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遭遇
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(覚悟はしていたけど、まさかこんなに多いなんて………)
桶何杯分もの着物の山に加恵を含め5人の女中が奮闘している最中。半日がかりで全てを洗い、
日の出ているうちに干さなければならないため
時間との勝負。
手際の良さが何よりも求められた。
ここはさながら戦場のようである。
手が水の冷たさで感覚が無くなってきたかという頃、
遠くで五つ半(午前9時)を知らせる鐘が鳴った。
その直後加恵は腰を上げた。
「すみません。残った着物の回収に向かうので
席をはずします。」
「いやいや、いつもありがとさん。」
「いってらっしゃい。」
早朝時は前日隊士が着ていた着物を、
そしてこの時間は朝の稽古で汚れた着物を回収する。
大抵こういう時は加恵が廻るようになっていた。
というのも5人のうちで1番力持ち、かつ足が速いからである。
清楚で可憐な容姿とは裏腹に加恵はなかなか逞しい
女子でもあった。
少し前までは苦しい生活のため身体が衰弱ぎみである ことが常だったが、
住み込みで蔵山に対して身の安全が確保されたことへの安心感、また3食をしっかり食べれていることで
今や加恵はすっかり健康体だ。
また元々薙刀の稽古を嗜んでいたことから度胸があり
粗っぽい隊士への扱いも長けている。
それで今も隊士に対しておっかなびっくりでなかなか
近寄れない女中に代わって加恵が行く、
というわけである。
桶を両腕で抱えて境内を早歩きしながら縁側を見た。
と、物干し棹が立てられているのが見えた。
全くシワがない。
隊士にも綺麗好きがいたんだと思っていると
不意に視線を感じ、加恵は振り返りーー瞠目した。
「あっ…………」
あまりに突然のことで声が出せない。
斎藤が立っていた。
暫く沈黙した後、斎藤はポツリと一言、
「あんた、ここの女中になったのか。」
と洩らした。
「ああ、はい。その節はお世話になりました。
ありがとうございました。」
きちんと礼を言えたことに加恵は安堵した。
ずっとこの一言を直接言いたかったのだ。
そうして深々と頭を下げると斎藤は
「礼はいらぬ。」
そう言うと背を向け、歩きだした。
慌てて加恵が後を追おうとするとぴたり、と足を止めた。そして再び徐に口を開いた。
顔は前を向いたままである。
「いいか。俺とあんたが知り合いであることは他言無用だ。」
「えっ………何故?」
そう問い返した加恵の言葉には応えず、
斎藤さんは去って行ってしまった。
桶何杯分もの着物の山に加恵を含め5人の女中が奮闘している最中。半日がかりで全てを洗い、
日の出ているうちに干さなければならないため
時間との勝負。
手際の良さが何よりも求められた。
ここはさながら戦場のようである。
手が水の冷たさで感覚が無くなってきたかという頃、
遠くで五つ半(午前9時)を知らせる鐘が鳴った。
その直後加恵は腰を上げた。
「すみません。残った着物の回収に向かうので
席をはずします。」
「いやいや、いつもありがとさん。」
「いってらっしゃい。」
早朝時は前日隊士が着ていた着物を、
そしてこの時間は朝の稽古で汚れた着物を回収する。
大抵こういう時は加恵が廻るようになっていた。
というのも5人のうちで1番力持ち、かつ足が速いからである。
清楚で可憐な容姿とは裏腹に加恵はなかなか逞しい
女子でもあった。
少し前までは苦しい生活のため身体が衰弱ぎみである ことが常だったが、
住み込みで蔵山に対して身の安全が確保されたことへの安心感、また3食をしっかり食べれていることで
今や加恵はすっかり健康体だ。
また元々薙刀の稽古を嗜んでいたことから度胸があり
粗っぽい隊士への扱いも長けている。
それで今も隊士に対しておっかなびっくりでなかなか
近寄れない女中に代わって加恵が行く、
というわけである。
桶を両腕で抱えて境内を早歩きしながら縁側を見た。
と、物干し棹が立てられているのが見えた。
全くシワがない。
隊士にも綺麗好きがいたんだと思っていると
不意に視線を感じ、加恵は振り返りーー瞠目した。
「あっ…………」
あまりに突然のことで声が出せない。
斎藤が立っていた。
暫く沈黙した後、斎藤はポツリと一言、
「あんた、ここの女中になったのか。」
と洩らした。
「ああ、はい。その節はお世話になりました。
ありがとうございました。」
きちんと礼を言えたことに加恵は安堵した。
ずっとこの一言を直接言いたかったのだ。
そうして深々と頭を下げると斎藤は
「礼はいらぬ。」
そう言うと背を向け、歩きだした。
慌てて加恵が後を追おうとするとぴたり、と足を止めた。そして再び徐に口を開いた。
顔は前を向いたままである。
「いいか。俺とあんたが知り合いであることは他言無用だ。」
「えっ………何故?」
そう問い返した加恵の言葉には応えず、
斎藤さんは去って行ってしまった。
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