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第4話
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電車で箱根に向かった僕たちは、いくつかの観光地を巡り、日が暮れてから宿泊先の旅館にたどり着く。
初めはどうなることかと思ったけれど、アラタは加藤たちとすっかり打ち解け、僕よりそっちとばかり話していた。
(……あいつ、僕と旅行がしたいなんて言ってたけど、実は誰とでもよかったのか?)
みんなより先に大浴場から戻った僕は、部屋でひとり首を傾げていた。
それにしてもアラタが自分そっちのけで他と話しているのには、少しモヤモヤする。
そんな時、タイミングよくそのアラタが戻ってきた。
「あ、おかえり」
「先輩、見つけ」
ふたりきりになったのは、これが今日初めてだった。
「先輩の浴衣姿、眼福っすね!」
「なんだそれ」
「匂い立つ色気が……」
アラタが背中側から、僕の首筋に鼻先を近づけてくる。
体は触れ合っていないのに、温泉で火照った体の熱が伝わってきて、なんだかソワソワしてしまった。
「アラタだって同じ浴衣着てるじゃん」
僕が呆れたように言うと、こいつは真面目に返してくる。
「同じ浴衣着てても、中身が違います」
「中身は、アラタの方が美人さんだと思うけど」
そう反論しながらアラタを見ると、濡れ髪とピンク色に上気した首元が妙に色っぽかった。
人より背丈は高いのに、この中性的な魅力はなんなのかと思う。
思わずドキドキしていると、彼は僕の前髪を梳いてきた。
「俺には先輩が、すごーく美味しそうに見えるんだけどなー」
「僕なんかのどこがいいの?」
「そうやって純粋そうに見つめてくるところとか。話す時に、ちょっとだけ首を傾げるその仕草とか」
「……いちいちマニアックだね?」
「俺はマニアですよ、先輩に関しては」
そういえば付き合い始めた頃に言われた、アラタは僕の小動物っぽいところが好きらしい。
それでいて男気があるとも言われたっけ。
アラタが新人バイトとして僕のバイト先に入ってきた頃、他のみんなはこいつの見た目にびびって話しかけなかった中、見かねた僕が仕事をイチから教えた。
それがあって、こいつは僕を兄貴として認めているらしい。
「それなのに、先輩は俺の気持ち全然分かってないからなあ」
アラタが耳元で、切なげなため息を漏らした。
そのため息がやけに重いように感じて戸惑う。
「……分かってないかなあ?」
聞き返すと、今度は呆れ声で返された。
「分かってないですよね?」
「どの辺が?」
「え……じゃあ逆に聞きますけど、俺がここまでついてきた理由、分かりますか?」
「……!」
それは今まさに、僕が疑問に思っていたことだった。
「ごめん……。実はそれが分からなくて戸惑ってる」
ひざをずらして座り直し、正面からアラタの表情を窺う。
するとこいつはショックを受けたような顔をして、すっと上半身を離した。
「えっ、何? 言ってよ」
「言わなきゃ分かんないんですか。俺がどんな思いで、この1年間先輩といたか」
アラタの声がひどくさめて聞こえて、僕はそのことに慌てる。
「1年間?」
「そうですよ、今日が1年前にした約束のタイムリミットです」
約束……そういえば、この旅行についてくると言った時も、アラタは約束という言葉を口にしていた。
「1年前にした、約束……」
僕は頭の中の引き出しから、必死にその記憶を呼び戻そうとする。
「先輩が約束を守ってくれないなら、俺はさすがに……考えてしまうかもしれない」
すっかり暗くなった窓の外を見て、アラタが不穏なことをつぶやいた。
初めはどうなることかと思ったけれど、アラタは加藤たちとすっかり打ち解け、僕よりそっちとばかり話していた。
(……あいつ、僕と旅行がしたいなんて言ってたけど、実は誰とでもよかったのか?)
みんなより先に大浴場から戻った僕は、部屋でひとり首を傾げていた。
それにしてもアラタが自分そっちのけで他と話しているのには、少しモヤモヤする。
そんな時、タイミングよくそのアラタが戻ってきた。
「あ、おかえり」
「先輩、見つけ」
ふたりきりになったのは、これが今日初めてだった。
「先輩の浴衣姿、眼福っすね!」
「なんだそれ」
「匂い立つ色気が……」
アラタが背中側から、僕の首筋に鼻先を近づけてくる。
体は触れ合っていないのに、温泉で火照った体の熱が伝わってきて、なんだかソワソワしてしまった。
「アラタだって同じ浴衣着てるじゃん」
僕が呆れたように言うと、こいつは真面目に返してくる。
「同じ浴衣着てても、中身が違います」
「中身は、アラタの方が美人さんだと思うけど」
そう反論しながらアラタを見ると、濡れ髪とピンク色に上気した首元が妙に色っぽかった。
人より背丈は高いのに、この中性的な魅力はなんなのかと思う。
思わずドキドキしていると、彼は僕の前髪を梳いてきた。
「俺には先輩が、すごーく美味しそうに見えるんだけどなー」
「僕なんかのどこがいいの?」
「そうやって純粋そうに見つめてくるところとか。話す時に、ちょっとだけ首を傾げるその仕草とか」
「……いちいちマニアックだね?」
「俺はマニアですよ、先輩に関しては」
そういえば付き合い始めた頃に言われた、アラタは僕の小動物っぽいところが好きらしい。
それでいて男気があるとも言われたっけ。
アラタが新人バイトとして僕のバイト先に入ってきた頃、他のみんなはこいつの見た目にびびって話しかけなかった中、見かねた僕が仕事をイチから教えた。
それがあって、こいつは僕を兄貴として認めているらしい。
「それなのに、先輩は俺の気持ち全然分かってないからなあ」
アラタが耳元で、切なげなため息を漏らした。
そのため息がやけに重いように感じて戸惑う。
「……分かってないかなあ?」
聞き返すと、今度は呆れ声で返された。
「分かってないですよね?」
「どの辺が?」
「え……じゃあ逆に聞きますけど、俺がここまでついてきた理由、分かりますか?」
「……!」
それは今まさに、僕が疑問に思っていたことだった。
「ごめん……。実はそれが分からなくて戸惑ってる」
ひざをずらして座り直し、正面からアラタの表情を窺う。
するとこいつはショックを受けたような顔をして、すっと上半身を離した。
「えっ、何? 言ってよ」
「言わなきゃ分かんないんですか。俺がどんな思いで、この1年間先輩といたか」
アラタの声がひどくさめて聞こえて、僕はそのことに慌てる。
「1年間?」
「そうですよ、今日が1年前にした約束のタイムリミットです」
約束……そういえば、この旅行についてくると言った時も、アラタは約束という言葉を口にしていた。
「1年前にした、約束……」
僕は頭の中の引き出しから、必死にその記憶を呼び戻そうとする。
「先輩が約束を守ってくれないなら、俺はさすがに……考えてしまうかもしれない」
すっかり暗くなった窓の外を見て、アラタが不穏なことをつぶやいた。
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