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第1章 バルトロメオ
第12話
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司教の執務室を出ると、ちょうど時計台の鐘が聞こえてきた。
「……7時か」
バルトロメオが窓の外の時計台を見上げる。
「7時は朝食の時間です。食堂は、そこの階段から降りていって一階に……」
ユァンとしてはさっそく話題に困っていたところだ。
一時しのぎながらも行き先が決まってホッとする。
「では行こう」
同じ宗派の修道院は、どこも似たようなタイムスケジュールで動いている。
ユァンの言葉に、バルトロメオもそう戸惑うことなく従った。
「ところで、ユァンというのは洗礼名なのか?」
階下へ向かって下りながら、ふいにバルトロメオが聞いてくる。
2人分の足音が、カツンカツンと硬い階段に響いていた。
「はい、ユァンは洗礼名です」
ここでは皆が洗礼名で呼び合っている。
養護院の時からそうだから、本名を思い出すことはもうほとんどなかった。
「『ユァン』は福音という意味だよな。洒落た名前だ」
「バルトロメオは使徒の名前ですよね?」
「ああ、皮剥ぎの刑で殉死したやつだ」
彼は苦笑いで言って肩をすくめる。
「使徒のバルトロメオは、ミケランジェロの最後の審判にも出てくる。まあ裁かれるだろうな、俺も」
(……?)
教会の公式とする教義では、誰もが皆、死後、裁きに合うといっている。
自分だけ裁かれるみたいな言い方が、なんだか少し気になった。
「妙な因縁のある名前より、俺もアンタみたいな洒落た名前がよかった」
褒めてもらった礼を言うべきか、それとも彼の名前の方をフォローすべきなのか迷った末、ユァンは別の話をする。
「この名前はシプリアーノ司教が……。身寄りのない僕を拾ってくれたのは、シプリアーノ司教でしたから」
するとバルトロメオは、何か思案するように顎を撫でた。
「シプリアーノ司教か……」
「……え、司教がなんですか」
「いや、なるほどと思ってな」
(なるほど?)
「シプリアーノ司教は、相当アンタを気に入っていると見える」
「気に入って? そんなことは……」
付属の養護院に入りたての頃は、司教も何かと気にかけてくれていた。
けれど今はむしろ逆で、何の取り柄もない自分に失望しているのではないかとユァンは思っていた。
「どうしてそんな顔をする?」
バルトロメオの右手が伸びてきて、ユァンの顎の下にそっと添えられた。
ユァンは自分がいつの間にか立ち止まっていたことに気づく。
「なんでもありません……」
反射的にその手を避けて横を向いた。
悲しいわけじゃない。
けれどもなんだか、その話は嫌だと思った。
バルトロメオが何を思ったのか、こちらの表情を探るようにして言ってくる。
「実をいうと、俺から司教に頼んだんだ。どうせならアンタの下につきたいと言って」
「え……?」
「司教、相当渋ってたぞ? 大切なアンタにちょっかいを出されたくないらしい」
「そんなわけ……」
ユァンからしたらまったく見当違いな勘ぐりだ。
しかし眉をひそめてみせても、バルトロメオは言葉を撤回する様子もなかった。
「俺はそうだと思うがな。それかもしくは……」
彼の目が鈍く光る。
「アンタの口から、余計な情報が漏れることを嫌っているのかもしれない」
(余計な情報って……)
ユァンはパチパチとまばたきをした。
「……7時か」
バルトロメオが窓の外の時計台を見上げる。
「7時は朝食の時間です。食堂は、そこの階段から降りていって一階に……」
ユァンとしてはさっそく話題に困っていたところだ。
一時しのぎながらも行き先が決まってホッとする。
「では行こう」
同じ宗派の修道院は、どこも似たようなタイムスケジュールで動いている。
ユァンの言葉に、バルトロメオもそう戸惑うことなく従った。
「ところで、ユァンというのは洗礼名なのか?」
階下へ向かって下りながら、ふいにバルトロメオが聞いてくる。
2人分の足音が、カツンカツンと硬い階段に響いていた。
「はい、ユァンは洗礼名です」
ここでは皆が洗礼名で呼び合っている。
養護院の時からそうだから、本名を思い出すことはもうほとんどなかった。
「『ユァン』は福音という意味だよな。洒落た名前だ」
「バルトロメオは使徒の名前ですよね?」
「ああ、皮剥ぎの刑で殉死したやつだ」
彼は苦笑いで言って肩をすくめる。
「使徒のバルトロメオは、ミケランジェロの最後の審判にも出てくる。まあ裁かれるだろうな、俺も」
(……?)
教会の公式とする教義では、誰もが皆、死後、裁きに合うといっている。
自分だけ裁かれるみたいな言い方が、なんだか少し気になった。
「妙な因縁のある名前より、俺もアンタみたいな洒落た名前がよかった」
褒めてもらった礼を言うべきか、それとも彼の名前の方をフォローすべきなのか迷った末、ユァンは別の話をする。
「この名前はシプリアーノ司教が……。身寄りのない僕を拾ってくれたのは、シプリアーノ司教でしたから」
するとバルトロメオは、何か思案するように顎を撫でた。
「シプリアーノ司教か……」
「……え、司教がなんですか」
「いや、なるほどと思ってな」
(なるほど?)
「シプリアーノ司教は、相当アンタを気に入っていると見える」
「気に入って? そんなことは……」
付属の養護院に入りたての頃は、司教も何かと気にかけてくれていた。
けれど今はむしろ逆で、何の取り柄もない自分に失望しているのではないかとユァンは思っていた。
「どうしてそんな顔をする?」
バルトロメオの右手が伸びてきて、ユァンの顎の下にそっと添えられた。
ユァンは自分がいつの間にか立ち止まっていたことに気づく。
「なんでもありません……」
反射的にその手を避けて横を向いた。
悲しいわけじゃない。
けれどもなんだか、その話は嫌だと思った。
バルトロメオが何を思ったのか、こちらの表情を探るようにして言ってくる。
「実をいうと、俺から司教に頼んだんだ。どうせならアンタの下につきたいと言って」
「え……?」
「司教、相当渋ってたぞ? 大切なアンタにちょっかいを出されたくないらしい」
「そんなわけ……」
ユァンからしたらまったく見当違いな勘ぐりだ。
しかし眉をひそめてみせても、バルトロメオは言葉を撤回する様子もなかった。
「俺はそうだと思うがな。それかもしくは……」
彼の目が鈍く光る。
「アンタの口から、余計な情報が漏れることを嫌っているのかもしれない」
(余計な情報って……)
ユァンはパチパチとまばたきをした。
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