小料理屋のおかみ・ヨシコの事件簿

ヨシコ登場

「ふぅ、今日も暑いわねぇ。まだビールがたくさん出るかしら。どう思う？之さん」
　9月になったというのにまだまだ連日35℃超えの日が続いている。ヨシコは小料理屋のおかみだ。おかみになって20年弱。今では多くの常連で賑わうその店の料理人はヨシコの夫・之だ。話しを振られた之はヨシコの方をチラと見て頷いた。之はこの調子で無口なので、店の切り盛りはヨシコ頼みだ。
「もう、之さんは！ちょっと買い物に行ってくるわね」話さない之に拗ねたフリをして、ヨシコは買い物に出る準備をする。それを見守っていた之は、ヨシコの背中に向けて小さく「気を付けて」と声を掛ける。ヨシコは振り返らずに手を振って応えた。之は店の奥で仕込みの続きをするのだった。

　ヨシコと之の店は「風あかり」という。小料理屋ではあるが、客のリクエスト次第で割と何でも作る。気取った店ではないが、落ち着いた客の多い店だ。それには2人の年齢もあるだろうが、之の経歴とそこからくる常連の存在も大きいだろう。之は元々刑事をしていた。優秀な刑事だったが、ある事件の捜査中に脚を撃たれて怪我をした。日常生活に支障はないがヨシコと将来について話し合った結果、刑事を引退した。ヨシコと之は元々客と店員の関係だった。
ヨシコと之の出会いはクラブだった。酒が得意でない之が、当時の上司に半ば無理矢理連れて行かれた先がヨシコの勤務先だったのだ。ヨシコは之が酒が得意出ないことをすぐに察して色々と気配りをした。そしてお互いが好きな小説の話で意気投合し、また店にくると之が言ったとき、
「でも、お酒は苦手でしょう？こちらに連絡を下さいな」
そう言って差し出したクラブの物ではない名刺に書かれていたのは探偵事務所の名前だった。