上 下
11 / 15
王都への道中編

亜人と枯れない涙

しおりを挟む
(……あれから、4日)

 私たちを乗せた野猪車は、日中の移動と夜間の休憩を繰り返し、ただひたすらに走り続けた。一日のほぼ全てを狭い檻の中で過ごす私にとって、それは退屈で、望みの絶たれた代わり映えがしない毎日。

(お風呂……。入りたい……)

 ◆

 昨日、リータに手を引かれ、新しい子どもが檻の中に入れられた。まだ7、8歳の男の子だ。獣人でも、エルフでもなく、黒い髪に黒い瞳は、私が見慣れた人間の子どもだった。

 男の子は、荷台に乗り込む前から泣いていて、檻の中に入れられたあとも泣き止むことはなかった。一夜明け、今は泣き疲れたのかぐっすりと眠っている。

(こうやっていろいろな場所で、子ども達を仕入れているんだ。あいつは……)

 その時、コルストンが「おいっ、リータ。準備しろ」と大声で呼びかける。するとリータは「はい」と返事をし、檻から出て荷台の後方に移動した。

 そして野猪車は、徐々にその速度を落としていく。

 すると、次第に外からは人の声が聞こえるようになった。どうやら、このあたりには人が多くいるようだ。

(もしかして、目的地に着くのかな……)

 私は、身体を起こして膝を抱えるようにして座った。周りでは他の子ども達も起き出し、同じように外の様子を気にし始め、落ち着かない様子だ。

 野猪車が、いつでも停まれるほどの速度になった時「おいっ! こっちだ! こっちに寄れ」と男の人の呼びかける声が聞こえた。

「よぉおおし! よぉおおおおおし! 止まれ、止まれー!」

 コルストンが大きな声で指示を出すと、野猪車は停止した。

(一体、なんだろう……。停められたみたいだったけど……。もしかして、検問……? もしそうだとしたら……)

 しばらくすると、荷台の横から複数の足音が聞こえた。

『おい、お前。「登録証」と「商業登録証明書」を見せろ』

「はい、こちらです」

 大きな声で野猪車を停めた男の人と、コルストンが後方へ向かって歩きながら話している。

「ところで、あの……。アクセルさんはいらっしゃらないんですか?」

「あぁ? いないな。それより、荷台の中身はなんだ」

「ええ。亜人ですよ、亜人」

「……亜人? 申請は終わっているのか?」

「はい。終わっているのもいますが……、ここで申請させていただく亜人もいます」

 二人は荷台の後方で話しをしている。その間を隔てているのは――1枚の布。

(声さえ出せたら……。「助けて」と言えたのに……)

 リータに目をやると、以前と同じ表情だった。私が助けを求めようとして、大きな音を鳴らそうとした――あの時と。あの眼を見ていると、怒り、逃げたいという思い、その他全ての感情を失ってしまいそうだ。

「中。確認するから開けてくれ」

 外にいる男の人がそう言った。

(――ッ! やった! これで! これで、私達のことに気付いてもらえる!)

「はい、分かりました。少し、お待ち下さい」

 コルストンが返事をし、覆われていた布の紐を解いている。

(助かるかもしれない。 私、助かるかもしれない――……!)

 ゆっくりと布が開くと、そこにはコルストンと、体格のいい鎧を着た男の人が立っていた。

(人だ。……私、助かる……)

 その瞬間、もう涙なんて出ないと思っていた私の目からは涙が溢れ出し、リータやコルストンの前だということは、どうでもよくなっていた。

 私は両手で檻を掴み、その人の顔を見る。私の知っている「人」だ。そして、自然と私の口は「おねがい、たすけて。おねがい、たすけて」と声も出ないのに、何度も何度も叫び続けた。

 私の無言の訴えに気付いたのか、男の人がその視線を私に向ける。

(そう! 私は掴まったの! その男に掴まったの! ……お願い! 助け――)
「――おい、何だその顔は。こっちを見るんじゃねえ」

(え――……)

「チッ。くっせーな。ちゃんと洗っておけ。おい、さっさと申請書の一覧を見せろ。一体、何人いるんだ」

(この人……。今……なんて……)

「はい。こちらです。……あ、アクセルの旦那!」

 涙で滲んだ私の視界に、鎧を着た別の男の人が現れた。

しおりを挟む

処理中です...