上 下
3 / 15
王都への道中編

私も商品

しおりを挟む
 眩しい道を抜けると私は見知らぬ場所にいた。目の前には大きな湖と木々が生い茂っていて、湖の向こうには小さな山がある。

「ままままままって!? すごいすごいっ! めっちゃすごいよー!! ここがアレルガルドだよね!? 私、本当に違う世界に来たんだけど! お兄ちゃんもい――」


 ――あ、良かった。ちゃんと、お兄ちゃんのこと覚えてる……。 


「ダメだダメだダメだー! 私、頑張るって決めたんだから! うんっ、頑張る! あっ、そういえば私の顔…… どうしよう。見たほうがいい? いいよね? はあああ、緊張するー!」

 私は湖の方へ歩いていき、恐る恐る湖を覗き込んだ。

「えぇー!! これがわたし!? かわいいかわいいかわいすぎる! 目もぱっちりだし、マスカラ無しでこのボリューム! 髪も……。えっ、長い。それに、すごいサラサラで綺麗。この色ってシルバーアッシュかな。あれ、なにこれ……」

 私は、長く綺麗な髪のなかに、感じたことのない感触をみつけた。

「これってもしかして……。耳だあああ! すごぉい、おっきいいいー!! 私、ほんとにエルフになったんだぁ。神だよっ、神! めっちゃ可愛いエルフじゃん! 神様ありがとう!」


「おい、エルフのお嬢ちゃん。こんなところでなにしてんだい」
「えっ」

 振り返ると、人間のおじさんがいた。

 私に声をかけてきたのは、貿易商をしているというブリストル・コルストンだった。獣人の国やエルフの国、それ以外の国で採れる珍しい宝石や工芸品などを、この先にあるバスタリシア王国の王都で販売しているそうだ。また、王都でしか手に入らないポーションや衣類、武器などを仕入れ、他国へ販売していると言っていた。

「そうなんですかぁ! いいなぁ。私もいろいろな国に行ってみたいです」
「ところで、お嬢ちゃんはどうしてこんなところで、ひとりでいるんだい?」

 ――あっ、どうしよう。本当のことを言ったらマズいよね、きっと。

「実は、エルフの国へ行く途中でして……あはは」
「エルフの国って、どうやって行くつもりなんだい。まさかその年で、転移魔法でも使えるのか?」
「えっ、いやいや。そんなこと出来ませんよ。ちょうど今、どうやって行こうか考えていたところでして……」
「考えていたって、一体どこから来たんだ?」
「えっ、その……それは……」
「すまねぇ、すまねぇ。聞きすぎるのは良くないな! どうだい、お嬢ちゃんさえ良ければ俺が連れてってやるよ」
「えっ、いいんですか!?」
「あぁ。貿易商やっていると仕事柄いろんな人を見んだけど、お嬢ちゃんは悪い人じゃなさそうだしな」
「ありがとうございます!」

 ――良かったぁぁー!! きっと神様が私を心配してくれて、コルストンさんに会わせてくれたのかな……ふふふ。

 コルストンさんの「野猪車やちょしゃ」が林の向こうにあるというので歩いていくと、大きな猪が木で出来た車につながっていた。野猪車って言うからなにかと思ったけど、重い荷物を引っぱるときは、馬よりも力が強い動物を使って、移動手段にしているらしい。

「す、すごいですね。でもこれって安全なんですよね?」
『心配すんなっ! 馬みてえに言うこと聞かねえから、コイツらとは「使役しえきの契約」をしてるからな。そうだ、お嬢ちゃん腹減ってないのか? もし減ってんなら積荷のなか見てみな』
「えっ、いいんですか? やったぁ!」

 私は積荷の中を見ようと、結ばれていた紐を解いて、覆っていた布を開いた。

 すると積荷の中には、いくつもの檻があって、動物のような耳のついた子ども、身体の一部に毛が生えた子ども。そして、私と同じ大きな耳のついた子どももいた。

「えっ、なに……。これ――……」

 何年も何年も使われたような鉄の檻、子どもたちの怯えた目、子どもたちの首についた鉄の輪とその先についた鈴、洋服とも言えない汚い布切れ一枚でできた服。

 時間にするとわずか一瞬だったかもしれない。でも、私の頭はこれまでに経験したことないほどのスピードで、私を落ち着かせる、納得させる答えを探したけれど、見つからなかった。

 ――きっと、この人達が商品なんだ……。

その時「ドンッ」という鈍い衝撃と、何かが「ぐしゃっ」っと潰れるような音が、私の頭の中に響いた。


しおりを挟む

処理中です...