもいるので大事にはならないだろう。
「どうしたムクロー殿、早く来なければ先に行ってしまうぞッ!」
ニコの声に反応した無苦朗が隣を見ると、先程までいた彼女がいない。どこへ、と視線をさらにあげる。
するといつの間にやらニコは無苦朗からゆうに百メートル離れたところからこちらに向かって手を振っていた。
周りの喧騒よりはるかによく通るニコの声に、人々から注目が集まっている。
「ニコ! キミ、ここで食事にするんじゃなかったのか⁉」
無苦朗は自分のすぐ横にある二階建ての建物へ指を向ける。そこには『おおいびき』と書かれた看板が掛けられていた。
最初ここへ着いたとき、名前だけだと無苦朗には何の店か分からなかった。しかし、開け放たれた扉から漂ってくる酒と香ばしいスパイスの香りから、酒場というところなのだろうかと予想した。
それは当たっていた。半分だけだが。
ハイネが言うには酒場だけではなく、上の階を使って宿屋もやっているらしい。看板のすみに書かれたベットとジョッキのマークがそのしるしだと教えてくれた。同時に彼の土地勘の良さも証明された。
そして今日はここに泊まるらしい。
「だから僕たちだけ先に降りて、待つことにしたんじゃないか!」
ニコへと聞こえるように、無苦朗も負けじと口を大きく開けて声を出す。
「カカカッ! そんなところよりどうせならもっと旨そうな店で食らおうぞッ。幸い、ここらには飯処がたくさんあるらしいしなッ!」
「ニコ! あまりそういうことを大声で言うのは――」
「おい、そこのあんちゃん」
いけない、と無苦朗が言おうとしたとこで後ろから声をかけられた。
嫌な予感がしながらも恐る恐る振り向くと、そこには無苦朗より一回りくらいがたいのいい大男がこちらを見下ろしながら立っていた。体には年期の入ったエプロンをかけている。
「うちの店がなんだってえ?」
こっちの世界に来てから見下ろされることが多いなあと無苦朗は頭のすみで思っていると、大男が目を細めた。
言葉から察するに、どうやら彼はこの店の関係者らしい。
「店の真ん前で変なこと言われると困るんだがね」
「す、すみません!」
無苦朗は謝罪すると足早にニコのもとへ駆け出した。
宿泊するかもしれない店の人に、自分の顔を覚えられるのは嫌だ。
そうして瞬く間にニコへとたどり着く。
「おお、ムクロー殿も乗り気で何よりぞ。では、美味を求めていざ行かんッ!」
そう言うとニコは楽しそうに歩幅を大きくとりながら前へ向かって歩き出した。
「ちょっと待ってほしいニコ。別の店で食事をとるのは構わないけど、やっぱりヘレナやハイネに伝えとかないと」
ヘレナとの連絡手段はないことはないが、どうも電波の調子が悪い携帯の如く聞こえる時と聞こえない時があった。しかもこちらからの声は届かないときたものだ。
「そらならば心配は無用ぞ。ムクロー殿、我々はあなたの体の骨を頂戴しているからな」
「僕の、骨?」
ニコが首からかけられた紐の先、胸の間から白く小さな欠片を取り出しこちらに見せてくる。
そういえば、と無苦朗は街に着く前にヘレナからお願いされたことを思い出す。自分の骨を一欠片ほどでいいので渡してほしいということだった。
はじめて言われた時は驚いたが、よく話しを聞いてみると骨というのは『骨装義体』に使われている方のことらしかった。それはそうだ。
「それがどうして心配無用なんだい?」
「この骨は言わばあなたの肉体の一部。ゆえにあなたがどこにいるのか、これを持っていれば何となく検討がつくのだ」
「そんなことが?」
「――と、魔王が言っていたわッ。どうやったのかは私もわからんッ!」
カカカッと大きな胸をはってニコが笑う。
無苦朗は原理は分からないが、こちらの居場所が分かるのなら大丈夫かなと思った。
「そうだね、それなら……ちなみに何処か行きたいところがあるのかい?」
「途中にいくつかめぼしい店があった。それを目指すとしようぞッ! 屋台もまたよしッ!」
「ははっ、そんなにたくさんお金は使えないからほどほどにね」
そう言って無苦朗は笑いながら、ポケットから紐で閉じられた布の袋を取り出した。
中に入っているのはこの世界の硬貨だ。といっても袋の重さはさほどなく、開けてはないが中身の硬貨も数枚ほどだろう。
でもお金はお金だ。気を付けないと。
無苦朗は袋をポケットへと戻す。
「おっ! と、ごめんよ!」
すると無苦朗の体が誰かとぶつかった。ぶつかった相手の体がグラッとふらつく。
向こうからぶつかってきた気がするが、そんなのは関係なかった。
咄嗟に無苦朗はふらつく相手を支えようと手を伸ばすが、相手はそれをすり抜けるように体を動かすとあっという間に走り去ってしまった。
一瞬だったし帽子を目深に被っていたが、どうやら少年のようだった。もとの世界だと中学生くらいだろうか。
もう少年の姿は人ごみで全く見えなくなってしまっていた。
「ムクロー殿、私は我慢が苦手なのだ早く行きたいぞッ!」
背後からニコの急かす声がする。
無苦朗は少年のことはとりあえず思考から外し、ニコへと振り向いた。
「ああ、それじゃあ行こうか」
「応ッ!」
そして無苦朗は彼女を先頭に歩きだした。
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