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しおりを挟む【闘士】とは、己の生命エネルギーである闘気を用い、【闘装】と呼ばれる異能を駆使する者たちのことである。
彼らの力は、時には近代兵器すら凌駕し、個人で国を壊滅できる者さえ存在した。
現在、国にとって闘士は無くてはならないものであり、自国から、どれだけ優秀な闘士を輩出できるかが、国力の証ともなっていた。
そのため、各国には、必ずと言っていいほど闘士を育成する機関が存在し、桜花が通う『七難八苦学園』、通称、ナナハク学園もそのひとつであった。
◇
学園の高等部エリアにある、野球ができるほどの広さを持つ、緑色のグランド。その中央に、二つの影があった。
一つは桜花である。彼は、綺麗に切り揃えられた芝生の上で、脛を地に着けて正座をしていた。その桜花を見下ろすもう一つの影は、ジャージ姿の女性であった。女は美人と呼べる顔の眉間に、深い亀裂を作っている。
「お前の事情とやらは大方分かった」
「じゃあ、補習は無しで良いんですね護裏先生」
「名字で呼ぶな」
「ゴハッ!」と、桜花が呻く。脳天に拳が落とされたのだ。
「まったく、その名で呼ぶなとあれほど言ってるのに、まだ分からないか」
「す、すいません、ごり……来夢先生、つい口が滑りました」
桜花は殴られた頭を押さえながら言った。
来夢先生。本名を護裏来夢。七難八苦学園の教師である。彼女は、名字、及び、フルネームで呼ばれるのを心底嫌がる。その理由をわざわざ聞いた学生は、未だかつていない。
「てなわけで先生、今回の遅刻は大目に見てもらえると嬉しいんですがあ……」
来夢がはあ、と嘆息した。
「お前な。そもそも、なんで私が授業してやっているのか、まさか忘れたわけではないだろうな?」
「そりゃあ……」
「お前が闘装を使えるようにするためだろう」
桜花の言葉を遮るように来夢が言った。
「桜花。お前は闘気はあるのに闘装を使えない半端者だ」
「ハッキリ言いますね」
「そうなのだから仕方がない。だがお前は、いち学園の闘志としてここに居る。だから私はお前を一人前の闘士にする義務がある」
「んな大袈裟な。適当で良いですよ、適当で」
「あ?」
「いえ、なんでもありません」
人を殺せそうな眼力で睨まれ、桜花は縮こまった。
「……うむ、まあ、しかしそうだな。今回は、お前も遅刻しようと思って遅刻したわけではないし――」
そこで来夢は言葉を切ると、体を左に向けて歩き出した。彼女は、左右に分かれたツインテールをゆらゆら揺らしながら、桜花の周りを円を作るように回る。
正座をしたままの桜花は、とても嫌な予感がしていた。
元々、遅刻が許されるとは思っていない。言い訳をするのも、ごねるのも、言わば、宝くじが当たればいいなあ程度の感覚である。
だが、今日の来夢先生は様子がちとおかしいぞ、と桜花は思っていた。
拳が優しすぎる。
いつもの鉄拳ならば、桜花の頭が地面に陥没するか、割れるほどの威力があるはずである。
なのに、今の自分はどうか。陥没もしていなければ、どこも割れていない。これを奇妙と言わずになんと言おう。
故に、絶対なにかあると、桜花は踏んでいた。
ふいに、来夢がポンと手を打ち、「よし」と、何か決断したように言った。彼女はちょうど一周したらしく、桜花の正面に戻ってきていた。
「桜花。確かお前、近々【決闘】するんだろう? それに勝ったら今回の補習は無しにしてやる」
「はい?」
桜花は、聞き間違えたか、と思った。
「先生、今、なんて言いました? もしかして決闘って言いました?」
「そうたが。どうした、鳩が豆鉄砲くらったような顔して」
「誰が決闘をすると」
「だからお前だ」
「誰と?」
「そうだなええと……ああ、思い出した。確か馬郷だ。風紀委員の」
その名を聞き、桜花は自分の顔が引きつるのを感じた。
「ちなみに、負けた場合は退学な」
「えぇッ!?」
◇
決闘とは、学園によって許可された、学生同士による実戦形式の戦闘である。その存在は学則にもしっかり明記されている。
学園創立当初、学園では学生同士の授業以外での戦闘を禁じていた。しかし、ただでさえ血気盛んな若者が闘士として集まっているため、そうそう何も起こらないわけがなく、当然のごとく、私闘、喧嘩を行う者は出てきた。
始めはほんの一部だったのだが、勝手に行われる戦いは、徐々に苛烈さを極めていき、いつしか個人だけではなく、学生たちによる抗争にまで発展していった。
さらに戦いが長引くと、知略、謀略、陰謀と、拳を交えない行為も増えていった。
それらを快く思わなかった当時の学園長は、これを改善すべく、創案し、制定したのが決闘である。
第三者によるルールと立会のもと、正々堂々と全力で行われる決闘は、不信感にささくれたった学生たちの心を丸刈りにした。
そうして、血で血を洗う混沌した闘争は鳴りを潜め、ついに学園には秩序が戻ったのである。
……なんて、まとめちゃいるが、結局、体の良いガス抜きというわけだ。
「おい、桜花どうした。寝ぼけているのか?」
来夢が、ボーとしている桜花に言う。
桜花は、ハッと意識を取り戻した。来夢から告げられた、退学という言葉で、一瞬、我を失っていたらしい。
「では分かったな桜花。決闘は今日の放課後だ。それまでにしっかりと心の準備をしとくんだな」
「ちょっと待てい! 今日!? 今日の放課後に決闘って言ったかッ?」
桜花が前のめり気味に立ち上がる。
「なんだお前はさっきから、申告書に書かれた日付はそうなっていたぞ」
決闘を行う場合、当事者である学生は、学園へ事前に申告しなくてはならないのである。
しかし、だ。
「そもそも俺、承諾してねえんですけどッ」
すると、来夢は納得したように頷いた。
「やっぱりそうだったか。おかしいと思ってんだんだ、お前が決闘するなんて」
「思ってたんなら受理しないでくださいよ、決闘委員会顧問」
【決闘委員会】とは、決闘の際に、審判から闘技場の準備など、あれやこれやと世話を焼いてくれる委員たちである。決闘の申告も、この委員会を通して受理される。そして、来夢はそこの顧問であった。
「顧問と言っても、私は口は出さん。それではなんの為の学生機関なのか、分からなくなるからな」
学生の自主性を汲んでいるような事を言っているが、多分、面倒くさいだけである。少なくとも、桜花はそう思っていた。
「それに確かお前、決闘なんて入学して以来だろう。これもいい機会だ」
「なんの?」
「お前がこれから進む道を決める、な」
遠くから風が吹く。サラサラと芝生の擦り合う音がする。
「この学園にお前が入学してから、なんだかんだで一年だ。だが、さっきも言ったように、お前は未だに闘装を使えない、前代未聞の半端者だ。そんな奴を何時までも学園において置けると思うか?」
「ぬぅ……」とだけ桜花は呻く。
事実とはいえ、この教師が真面目な顔で指摘するのは久々だったからだ。
「だから私は、お前に言い渡す。今度の決闘に勝てなければ、お前はこの学園から出ていってもらう」
「……一人前にするのが義務じゃなかったんすか?」
「桜花――」
来夢は言うと、桜花から目を外し、遠くを見つめた。
「それはお前次第なんだよ」
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