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第1章 始まり

第1話ー⑤ 出会い

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「キリヤ、お前!! 俺まで巻き添えになるところだっただろうが!!」

 俺に押し倒された剛は尻もちをつきながら、キリヤに文句をぶつけていた。

「剛なら、当たっても死なないって思ったからね。怒ったなら、謝るよ。ごめんね」

 キリヤは冷ややかな笑顔で剛に告げた。

「も、もうあの時みたいに死にかけるのはごめんだからな!」

 この二人は昔、何かあったのか?なんとなく剛が怯えているような……

「さて、暁先生。僕から逃げ切れるかな……」

 キリヤは俺に不敵な笑みを浮かべる。

「やべぇよ、先生。あいつがあの状態になると誰も手が付けられないんだよ」

 確かに今までのキリヤとは思えないほどの力の増強がみられる。

「これはさすがに……」

 俺の力でも防ぎきれるだろうか…もし防ぎきれたとしても、もしかしたら剛に傷を負わせてしまうかもしれない……さて、どうする。

「そうだ先生、時間は!!」

 時計に目を向けると、制限時間の15分を過ぎていた。

「キリヤ、待て。タイムアップだ」

 こんなことでキリヤの感情は抑えられないかもしれないが、打てる手は打っておくべきだ。

 するとキリヤは少し考えてから冷静になった。

「……そうか。じゃあ今回は僕たちの負けだね」

「ああ。じゃあとりあえず開始地点に戻ろうか。他のみんなはもう集まっているかもしれないからな」

 キリヤがわかってくれたみたいでよかった。

 俺はそう思いつつ、胸をなでおろす。

 もしあのまま続けていたら、キリヤは制御不能になって俺も剛もキリヤ自身も大変なことになっていたかもしれない。今回は事なきを得て、俺は安心した。 

 それから俺と剛、キリヤはグラウンドへ向かって歩き出した。

 グラウンドに向かう途中で俺の後方を歩いていた剛が隣に来て、そっと俺に耳打ちした。

「先生は他の大人と違うみたいだから、信じてもいいって思った」

「そうか。ありがとな」

「それと、先生が言うような心から強い人間になれるように努めるよ」

 そう言って、剛は微笑んだ。

「ああ」

 そして俺もそんな剛に笑顔で返した。

 剛の変わりたいという気持ちに触れ、俺は嬉しくなった。

 それは教師にならなければ、きっと出会うことのなかった喜びの感情。

 俺はこの時、教師になれて良かったと心底思ったのである。



 俺たちがグラウンドにつくと他の生徒たちが集まっていた。

「勝敗は!? どっちの勝利?」

 いろはが俺たちに詰め寄ってくる。

「勝負は暁先生の勝ちだ。俺もキリヤも時間内に捕まえられなかったからな」

「ええええ! じゃあアタシたちセンセーの言いなりなわけ? 最悪じゃん!」

 生徒たちは表情が強張る。

「ぼ、僕たち、どうなるの、かな……」

 俺はまゆおの顔を見て、レクリエーションの時にまゆおにだけ会わなかったことを思い出した。

「あれ? そういえばレクリエーションの間、まゆおの姿だけ見ていないけど、どこに行っていたんだ?」

 まゆおはおろおろしながら、答えた。

「こ、こで攻撃の、チャンス、を、ま待っていた、いたんです」

「嘘つけーい! どうせ怖くて、隠れていたんでしょうが!」

「ご、ごめんなさーい……」

 まゆおといろはのやり取りに思わず、生徒たちは笑みがこぼれていた。

「まあそんなわけで、これでレクリエーションは終了。勝ったのは俺だから、お前たちは何でも俺の言うことを聞いてもらうからな!」

 ごくりと息をのむ生徒たち。

「そうだな……じゃあ、これから何か悩みや相談事があれば、俺に相談すること! 以上!!」

「……え?」

 思わずあっけにとられる生徒たち。

「それだけ?」

「ああ。」

「何でも言うこと聞かせられる権利なのに?」

「そうだ。」

「もっと行動範囲を狭めるとか規則を厳しくするとかじゃなくて?」

「ああ。いいか? 相談事があるときは俺に必ずしろよ! 俺はこのクラスの担任なんだからな!!」

「……」

 沈黙の後、笑いが起こった。

「センセーやっぱり最高!! チョー面白いじゃん!!」

「そ、そんなに笑うことじゃないだろう? 可笑しかったか?」

「いや最高だぜ、暁先生!!」

 全員とはいかないが、受け入れてくれた生徒たちもいるみたいでよかった。今回のレクリエーション企画は概ね成功ってことかな。

「先生。いきなりですけど、相談いいですか?」

 俺が満足げにしていると、真一は手を挙げ、俺に問う。

「ああ。構わないぞ。なんでも言ってくれ」

「本当に何でもいいんですね。じゃあ相談しますけど、先生って白雪姫症候群スノーホワイト・シンドロームなんですか?」

 真一の質問を聞き、先ほどまで和やかだった生徒たちの雰囲気は急に張り詰めた。

 レクリエーションの冒頭で見た光景、そして各々のバトルで見せられた力。生徒たちは少なからず、疑問を持っていたようだ。

「……そうだ。俺はお前たちと同様に白雪姫症候群スノーホワイト・シンドロームだ」

 俺のその答えに、驚きを隠せない生徒たち。

 しかし真一だけは、冷静に俺への質問を続けた。

「やっぱり。じゃあその能力は無効化って感じですかね」

「正解。俺の能力は確かに無効化だ」

「そうですか。……もう一つ大きな疑問があります。先生って、成人していますよね? なぜ、能力が消失していないんですか?」

 その質問には他の生徒たちも興味津々のようだった。

 確かにこのことに疑問を持つのは不思議なことではない。やはりこのクラスの生徒たちには話しておくべきかもしれないな。

 これから彼らの前で能力を使うこともあるだろうからな。

「この話は教室に戻ってからにしよう。ちょっと長くなるからな」

 真一はそれで納得したようで、小さく頷くと建物の中に入っていった。

「みんなも戻ろうか」

 そして俺たちは教室へ向かった。



 教室に戻る途中で、キリヤはあることを考えていた。

 二十歳を過ぎても能力が消えていないのに、普通に外の世界で生活していたのか……。

 もしかして僕たちの中の誰かもそういう可能性があるんじゃ……。

 それがもし僕やマリアだったら……。

 考えながら歩くキリヤを見て、心配そうにするマリア。

「キリヤ……」

「どうした?マリア」

「ん。なんだか怖い顔をしていたから」

「大丈夫。僕はいつも通りだよ」

「……なら、いいけど」

 マリアは事あるごとに僕のことを思ってくれる。

 それが僕にとってはとても嬉しいことだった。

 その度に僕はマリアとの家族の絆を確かに感じていた。

 僕とマリアの間には何人たちとも踏み入れさせない。

 政府の犬であるあいつには特に、だ。

 しかし成人しているのにも関わらず、白雪姫症候群スノーホワイト・シンドロームの能力が消失していないあいつのことは少し気になる…

 とりあえず今はあいつの話を聞いてみるか。

 悩んでいても答えなんて出ないから。

 そして僕たちは教室へ向かった。
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