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親友の距離
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「たまには見てみたいな。玲一の酔ったとこ」
俺はテーブルの向かいにいる親友の顔を覗き込む。
すると彼は手元のメニューから顔を上げ、怪訝そうな目で俺を見た。
金曜午後七時。
都会の片隅にあるバルは、ステーキソースとワインの香り、それから落ち着いたミュージックに包まれている。
「俺が飲んだら誰が運転する」
向かいから、つれない返事が返ってきた。
店の裏手にあるパーキングには、俺たちの足であるこいつの車が停めてある。
「じゃあ俺が運転する」
「なんで俺だけ飲むんだ」
「だったら一緒に飲もう。酔いが覚めてから帰る、それでよくないか?」
「面倒くさいやつだな……」
ぼやきながらも玲一は、料理のほかにワインを1本注文した。
「やった、グラスはふたつお願いします!」
俺はウェイターに念押しする。
するとテーブルの向こうからはため息がひとつ。
「そんな嫌そうにしなくてもいいだろー」
「前にも話したが、俺は酒を飲むことにあまり前向きな価値を見いだせない」
そうなんだ。このお堅い親友は飲めないわけじゃないんだが、積極的には飲みたがらない。
特に今は大学の講師をしていることもあって、外で飲んで酔ったところを人に見られるのは得策じゃないと考えているんだ。
分かる気もするけれど、そんなんじゃ肩が凝らないのかと思ってしまう。
学生時代は、一緒にたくさん馬鹿なこともやったのに。
そういえばこいつの笑顔を、最近見ていない気がした。そこで俺はこの堅物を口説きにかかる。
「酒はコミュニケーションだ! それだけでも積極的な価値があるだろう」
「1人でも飲むくせに?」
「それはそれ! でも今はお前と飲みたいの! 飲んで本音を語り合う、みたいなの? たまにはいいじゃん」
「俺とお前に本音も建前もないだろう」
さも当たり前のように返される。
「だとしても、俺は、お前がわざわざ口にしない気持ちも聞きたいの」
運ばれてきた曇りのないグラスに、赤ワインを多めに注いで向かいの男に押しつけた。
それから30分後――。
ボトルが空になっても、玲一はネクタイも緩めず平気そうな顔をしていた。
「なんでだよー……」
俺は自分のより、向かいのグラスにたくさん注いでいたのにどういうことなのか。
せっせと飲ませて酔ってくれないんじゃつまらない。
「水もらおう」
玲一が気遣うような視線をこちらに向けた。
「もう1本いこうよ」
「ペース早いだろ」
「いやいや、俺ばっかり飲んでるみたいに言うなよ。ってかお前の摂取したアルコールはどこ行ったんだ」
「血中に。それから肝臓が徐々に分解してくれる」
「肝臓仕事しすぎだろー!」
思わず唾が飛んで、それから玲一がフッと笑った。
もう一度口へ運ぼうとしたグラスは空だった。口寂しい思いでいると……。
「てる、口開けっぱなし」
向かいから伸びてきた手に、顎を軽く押さえられた。
あいていたのはボトルとグラスだけじゃなかったらしい。
俺に触れた手は下唇をかすめて離れていく。
(なんだ? この空気は……)
玲一がおもむろにテーブルに両肘を突き、こちらに顔を寄せた。
「……何?」
「いや……」
黒いまつげの奥の瞳が、間接照明の光を受けて色めく。
「俺がどうして外で飲みたがらないか、分かるよな? お前のそういう顔、あまり人に見せたくないからだ」
囁く声が、普段にはないやわらかな響きを帯びていた。
顔色は変わらないけれど、こいつも酔っているんだなと理解する。
(あー……なんかこれ、面白い!)
気持ちが浮き足立つ。
「なあ玲一、ワイン注文しないなら、どっかほかで飲み直そう。俺、お前の隣に座りたい」
俺たちの間に四角いテーブルは要らない気がした。
「お前なあ。聞いてなかったのか? いま俺が言ったこと」
呆れ顔で言うけれど、なんだかんだでこいつは俺のワガママを聞いてくれる。俺はそれを知っていた。
午後七時半、週末の夜はこれからだ――。
俺はテーブルの向かいにいる親友の顔を覗き込む。
すると彼は手元のメニューから顔を上げ、怪訝そうな目で俺を見た。
金曜午後七時。
都会の片隅にあるバルは、ステーキソースとワインの香り、それから落ち着いたミュージックに包まれている。
「俺が飲んだら誰が運転する」
向かいから、つれない返事が返ってきた。
店の裏手にあるパーキングには、俺たちの足であるこいつの車が停めてある。
「じゃあ俺が運転する」
「なんで俺だけ飲むんだ」
「だったら一緒に飲もう。酔いが覚めてから帰る、それでよくないか?」
「面倒くさいやつだな……」
ぼやきながらも玲一は、料理のほかにワインを1本注文した。
「やった、グラスはふたつお願いします!」
俺はウェイターに念押しする。
するとテーブルの向こうからはため息がひとつ。
「そんな嫌そうにしなくてもいいだろー」
「前にも話したが、俺は酒を飲むことにあまり前向きな価値を見いだせない」
そうなんだ。このお堅い親友は飲めないわけじゃないんだが、積極的には飲みたがらない。
特に今は大学の講師をしていることもあって、外で飲んで酔ったところを人に見られるのは得策じゃないと考えているんだ。
分かる気もするけれど、そんなんじゃ肩が凝らないのかと思ってしまう。
学生時代は、一緒にたくさん馬鹿なこともやったのに。
そういえばこいつの笑顔を、最近見ていない気がした。そこで俺はこの堅物を口説きにかかる。
「酒はコミュニケーションだ! それだけでも積極的な価値があるだろう」
「1人でも飲むくせに?」
「それはそれ! でも今はお前と飲みたいの! 飲んで本音を語り合う、みたいなの? たまにはいいじゃん」
「俺とお前に本音も建前もないだろう」
さも当たり前のように返される。
「だとしても、俺は、お前がわざわざ口にしない気持ちも聞きたいの」
運ばれてきた曇りのないグラスに、赤ワインを多めに注いで向かいの男に押しつけた。
それから30分後――。
ボトルが空になっても、玲一はネクタイも緩めず平気そうな顔をしていた。
「なんでだよー……」
俺は自分のより、向かいのグラスにたくさん注いでいたのにどういうことなのか。
せっせと飲ませて酔ってくれないんじゃつまらない。
「水もらおう」
玲一が気遣うような視線をこちらに向けた。
「もう1本いこうよ」
「ペース早いだろ」
「いやいや、俺ばっかり飲んでるみたいに言うなよ。ってかお前の摂取したアルコールはどこ行ったんだ」
「血中に。それから肝臓が徐々に分解してくれる」
「肝臓仕事しすぎだろー!」
思わず唾が飛んで、それから玲一がフッと笑った。
もう一度口へ運ぼうとしたグラスは空だった。口寂しい思いでいると……。
「てる、口開けっぱなし」
向かいから伸びてきた手に、顎を軽く押さえられた。
あいていたのはボトルとグラスだけじゃなかったらしい。
俺に触れた手は下唇をかすめて離れていく。
(なんだ? この空気は……)
玲一がおもむろにテーブルに両肘を突き、こちらに顔を寄せた。
「……何?」
「いや……」
黒いまつげの奥の瞳が、間接照明の光を受けて色めく。
「俺がどうして外で飲みたがらないか、分かるよな? お前のそういう顔、あまり人に見せたくないからだ」
囁く声が、普段にはないやわらかな響きを帯びていた。
顔色は変わらないけれど、こいつも酔っているんだなと理解する。
(あー……なんかこれ、面白い!)
気持ちが浮き足立つ。
「なあ玲一、ワイン注文しないなら、どっかほかで飲み直そう。俺、お前の隣に座りたい」
俺たちの間に四角いテーブルは要らない気がした。
「お前なあ。聞いてなかったのか? いま俺が言ったこと」
呆れ顔で言うけれど、なんだかんだでこいつは俺のワガママを聞いてくれる。俺はそれを知っていた。
午後七時半、週末の夜はこれからだ――。
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