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六
しおりを挟む「なぁにが、お前次第、だ」
学園の南にある庭園。石畳で出来た道の上を、桜花が歩いている。イライラすると、よく此処へ来るのだ。
彼は両手をズボンのポケットに突っ込みながら、ぶつくさ言っている。
「ようは付き合い切れなくなったって事だろ、がッ」
桜花は、がッで何かを蹴飛ばすように右足を振り上げた。スポッとサンダルが足から脱げた。
「あっ、やべ」
空を高ーく飛んでいくサンダル。
見失わないように、慌てて右足裸足のまま追いかけていく。しばし鳥のように飛んだサンダルは、巣へと帰るかのように、高く生い茂った森の中へ消えていった。
今日はこんなんばっかりだな。
そう思いながら進んで行くと、石段が見えてきた。サンダルが消えた森へと続く石段であった。
すると、その手前に、まるで門番、もしくは玄関マットのように、でっかい百足が横たわっていた。本物ではない。石でできた百足であり、皆はこれを『ペルセウス』と呼んでいた。
何故そう命名されたのか、誰も知らない。ただ昔から、そう呼ばれているらしい。
桜花はペルセウスを大股で跨ぐ。石段の入り口に立ち、その奥を見上げた。
両脇から茂る木々の枝によって、石段の中は薄暗く、まるでトンネルのようになっていた。傾斜が壁のように急で、頂上が見えない。
面倒くせえな。
桜花は片足を踏み込むと、石段を登り始めた。太陽が遮られ、足元が暗くなる。
一段、また一段と登っていく。その間、両脇の木立からは、葉や枝のさざめくような音が聞こえてきた。
やがて、石段の先に鳥居が見えてきた。もうすぐ頂上であった。
桜花は、最後の数段を跳ねるように駆け上がる。
最後の段を登り切ると、目の前には大人ひとりがぎりぎり、桜花ならば頭を下げなければ潜れないくらいの、小さい鳥居があった。
鳥居を潜ると、その先には、これまた小さな祠がちょこんとあった。その脇には、見慣れたバイクが停まっていた。
ガサガサと、祠の後ろの森から、何者かが出てきた。これまた見慣れた人物であった。
「なんだ河原戯、やっぱりお前か」
「桜花さん、もしかしてわざとやってます?」
「あん?」
なんの意味か分からなかった桜花だったが、こちらへ歩いてくる河原戯の手に持っているものを見て、納得した。
「ほらこれ、桜花さんのサンダルでしょう」
「おお、そうそう。なんだ、拾ってきてくれたのか。珍しい」
「別に好きでしたわけじゃありませんよ。上から何か降ってきたもんですから、ネタになるかなと思い見に行ったんです。で、結局あったのが、記事にも日記にもならない薄汚れたサンダルひとつ」
河原戯がやれやれと首を横に振る。
「正直、がっかりしました。次からは気をつけてくださいよ。じゃ、私はこれで」
そう言うと河原戯は、停めてあるバイクの方へと行こうとする。
しかし、
「待てや」と桜花は肩を掴んで止めた。
「なんですか桜花さん。痛いですよ」
「その前に、話があんだろ話が」
「? なんのお話でしたっけ?」
「恍けんなこの野郎。今日の朝のことだ。忘れたとは言わせんぞ」
「朝のこと……ああ、はいはい。いや、ですからお礼なんて良いですって」
「同じこともう一度くり返す気かお前はッ」
「もう、うるさいですね。そう怒鳴らないでくださいよ。憶えてますよ。私が大門寺さんに、あの事をメールでバラした事ですね」
「おお、随分素直だな」
「既に自分から言ったことですからね。で、それがどうかしたんですか? 理由でも聞きたいんですか?」
「阿呆、理由なんて簡単に想像できるわ。大方、そのネタと引き換えに、別の事件のネタを頂いたってところだろ」
「桜花さんッ!」
すると河原戯が叫ぶように声を出した。
その勢いに、つい、肩から手を離してしまう。
グッと目に力を込めように彼女は、見上げてくる。そして口を開いた。
「桜花さん――どうして分かったんですか?」
そう、心底不思議そうな顔で彼女は言った。
「分からいでかッ。てか何だったんだ今のタメはよ」
「すいません。そこまで想像できるとは思ってませんでした」
「お前、俺をどんだけ阿呆だと思っとるんだ?」
「学園内じゃあ、十以内に入るでしょうね」
「冷静に答えるな、本気みたいだろ」
「!?」
「え、本気なのに、って顔をすんなッ!」
「だって桜花さん。貴方、昨日の夜、学園長のブロンズ像を盗んだんでしょう? これを阿呆と言わずになんと呼びますか?」
「……なんの話だ?」
「おーや、今度はそっちが恍けますか。そうですか」
「いや、待て。お前何か勘違いしてねえか?」
「駄目ですよ桜花さん。昨日の侵入は私も関わっていることをお忘れなく。どうやったって言い逃れは出来ませんよ」
「いや、だからな」
「しかし、正直、私は桜花さんの趣味が分かりませんよ」
河原戯が遮る。
「何のために夜中に忍び込むのかと思ったら、学園長のブロンズ像を盗むなんて、脈絡も無いったら」
「待て待て待てッ!」
桜花が遮返す。
「何ですか、自分の趣味を侮辱されて怒りましたか」
「いや、お前やっぱり勘違いしとるぞ。俺はブロンズ像なんて盗んじゃいねえ。特に学園長のなんて金もらっても欲しくねえ」
「え?」
「は?」
暫し、二人はお互いを見つめ合ったまま沈黙した。
「さあて、帰って記事の原稿でも書きますか」
「待てや」
桜花が河原戯の肩を掴む。
振り出しに戻った。
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