獣人アイスクリーム 獣人だらけの世界で人間のボクがとろとろにされちゃう話

谷村にじゅうえん

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19,ぼくにできること

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 週末はそのまま悪天候が続き、そして週明け。

「うっわー! まぶしっ」

 仕事が一段落してビーチに出た類は、抜けるような空の下で目を細める。
 ぬかるんだ砂が靴底につく。
 ビーチに人影はほとんどなかった。

「おー、類」
「……虎牙さん?」

 週末を一緒に過ごした恋人が、会社の駐車場から気だるげに手を振っていた。

「あれ、今日は……」

 普段ならベアマンバーのラッピングカーを出している時間だ。
 部長もビーチに下りてきて景色を見渡す。

「今日は無理だ。この感じじゃしばらくは人も来ないだろ」

 嵐で流されてきたゴミや流木が、ビーチに大量に打ち上げられていた。
 犬の散歩に出てきた人が、その惨状を見て引き返す。確かにゴミだらけのビーチに出るのは危ないだろうと類も思った。

「でも、いいんですか? ベアマンバーのサンプリング、まだやらなきゃなんですよね?」

 類は渋い顔をしている虎牙部長を見た。
 彼が肩をすくめてみせる。

「来週の試食会までにデータが取りたかったんだが……」
「試食会?」
「社の上層部も出席して、新しく発売するベアマンバーのフレーバーを決める」
「えっ、それってかなり重要なんじゃ?」

 サンプリングデータが足りないということは、せっかく開発した新フレーバーも、発売にこぎ着けるための説得力が足りないということにならないか。
 部長が大きく息をつく。

「まあな。けど、こんな状況じゃ仕方ない」

 彼はポケットに手を入れたり、髪を掻き回したりしながら海を見て、会社の方に戻っていった。

「“仕方ない”……」

 見ていた類も、困惑しながらその言葉を繰り返す。
 でも、本当に“仕方ない”んだろうか。

(ぼくにできることは……)

 何かしたかった。彼のために。そして会社のために。
 そこで類は、掃除用具の中からゴミばさみとゴミ袋を持ち出した。

(このビーチがキレイになれば、人が来てサンプリングができるはずだ!)

 たったひとり、ゴミばさみ一本でどうにかなるかといったら、焼け石に水なのかもしれないけれど……。でもきっと、何もしないよりはマシだ。
 類はそう思い定め、ゴミを拾い始めた。

 人のいないビーチに、嵐のあとの太陽が容赦なく照りつける。
 類は汗を拭き水を飲んで、時間の許す限りゴミを拾い続けた。

(腰痛っ……。頑張ったのに、まだこれだけだ……)

 しばらくして、類は途方に暮れながら周囲を見渡す。大きなゴミ袋3つ分も拾ったのに、ビーチの景色ははじめとほとんど変わらなかった。
 なんだかめげてしまいそうだ。

「おーい、類っちー! 何してるんだー?」

 営業先から戻ってきたんだろう、冬夜が道路脇に社用車を停め、ガードレール越しに声をかけてきた。

「犬束さん……。見ての通り、ビーチのゴミ拾いです」

 類はTシャツのそでで汗を拭きながら答える。

「ビーチって、まさかここ全部? ひとりで!? さすがに無理だろー!」
「そう思うなら手伝ってくださいよ……」

 無理と言われて、類もちょっとムッとした。

「いやいやいや、いくら類っちの頼みでもさー。ほら、オイラはスーツだし!」

 ガードレールに寄りかかっている冬夜がビーチに下りてくる気配はない。

「ならスーツ、脱いでくれば?」
「んー、脱ぐならビーチじゃなくて風呂がいいなー。そうだ、そうしよう! 類っち、ゴミ拾いより、ふたりでどっかイイトコ行こ?」

 尻尾をパタパタ振りながら言われた。

「行きません」
「行こうよー!」
「行きませんって」

 類も汗だくだけれども、今は冬夜とお風呂でキャッキャウフフしている場合じゃない。

「あー、想像したらテンション上がってきた!」

 何を想像しているのか、冬夜の尻尾が回転速度を上げている。
 そして跳びはねるようにしてビーチへ下りてきたはいいが……。

「えっ、ちょっと!?」

 冬夜に飛びつかれ、類は濡れた砂の上に尻もちをつくことになった。

「うわ、もう、何するんですかー……」

 ズボンのお尻がドロドロだ。

「にゃはは! どうせこれから一緒に風呂入るからいいだろー」
「ぼくはゴミ拾いで忙しいんで、お風呂入ってるヒマはないんです!」
「類っちは案外ガンコだなー」
「っていうか、どいてくれません?」

 けれど冬夜がどいてくれる気配はなかった。基本的にマウントポジションが好きみたいだ。

「そんなところで何を騒いでるんですか!」

(……え?)

 今度は別の方向から声が聞こえてきた。

「げ、帝サン!!」

 類の上に乗っていた冬夜がさっと離れる。
 帝は怒り心頭の表情でツカツカと歩み寄ってきた。革靴が汚れるのにも躊躇ちゅうちょする様子はない。

「はー。探しても見当たらないと思ったら……。類さん、あなたの持ち場はここですか!?」
「いえ、でも……社内の掃除は終わったし、ビーチの掃除もした方がいいと思って……」

 類は帝の勢いに押されながらも、口の中でモゴモゴと反論する。

「は、なんですか? 聞こえません!」
「ビーチに人が来なくて、開発部で新商品のサンプリングができないみたいだったので……。だから、手の空いたぼくが掃除を……」
「…………」

 帝の視線が、類が手にぶら下げているゴミ袋へ向いた。
 それから彼は大きなため息をつく。

「類さん、それはアナタの仕事ではありません」
「でも、ぼくは……みんなのために、役に立つことがしたくて……」
「………………」

 帝は眉間にしわを寄せたまま何も言わない。
 類の中で別の自分が、そんなのは自己満足だと言って笑った。
 確かに自己満足かもしれない。でも何かしたい。この手でしたいんだ。

「ぼくは……」
「類っち……」

 冬夜が気遣わしげな目を向けた。
 そんな時、ビーチに地鳴りのようなモーター音が響く。

「……え?」

 類が驚き振り向いて見ると、それは熊手のようなアームを持った、大きな重機だった。
 それがビーチの端からゴミをさらうようにして押してくる。

「何あれ……」
「行政の清掃車です。私が役所に電話しました」

 帝が淡々と説明した。
 類は愕然とする。

「ですから、ビーチの掃除はあなたの仕事ではないと」
「………………」

 言葉がなかった。
 冬夜が横から肩を叩く。

「まあ類っち、元気出せよ。オイラと風呂入りに行こ?」
「あ……」

 ダメだ、徒労感に涙が出そうだ。
 夕陽を背負った清掃車が、ゴーッと音を立てて類の目の前を通過する。自分のバカさ加減に気づき、前向きになりかけた気持ちがへし折られてしまった。
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