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序章

死亡 〜別れは突然に〜

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「今日は久しぶりにお兄ちゃんに会えるー!! やったあ! うれしすぎる! ほんっとに元気でる! でも、急にどうしたんだろう。相談って何かな。近々彼女が出来ちゃうとか!? ううう、そうだったらやだなー」


* * * 


 私には腹違いの兄がいる。そのことをお父さんから聞かされたのは、私がまだ小学校1年生のとき。

お父さんは重い病気で半年くらい病院に入院していて、学校が終わるとお母さんと一緒に、いつもお父さんの病室に行くのが日課だった。

 お見舞いにはたくさんの人が来ていたけれど、時々私と同じくらいの男の子が女性に手を引かれ訪ねてくることがあった。何を話しているのかは分からなったけど、その男の子が帰る頃には、いつも泣き出していたのを覚えている。

 そしてある日、お父さんが「あの男の子の名前はルノって言うんだよ。ルノは 杏奈あんなのお兄ちゃんだから、今度来たらちゃんと自己紹介するんだよ」と言い残し、そのまま帰らぬ人となった。

 それから私はお母さんと2人暮らしになったけれど、ルノが毎日のように自転車で私のお家に来てくれて、一緒に過ごした。

 ルノは、私がいつも笑っていられるように、道を迷うわないように、転んでケガをしないように、私のことを気にかけてくれた。お父さんがいなくなって辛かった私にとって、ルノといる時間はとても幸せだった。

 お父さんが他界した翌年、お母さんも後を追うように亡くなった。原因は過労によるものだ。

 私が8歳の時に私と同じ年齢の娘、恵美梨えみりがいるということでお母さんの姉夫婦に引き取られることになり、お兄ちゃんの住んでいる町から電車で1時間ほど離れた町に引っ越すことになった。

 姉夫婦はとても優しくて私を自分の娘のように可愛がってくれたが、その日から恵美梨によるいじめの日々が始まったのだ。

 初めは無視をする程度だったけれど、次第にエスカレートしていき、食器の片付けや家中の掃除、買い物はもちろん、学校までのカバン持ち、宿題も全部やらされていた。

 嫌なそぶりを見せるとお腹や背中だけを殴られたし、蹴られた。決して姉夫婦には見せないようにして、恵美梨は良い子を演じていたのだ。

 恵美梨によるいじめの日々は5年間も続いた。その5年間で私が反抗したのは一度だけ。

 私と恵美梨が中学校に進学した時に、姉夫婦は恵美梨と私に新しい制服を買ってくれた。本当の娘でもないのに、憧れていた制服まで買ってもらえたと私はとても喜んだ。両親が生きていれば私の制服姿を見せたかった。それくらい制服は私にとって特別なもの。

 制服を買ってもらった翌日、私が制服を探しているとどこにも見つからなかった。嫌な予感がしたので恵美梨に聞いたが、彼女はいつものように私のことを無視している。家中を探しても見つからず、家の外に出て探していると、外のゴミ捨て場に捨てられていたのだ。

 私は恵美梨に対する怒りが我慢できず、そのまま家の中に走っていき、泣きながら恵美梨を問いつめた。それでも恵美梨は何も言わないため、我慢のできなくたった私は恵美梨の頬を叩こうとしたのだ。しかしその瞬間、恵美梨が私の首を掴み私を壁に押さえつけ、こう言い放った。

「殺したいくらい憎いなら、私が寝てる時にいつでも来たらいい。返り討ちにするから」

 私は何度も自分の人生を恨んだ。
 
何で私だけがこんな辛い人生を歩まなければいけないのか。他の女の子は好きなものを買って、友達と遊んで、習い事をして、好きな人と一緒に過ごしているのに。私にはどれもできなかった。何度も死にたいと考えた。

 そんな私を救ってくれたのが、私のお兄ちゃん。

 中学校入学の日、お兄ちゃんが来てくれたのだ。お兄ちゃんとは5年も会っていなかったけど、いつもお兄ちゃんの写真を見ていたからすぐに分かった。あの時の優しいお兄ちゃんのまま。

 涙が止まらなくて、声も出せなくて、ただ泣いてばかりの私を、お兄ちゃんは「大丈夫」と言って、頭を撫で続けてくれた。

 私はお兄ちゃんとたくさん話をした。

 別れ際、中学生になるからと姉夫婦に買ってもらったスマホを思い出し、お兄ちゃんと連絡先を交換した。電話帳に初めて登録したのはお兄ちゃんの名前「 三鷹みたかルノ」だ。

 あの日以来、お兄ちゃんとは毎日メッセージをしている。時には朝まで無料通話アプリを使って話すこともある。

 恵美梨にいじめられて辛い時でも、お兄ちゃんが「大丈夫」と言ってくれたら全てが吹き飛んでいくような気がした。

「えー! やっちゃった。遅れてるんやけどー。やばいやばい、お兄ちゃんに会うからって朝から髪切りに行ったのに。ううう……あの美容師さん、他のきれいなお客さんとばっか話して、私の髪切ってくれないし……」

 約束の交差点で待っていると、反対側にお兄ちゃんを見つけた。

「あ、いた! お兄ちゃ~んっ!」

 ――あっ、気づいた! ほんっと、いつもお兄ちゃん恥ずかしそうにしてるなー。周りなんて気にしなくていいのに!

 信号が変わりお兄ちゃんが横断歩道を渡りこっちに向かって歩いている時だった。お兄ちゃんの目の前を歩いてた女の子が転んだので、お兄ちゃんが女の子の脇腹を抱え起こしてあげた。

 ――やっぱ、お兄ちゃんは優しすぎる優しすぎる!

 その時、お兄ちゃんの左後ろから信号を無視して暴走した1台の車が、歩行者をはねながらお兄ちゃんに向かって突っ込んで来た。

「危ない!」私がそう叫んだ瞬間から全てがスローモションに感じた。私のその声がお兄ちゃんに届いたのかは分からない。けれど、お兄ちゃんは後ろを振り向いて車を確認すると、すぐに女の子を抱えて私の方に走り出した。

 運転手の顔を見ると、一点に前だけを見つめていて、方向を変える素振りもない。「お兄ちゃん、早く! 早く! こっちに来て!」そう心の中で、何度も何度も叫んだ。

 お兄ちゃんは女の子を抱えたまま横断歩道を渡りきり、倒れそうになりながら私の顔を見つめていた。その後ろからは車が近づいてくる。

 その時「ごめん、杏奈」とお兄ちゃんは言った。そして、女の子を街路樹の中に投げるように押し倒し、車に轢かれたのだ。そして悲しむ間も無く、車は私のもとへ突っ込んできた。

 薄れていく意識の中、声が聞こえた。

 誰かが、私を呼んでいる。お兄ちゃん……。お兄ちゃん、私死にたくないよ。お兄ちゃんと一緒にいたい……。もっといっぱい話たいこと、行きたいところあるのに……。お兄ちゃん――……。

 目が覚めると、私は眩い星が見える、空飛ぶ島の上にいた。

「あれ、私車に轢かれたはずなのに……。ここは一体。……そうだ、お兄ちゃんは……」
「初めまして。杏奈さん」

 振り返ると、とても綺麗なお姉さんが立っていた。

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