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最終章 罪と愛
第20話
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「ルカ……」
お互いに前屈みになり、2人の距離がほんの少し縮まった。
何を話せばいいのか。どこまでなら話しても大丈夫なのか。
ユァンはしばらく思案した上、遠巻きに事実を打ち明けた。
「一番の問題は、僕が過去を思い出せないことなんだ」
「過去……?」
「うん……。ここへ来たばかりの頃。年は10歳だった」
ルカの目が部屋の中をさまよった。
「参ったな、覚えてなかったのか」
「え……、どういうこと?」
ユァンはルカを見つめる。
「実は俺も10歳の頃、夏の間だけ親元を離れてここに。あの頃は修道院内に教会関係の子供を受け入れてたみたいで。だから俺はユァンのことを知ってた。敷地内で何度か見かけて、2、3度話をした程度だけどな」
「そうだったんだ……」
思いも寄らなかった事実にユァンは驚く。
「けど大人になったお前は、俺のことなんかこれっぽっちも覚えてなかった。10年以上前のことだし、俺は目立つタイプじゃないから忘れられてても仕方ないけどさ。名乗っても分からないものなのかなって、少し引っかかってはいた」
「それは……ごめん……」
ユァンは腰かけているベッドの上で、小さくならざるを得なかった。
「僕は昔から臆病で人と話すのが苦手だから。話しかけてもらって覚えてないなんて、自分でもおかしいと思う……。やっぱりその頃の記憶が、ごっそり消えてるとしか思えない」
「修道院にもらわれてくるって、子供にとって相当なことだぞ? ショックが大きくて当然だ」
ルカが慰めるように言った。
彼の言う通りかもしれない。けれども今、ユァンは忘れたままでいるわけにはいかなかった。
「僕は、思い出さなきゃいけないんだ。バルトのために」
「あいつのためにか……」
2人の間に、しばしの沈黙が落ちる。
ルカが重たい息を吐き出し、首を横に振った。
「あのなユァン、俺が思うに、思い出せないのには意味がある。つまりその頃の記憶は、思い出さない方がいいってことだ」
「でももう、そういうわけにはいかないんだ」
「あんなやつのために?」
「…………」
黙っていることが肯定だった。
「本当に馬鹿だよユァンは!」
ルカが来て、ユァンのベッドに片ひざを突く。
何をするのかと思えば彼は、ユァンをおもむろに抱きしめた。
「……ルカ?」
その胸が震えていることにユァンは驚く。
「ごめんユァン!」
「どうしてルカが謝るの……?」
「俺だって、ユァンのために何かしたいと思ってるのに……」
「そんな、もう十分してもらってるよ」
ユァンはルカの首に腕を回した。
彼の体は子供みたいにあったかい。
部屋の外から鐘の音が聞こえ、夜の祈りの時間がやってきた。
鐘の余韻が消えてから、ルカが口を開く。
「あの頃のことで、俺にひとつ言えることがある」
「……?」
「お前、あの頃は修道院長にべったりだっただろ」
「うん。養護院に入るまでは司教さまの部屋で寝泊まりしてたから。でも、それがどうしたの?」
ルカが意を決したように、胸のロザリオを握った。
「あの部屋に、鍵のかかったクロゼットがあるんだが……」
(クロゼット?)
確かにユァンも、あの部屋で南京錠のぶら下がったクロゼットを見た。
「俺はあそこの掃除を任されているから知ってる。司教は日々の出来事を日記に書き留めているが、古い日記はどこを探しても見当たらない。おそらくあのクロゼットの中だ」
(あ――!)
ユァンの中で、何かが繋がった気がした。
あそこに、知ってはいけない過去が封印されている。
「本当に思い出したいなら、ユァン、あのクロゼットを開けろ。鍵のありかは……」
「デスクの1番上の引き出しだ」
肩越しに、2人の声が重なった。
お互いに前屈みになり、2人の距離がほんの少し縮まった。
何を話せばいいのか。どこまでなら話しても大丈夫なのか。
ユァンはしばらく思案した上、遠巻きに事実を打ち明けた。
「一番の問題は、僕が過去を思い出せないことなんだ」
「過去……?」
「うん……。ここへ来たばかりの頃。年は10歳だった」
ルカの目が部屋の中をさまよった。
「参ったな、覚えてなかったのか」
「え……、どういうこと?」
ユァンはルカを見つめる。
「実は俺も10歳の頃、夏の間だけ親元を離れてここに。あの頃は修道院内に教会関係の子供を受け入れてたみたいで。だから俺はユァンのことを知ってた。敷地内で何度か見かけて、2、3度話をした程度だけどな」
「そうだったんだ……」
思いも寄らなかった事実にユァンは驚く。
「けど大人になったお前は、俺のことなんかこれっぽっちも覚えてなかった。10年以上前のことだし、俺は目立つタイプじゃないから忘れられてても仕方ないけどさ。名乗っても分からないものなのかなって、少し引っかかってはいた」
「それは……ごめん……」
ユァンは腰かけているベッドの上で、小さくならざるを得なかった。
「僕は昔から臆病で人と話すのが苦手だから。話しかけてもらって覚えてないなんて、自分でもおかしいと思う……。やっぱりその頃の記憶が、ごっそり消えてるとしか思えない」
「修道院にもらわれてくるって、子供にとって相当なことだぞ? ショックが大きくて当然だ」
ルカが慰めるように言った。
彼の言う通りかもしれない。けれども今、ユァンは忘れたままでいるわけにはいかなかった。
「僕は、思い出さなきゃいけないんだ。バルトのために」
「あいつのためにか……」
2人の間に、しばしの沈黙が落ちる。
ルカが重たい息を吐き出し、首を横に振った。
「あのなユァン、俺が思うに、思い出せないのには意味がある。つまりその頃の記憶は、思い出さない方がいいってことだ」
「でももう、そういうわけにはいかないんだ」
「あんなやつのために?」
「…………」
黙っていることが肯定だった。
「本当に馬鹿だよユァンは!」
ルカが来て、ユァンのベッドに片ひざを突く。
何をするのかと思えば彼は、ユァンをおもむろに抱きしめた。
「……ルカ?」
その胸が震えていることにユァンは驚く。
「ごめんユァン!」
「どうしてルカが謝るの……?」
「俺だって、ユァンのために何かしたいと思ってるのに……」
「そんな、もう十分してもらってるよ」
ユァンはルカの首に腕を回した。
彼の体は子供みたいにあったかい。
部屋の外から鐘の音が聞こえ、夜の祈りの時間がやってきた。
鐘の余韻が消えてから、ルカが口を開く。
「あの頃のことで、俺にひとつ言えることがある」
「……?」
「お前、あの頃は修道院長にべったりだっただろ」
「うん。養護院に入るまでは司教さまの部屋で寝泊まりしてたから。でも、それがどうしたの?」
ルカが意を決したように、胸のロザリオを握った。
「あの部屋に、鍵のかかったクロゼットがあるんだが……」
(クロゼット?)
確かにユァンも、あの部屋で南京錠のぶら下がったクロゼットを見た。
「俺はあそこの掃除を任されているから知ってる。司教は日々の出来事を日記に書き留めているが、古い日記はどこを探しても見当たらない。おそらくあのクロゼットの中だ」
(あ――!)
ユァンの中で、何かが繋がった気がした。
あそこに、知ってはいけない過去が封印されている。
「本当に思い出したいなら、ユァン、あのクロゼットを開けろ。鍵のありかは……」
「デスクの1番上の引き出しだ」
肩越しに、2人の声が重なった。
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