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第1章 始まり
第3話ー⑥ 好きなこと
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翌朝、俺は今日も奏多のバイオリンの音で目が覚める。
そして俺は奏多にばれないようにこっそりと屋上へ向かった。
奏多は今日もとても優雅にバイオリンを奏でている。
「こんなに素敵な音なのに……」
奏多は何を思ったのか急に手を止め、立ち尽くしていた。
「……私は何のために、バイオリンを弾いているのでしょう……。お父様、お母様……」
そして頬に涙が流れる。
「奏多……」
驚いた俺は思わず、声が漏れてしまっていた。
「誰!?」
その声に気が付く奏多。
「あはははは……」
「先生! また盗み聞きですか?」
俺は申し訳ないなと思いつつ、奏多の前に姿を現す。
「ごめんな。やっぱり奏多のバイオリンの音を聞くと、幸せになれる感じがしてさ」
「……」
あの涙の意味は何なのだろう。そしてみんなの前で弾けないわけって…
「なあ、奏多。なんでみんなの前で弾きたがらないんだ? そのわけを話してほしい。そうじゃないと、俺の気が済まないんだよ……」
「……わけなんて……そんな大したことじゃないですよ」
奏多は俺と目を合わせないように目を伏せる。
「それでも俺は知りたいんだ」
そして奏多は顔を上げた。
「……そうですか。まあ隠すことでもないですし、お話しましょうか」
奏多は俺の方に身体を向け、口を開く。
「……私は小学生の頃、とある演奏会でそこにいたお客様を傷つけてしまった過去があるのです。その時から私は私のこの力でまた同じように人を傷つけてしまうのではないかと思うようになって、それが怖くて誰かの前で演奏できなくなったのです」
奏多にはそんな過去が……。
「そうだったのか……」
「先生の力を借りて演奏をすれば、確かに力を封印しながら演奏はできるでしょうが、それでは私は過去のトラウマを乗り越えられないのです。人を傷つけた能力を持ったままでは、私の音は誰かを傷つける音のままなのですよ。それでは何も変わりません。だから私は、先生の申し入れをお断りしたのです」
奏多はそんな思いでいたんだな。それに気づかず、俺は……。
「でも、本当は少し嬉しかったのですよ。先生の手を借りれば、また誰かの前で演奏できるかもしれないって思って……。だけど、私にはそんな資格はありませんよね。誰かを傷つけておいて、今更、楽しもうなんて……」
奏多は再び、俯いてしまう。
「……別にいいんじゃないか。奏多も楽しんだってさ。確かに一度は誰かを傷つけてしまったかもしれないが、奏多はその時の罰として、誰かの前で演奏することをやめたんだろう? だったら、もう充分、罪滅ぼしができたんじゃないか?」
「罰だなんて……。私は怖くて、逃げただけですよ。自分が傷つかないために」
「逃げてきたかもしれないけど、それでも好きなことを我慢しなくちゃいけなかったわけだろう? 奏多は十分に罰を受けている。だからもういいんだよ。好きなことを思いっきりやったらいいじゃないか」
「でも、また誰かを傷つけることになったら!」
「俺がいる限り、そんなことはさせないさ。それにお前も他の生徒も、俺が守ってみせるよ」
「でも、私の演奏は誰かを不幸にするかもしれない……」
「そんなわけあるか。俺はこうして幸せな気持ちになっている」
「でも、でも……」
「奏多。もう嘘をつくのはやめよう。好きなことは好きだと胸を張れ。そして自信を持っていいんだよ。お前の演奏は、人を幸せにする音色なんだからさ」
俺がそう微笑みかけると、奏多はその場で泣き崩れた。
「本当に、私の音は……みんなを幸せにできますか?」
「ああ、俺が保証するよ。だから、大丈夫だ」
「……先生。……私に力を貸してください! 私、みんなに私の音を聴いてほしい。また聴いてくれる誰かの前で演奏がしたいんです、思いっきり!!」
「ああ、もちろん大歓迎さ!」
「ありがとうございます、先生!」
奏多は万遍の笑みで、俺に答えた。
それから俺と奏多は演奏会に向けて、準備を開始することとなった。
俺と奏多は授業後にどういうプランで演奏会をするかのミーティングを職員室で行うことになっていた。
「先生? 授業後はまたあの場所で……」
その日の学習ノルマを終えた奏多はこっそり俺に耳打ちをし、足早に教室を出る。
それを見ていたいろはの俺たちに対する言葉に、俺は度肝を抜かれた。
「なんかセンセーと奏多、怪しくない? できてんのー?」
「な、何言ってんだ! ほら、変なこと言ってないで、勉強に集中しろ!!」
演奏会はサプライズ企画のため、他の生徒たちには言えなかった。
でも確かにこそこそと何かをやっているのは、怪しまれても仕方がないのかもしれないな。
あまり怪しく準備していると、周りから変な目で見られかねないから、今度からは気をつけないと…
俺と奏多はただの教師と生徒の関係なんだからな。
そしてキリヤの視線が何時にも増して、鋭く感じたのは気のせいだろうか…
それから数日間、俺たちは演奏会の準備を着実に進めていた。
「ここはもっとこういう感じにして、それでこうする。どうですか?」
奏多は自分が考えてきた演奏プランを事細かに教えてくれた。
「いいな、それ! じゃあその時、俺はここでこうすればいいってわけか?」
「そうです!」
演奏会の準備を進めている奏多を見ていると、今までよりも奏多は楽しそうな顔をしているように思えた。
「奏多、楽しそうだな」
俺がそう尋ねると、奏多は満開の笑顔で答える。
「ええ。演奏できることはもちろん、先生とこうやって過ごす時間も楽しいって思いますから」
「お、おう。ありがとな」
俺はそんな奏多の笑顔に不覚にもときめいてしまった。
でも奏多もなかなかの美少女だ。不意打ちのあの笑顔でときめかない男性はいないだろうに。奏多は魔性の女なのかもしれないな…。
神宮司奏多、恐るべしだ。
「でもなんだか久しぶりにこんな気持ちになっているかもしれません。ここへ来てからの私はずっと灰色な日々を送っていた気がしていたんです……。能力がなくなるまで、私は何もできない。だったら、何も期待せずに生きていたほうがいいって……。だからまた好きなことができるかもしれない今が、一番楽しいって思いますよ」
奏多はそんな思いでここでの日々を過ごしていたんだな。だから時々、退屈そうな表情をしていたわけか……。
好きなことを好きなだけやれるかもしれない今の奏多はとても幸せそうで、俺はそんな奏多から、幸せを分けてもらえているような気がしたんだ。
「そうか。それならよかった。じゃあ今度の演奏会は、きっと大成功だな。奏多自身が楽しんでいるんだから、見ている方はきっともっと楽しめると思う!」
「ふふ。そうなるといいですね!」
それからも俺たちは順調に準備を進める。
そして演奏会前日。今日も俺と奏多は職員室でプラン練りだ。
職員室の机で二人並びながら、スケジュールの確認をしつつ、俺たちは他愛のない話をしていた。
「先生。ついに明日ですね」
「ああ。そうだな」
「うまく演奏できるでしょうか……」
「奏多なら大丈夫さ。いつも通り、楽しんで演奏したらいい。」
「ふふふ。そうですね!ああ、明日が楽しみですわね……」
微笑む奏多の顔を見ると、自然と俺も笑顔になった。
「俺も明日が楽しみだ!」
それからもう少しプランを練り、俺たちは解散した。
そしてその日の夜。俺はとある場所へ連絡を取っていた。
「……そうですか。わかりました。でももし間に合うようでしたら、ぜひ宜しくお願い致します! はい、はい。では、失礼いたします」
電話を切り、俺は翌日の準備を進めた。
明日はきっと奏多にとっても生徒たちにとっても、幸せな一日になるに違いないと俺は心を躍らせていたのだった。
そして俺は奏多にばれないようにこっそりと屋上へ向かった。
奏多は今日もとても優雅にバイオリンを奏でている。
「こんなに素敵な音なのに……」
奏多は何を思ったのか急に手を止め、立ち尽くしていた。
「……私は何のために、バイオリンを弾いているのでしょう……。お父様、お母様……」
そして頬に涙が流れる。
「奏多……」
驚いた俺は思わず、声が漏れてしまっていた。
「誰!?」
その声に気が付く奏多。
「あはははは……」
「先生! また盗み聞きですか?」
俺は申し訳ないなと思いつつ、奏多の前に姿を現す。
「ごめんな。やっぱり奏多のバイオリンの音を聞くと、幸せになれる感じがしてさ」
「……」
あの涙の意味は何なのだろう。そしてみんなの前で弾けないわけって…
「なあ、奏多。なんでみんなの前で弾きたがらないんだ? そのわけを話してほしい。そうじゃないと、俺の気が済まないんだよ……」
「……わけなんて……そんな大したことじゃないですよ」
奏多は俺と目を合わせないように目を伏せる。
「それでも俺は知りたいんだ」
そして奏多は顔を上げた。
「……そうですか。まあ隠すことでもないですし、お話しましょうか」
奏多は俺の方に身体を向け、口を開く。
「……私は小学生の頃、とある演奏会でそこにいたお客様を傷つけてしまった過去があるのです。その時から私は私のこの力でまた同じように人を傷つけてしまうのではないかと思うようになって、それが怖くて誰かの前で演奏できなくなったのです」
奏多にはそんな過去が……。
「そうだったのか……」
「先生の力を借りて演奏をすれば、確かに力を封印しながら演奏はできるでしょうが、それでは私は過去のトラウマを乗り越えられないのです。人を傷つけた能力を持ったままでは、私の音は誰かを傷つける音のままなのですよ。それでは何も変わりません。だから私は、先生の申し入れをお断りしたのです」
奏多はそんな思いでいたんだな。それに気づかず、俺は……。
「でも、本当は少し嬉しかったのですよ。先生の手を借りれば、また誰かの前で演奏できるかもしれないって思って……。だけど、私にはそんな資格はありませんよね。誰かを傷つけておいて、今更、楽しもうなんて……」
奏多は再び、俯いてしまう。
「……別にいいんじゃないか。奏多も楽しんだってさ。確かに一度は誰かを傷つけてしまったかもしれないが、奏多はその時の罰として、誰かの前で演奏することをやめたんだろう? だったら、もう充分、罪滅ぼしができたんじゃないか?」
「罰だなんて……。私は怖くて、逃げただけですよ。自分が傷つかないために」
「逃げてきたかもしれないけど、それでも好きなことを我慢しなくちゃいけなかったわけだろう? 奏多は十分に罰を受けている。だからもういいんだよ。好きなことを思いっきりやったらいいじゃないか」
「でも、また誰かを傷つけることになったら!」
「俺がいる限り、そんなことはさせないさ。それにお前も他の生徒も、俺が守ってみせるよ」
「でも、私の演奏は誰かを不幸にするかもしれない……」
「そんなわけあるか。俺はこうして幸せな気持ちになっている」
「でも、でも……」
「奏多。もう嘘をつくのはやめよう。好きなことは好きだと胸を張れ。そして自信を持っていいんだよ。お前の演奏は、人を幸せにする音色なんだからさ」
俺がそう微笑みかけると、奏多はその場で泣き崩れた。
「本当に、私の音は……みんなを幸せにできますか?」
「ああ、俺が保証するよ。だから、大丈夫だ」
「……先生。……私に力を貸してください! 私、みんなに私の音を聴いてほしい。また聴いてくれる誰かの前で演奏がしたいんです、思いっきり!!」
「ああ、もちろん大歓迎さ!」
「ありがとうございます、先生!」
奏多は万遍の笑みで、俺に答えた。
それから俺と奏多は演奏会に向けて、準備を開始することとなった。
俺と奏多は授業後にどういうプランで演奏会をするかのミーティングを職員室で行うことになっていた。
「先生? 授業後はまたあの場所で……」
その日の学習ノルマを終えた奏多はこっそり俺に耳打ちをし、足早に教室を出る。
それを見ていたいろはの俺たちに対する言葉に、俺は度肝を抜かれた。
「なんかセンセーと奏多、怪しくない? できてんのー?」
「な、何言ってんだ! ほら、変なこと言ってないで、勉強に集中しろ!!」
演奏会はサプライズ企画のため、他の生徒たちには言えなかった。
でも確かにこそこそと何かをやっているのは、怪しまれても仕方がないのかもしれないな。
あまり怪しく準備していると、周りから変な目で見られかねないから、今度からは気をつけないと…
俺と奏多はただの教師と生徒の関係なんだからな。
そしてキリヤの視線が何時にも増して、鋭く感じたのは気のせいだろうか…
それから数日間、俺たちは演奏会の準備を着実に進めていた。
「ここはもっとこういう感じにして、それでこうする。どうですか?」
奏多は自分が考えてきた演奏プランを事細かに教えてくれた。
「いいな、それ! じゃあその時、俺はここでこうすればいいってわけか?」
「そうです!」
演奏会の準備を進めている奏多を見ていると、今までよりも奏多は楽しそうな顔をしているように思えた。
「奏多、楽しそうだな」
俺がそう尋ねると、奏多は満開の笑顔で答える。
「ええ。演奏できることはもちろん、先生とこうやって過ごす時間も楽しいって思いますから」
「お、おう。ありがとな」
俺はそんな奏多の笑顔に不覚にもときめいてしまった。
でも奏多もなかなかの美少女だ。不意打ちのあの笑顔でときめかない男性はいないだろうに。奏多は魔性の女なのかもしれないな…。
神宮司奏多、恐るべしだ。
「でもなんだか久しぶりにこんな気持ちになっているかもしれません。ここへ来てからの私はずっと灰色な日々を送っていた気がしていたんです……。能力がなくなるまで、私は何もできない。だったら、何も期待せずに生きていたほうがいいって……。だからまた好きなことができるかもしれない今が、一番楽しいって思いますよ」
奏多はそんな思いでここでの日々を過ごしていたんだな。だから時々、退屈そうな表情をしていたわけか……。
好きなことを好きなだけやれるかもしれない今の奏多はとても幸せそうで、俺はそんな奏多から、幸せを分けてもらえているような気がしたんだ。
「そうか。それならよかった。じゃあ今度の演奏会は、きっと大成功だな。奏多自身が楽しんでいるんだから、見ている方はきっともっと楽しめると思う!」
「ふふ。そうなるといいですね!」
それからも俺たちは順調に準備を進める。
そして演奏会前日。今日も俺と奏多は職員室でプラン練りだ。
職員室の机で二人並びながら、スケジュールの確認をしつつ、俺たちは他愛のない話をしていた。
「先生。ついに明日ですね」
「ああ。そうだな」
「うまく演奏できるでしょうか……」
「奏多なら大丈夫さ。いつも通り、楽しんで演奏したらいい。」
「ふふふ。そうですね!ああ、明日が楽しみですわね……」
微笑む奏多の顔を見ると、自然と俺も笑顔になった。
「俺も明日が楽しみだ!」
それからもう少しプランを練り、俺たちは解散した。
そしてその日の夜。俺はとある場所へ連絡を取っていた。
「……そうですか。わかりました。でももし間に合うようでしたら、ぜひ宜しくお願い致します! はい、はい。では、失礼いたします」
電話を切り、俺は翌日の準備を進めた。
明日はきっと奏多にとっても生徒たちにとっても、幸せな一日になるに違いないと俺は心を躍らせていたのだった。
応援ありがとうございます!
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