【外伝】 白雪姫症候群 ースノーホワイト・シンドロームー

しらす丼

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第1章 新人編

第3話ー⑪ 異変

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 優香が階段を上り進めると、上の階でスライム少年が待っていた。

「驚いた。もっと上の方で震えながら待っていると思ったんだけど」

 優香は目の前に立つスライム使いの少年に、挑発するようにそう告げた。

 すると、少年は見透かしたように笑い出す。


「ふふふ……あはははは! お姉さん、強がるのは良しなよ。僕はわかっているんだよ。お姉さんが今、何を思っているかも、何を恐れているのかもね。ねえ楽になろうよ。僕に心を預けたら、お姉さんの悩みなんてなかったことにできる」

「……残念だけど、それはお断りだよ。確かに今は苦しいし辛いけど、それを一緒に背負ってくれる人がいてくれる。だから私は、今をしっかりと受け止めて生きていくって決めたんだよ!」

「……はあ。そう。じゃあもういいよ。あーあ。せっかくお姉さんは優しく心を壊してやろうって思ったのに。……後悔してももう遅いからね」


 そして少年は左手を前に出すと、その手で何かを握り潰すようなしぐさをした。

 何をしたの――?

 そう思ったのと同時に、優香は自分の胸の奥で何か熱いものを感じたのだった。

「な、何、これ……」

 そして再び聞こえる幻聴。

『あんたなんかいらないのよ!』『なんであんたなんて、産んじゃったんだろうね』『あんたさえいなければ、私はこんな思いをせずに済んだのに……』

「この声、お母さん……?」

 お母さん……なんでそんなことを言うの。私はお母さんのためにたくさん頑張ったのに、それなのになんで――。

 そして目の前には、あの日の母の死体があった。

「お母さん……?」

 優香は自分の冷たくなった頬に、温かいものが伝うのを感じた。

 すると急に鼓動が早くなり、胸の奥を強くつかまれているような感覚が襲う。

「い、きが、できない……」

 呼吸の仕方がわからない。動悸がする。冷や汗が止まらない……。あれ、私って……なんで生きているの?

 その場に膝をつく優香。そしてそれを見た少年は、不敵な笑みを浮かべる。

「さようなら、お姉さん」

 そう言って優香の顔を覗き込む少年。

 優香は震える身体を抱え、必死に何かを抑えようとするが、それでもその何かを抑えられなかった。

 私の中から、何かが出てこようとしている。ダメ……このままじゃ、私は私じゃなくなる……。帰って、来られなくなる……。約束したのに……ごめんね、キリヤ君――。

 優香の意識はそこで途切れたのだった。


 ***


 動かなくなった優香の顔を楽しそうに見つめる少年。

「ああ、なんていい顔をするんだろうね。心を失った人の顔って、なんでこんなに見ていて飽きないんだろう。ふふふ……」

 優香の瞳に光はなく、まるで人形のようだった。

「さて、じゃあ今度は下にいるお兄さんを――」

 少年は立ち上がると、今度は下の階にいるキリヤの元に向かうために階段の方へ歩き出した。

 上機嫌で歩き出した少年だったが、自分の胸に熱いものを感じてその方に視線を向けると、自分の胸に黒く細長いものが突き刺さっていることを知った。

「う……」

 少年は吐血し、胸に刺さった黒く細長いものを見つめていた。

「は? これ、は……?」

 それから少年がゆっくりと顔を後ろに向けると、そこには真っ黒で大きな蜘蛛の姿があり、そこから伸びる脚が自分に刺さっている黒く細長いものだということを認識する。

「あはは……もしかして、さっきのお姉さんなのかな。……そんな気持ち悪い能力なんて、聞いてないんだけど」

 スライム少年は朦朧とする意識の中で、大きな蜘蛛にそう告げた。

 そして大蜘蛛はスライム少年に突き刺していた自分の脚を引っこ抜く。するとそこから大量の血液が噴き出し、少年はゆっくりと倒れた。

 大蜘蛛は倒れたスライム少年の近くまでよると、今度は頭や足、腕などを容赦なく突き刺す。差されるたびにその反動で少年の身体は少しだけ浮き上がるが、少年が動くことはなかった。そして少年だったその物体の周りには、大きな血だまりができていた。

 その血だまりに脚を入れ、少年に息がないことを悟った大蜘蛛は動きを止める。

 そしてその沈黙する空間に響く、足音――

「優香! 操られていた人が急に動かなくなって!! だから助け……に――」

 血だまりの中に倒れている少年の面影を残す物体と真っ黒の大きな蜘蛛。

 急いでやってきたキリヤは目の前に広がっている光景を見て驚愕していた。

 それからキリヤは大蜘蛛の方を見て、

「もしかして、優香なの……?」

 そう告げたのだった。


 ***


『これ以上は、もうやめてよ……』

 優香は目の前で自分の脚でくし刺しにされる少年を見ながら、自分にそう言い聞かせた。

 しかし優香は蜘蛛化した自分を止めることができず、少年がヒトのカタチを失っていくのを見ていることしかできなかった。

 私の中にいる蜘蛛がまた勝手に暴れている。そうか。私の能力は今、暴走しているのか――。

 優香はヒトのカタチを失った少年を見ながら、それを察した。

 そして聞こえる足音。そこに現れたキリヤは、自分と少年の無残な姿を見て驚いていた。

『そりゃ驚くよね。こんな状況、予想できるはずなんてないんだもん』

「もしかして、優香なの……?」

 キリヤは恐る恐る優香にそう問いかける。

『そうだよ、優香だよ』

 しかしその言葉はキリヤには届かない。

『今の私は無差別に人を殺すバケモノだ。このままじゃ、キリヤ君も――』

 優香がキリヤに聞えない声でそんなことを呟いていると、キリヤは静かに優香へ近づく。

「優香、返事をして? 僕だよ。キリヤだよ……」

 そう言ってキリヤは心配そうな表情で優香に歩み寄る。

『やめて、来ないで……』

 優香はそう願った。彼を傷つけたくない。彼を失いたくないんだ――と。

『バケモノ……』『誰もあんたのことなんて、好きになるわけない』

 そして再び聞こえる幻聴。

 スライム少年はもういないはずなのに、なんで――。

 そしてキリヤは優香の前にやってきて、ゆっくりと膝をつく。

 拒絶される、キリヤ君に……。気持ち悪いって、バケモノだって……。本当の姿なんて見せたくなかったのに――。

 そしてキリヤは右手で、蜘蛛化した優香の身体に触れると優しくなでた。

「これが君の本当の能力だったんだね。……こんなにすごい能力があるなら、早く教えてよ」

『え……?』

「優香はこの能力を誰にも知られないように、必死だったんだね。辛かったでしょ? 本当の自分を受け入れてもらえないってさ。大丈夫。僕は君を受け入れる。ちゃんと君のことを見ているし、これからも隣にいる。だから優香、戻ってきて」

 そう言って微笑むキリヤ。

 彼の優しい言葉がとても嬉しかった。私の能力を見た人はひどく怯え、そして泣き叫んでいた。バケモノだって、指をさされたことだって――。

 そして優香はキリヤの顔を見つめる。

 でも彼は違う。こんな私でもちゃんと一人の人間として、仲間として、友人として見てくれている。私の近くには、こんな素敵な人がいてくれたんだね――。

 それから優香は元の姿に戻った。

「あり、がとう……」

 優香はキリヤの顔を見てそれだけ告げると、そのまま目を閉じて眠りについた。

「優香!! ねえ、優香――」

 優香の薄れゆく意識の中で聞こえるキリヤの声は、朝日の差し込み始めるビルの中に響き渡っていた。
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