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第1章 始まり

第7話ー② 始まりの終わり

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 グラウンドについた俺はあたりを見渡す。

「たぶんここだと思うんだけど……真一はどこにいるんだ?」

 俺は真一を探しつつ、初日にやったレクリエーションのことを思い出していた。

「俺の無効化能力を見た生徒たちは、ひどく面食らっていたな」

 そんな思い出に浸っていると、遠くの方に真一の姿が見えた。

「おーい! 真一!!」

 俺は真一に手を振ったが、特にリアクションが返してくることもなく、真一はまっすぐ俺に向かって歩いていた。

「先生、正解。おめでとう」

 俺の前に着いた真一は無関心な声で、俺にそう言った。

「お、おう。ありがとな!」
「じゃあこれ、次の問題」

 そして真一は同じテンションのまま、俺にメモを手渡す。

「ありがとう。真一も今日のために準備してくれたんだな。嬉しいよ」
「これは授業の一環だって聞いたから、仕方なく参加しただけだよ」

 それだけ告げて、真一は建物の方へと向かっていった。

 やはり真一との心の距離はまだまだ遠いようだ。

 そして俺は真一から受け取ったメモに目を落とす。

「次は……はじまりの場所。……は!? どこ!?」

 俺はメモを見ながら、『はじまりの場所』について考えていた。

『はじまりの場所』ってなんだ。それにそもそも何がはじまった場所なんだ?

「うーん」

 施設に入るとき、初めに通るのは入り口のゲートではあるけれど、たぶんそんなところのはずはないだろう。

 だとしたら、他にどこがあるんだ……?

 もし仮にこの『はじまり』が俺のことを表しているのなら、たぶんあそこかな……

 そして俺は思いついた場所へと向かった。



 俺は職員室の前に立っている。

 ここは俺の教師生活をはじめた場所だ。

 もしこの『はじまり』を俺のことだというのならば、このクイズの答えはここしかないはず。

 そして職員室の扉を開けると、そこにはキリヤとマリアがいた。

「先生、大正解! よくわかったね!!」
「いや、正直難しすぎて、勘に頼ったよ」
「先生の『はじまりの場所』そして私とキリヤが再出発をはじめた場所でもある」
「僕もマリアもここで新しい一歩を踏み出したんだよ。先生のおかげでね」
「そうか……つまりここは俺とお前たちとの『はじまりの場所』ってことか。なるほどな!」

 思い返せば、二人とはいろんなことがあったな。

 特にキリヤとはじめは全然うまくいかなくて、苦労したな……。

 でも今となってはほとんどの時間、一緒にいてくれるようになったな。まさかこんなに仲良くなれるなんて思いもしなかったよ。

「さあ先生、あと2問だよ! がんばって! 先生なら全問正解できるって信じているからね!」

 キリヤは楽しそうに俺にそう告げた。

 そして俺はキリヤから差し出されたメモを受け取る。

「ありがとな。次は……耳が幸せになれる場所か。これは簡単だな」
「いってらっしゃい、先生!」

 俺はキリヤとマリアに見送られながら、目的地を目指した。



 屋上に向かう非常階段の途中で聞こえるバイオリンの音。

「バレバレじゃないか」

 俺はその幸せな音色を聴きながら、屋上を目指した。

 屋上の扉を開くと、そこにはバイオリンを楽しそうに奏でる奏多の姿があった。

 俺に気が付いた奏多は手を止めて、俺に微笑みながら言った。

「お待ちしておりましたよ、先生」
「これはサービス問題だろ?」
「ふふふ……先生がその問題通りに思わなければ、この場所にはたどり着けませんでしたよ」

 そう言いながら、嬉しそうに笑う奏多。

「ここで先生に背中を押されなければ、今の私はなかったと思うんです。だから先生、本当にありがとうございます!」
「俺は教師として当たり前のことをしただけさ。それにあの時の俺は本気で奏多の演奏をみんなに聴いてもらいたいって思っただけだよ」
「先生らしい答えですね」
「そうか? ははは」

 それから奏多は俯き、さみしそうな表情で俺に告げる。

「……先生、私。留学することにしたんです」
「留学!? すごいじゃないか!」
「そう言ってもらえて、嬉しいです……」

 俯いたままの奏多を見て、俺は思った。奏多はここを去ることが寂しいのだろうと。

 能力が消失した奏多は、4月になれば、ここから出ていかなければならない。

 きっと留学をすること自体は楽しみなんだろうが、ずっと一緒に過ごしてきた仲間たちとの別れがさみしくないはずがない。

「奏多、ここにいる間は思いっきり楽しめ。そしてたくさん思い出を作ろう。後悔しないように……」
「……はい!」

 そして奏多は顔を上げて、笑っていた。

「やっぱり奏多は笑った方がいい。俺はそんな奏多が好きだって思う」
「先生、それは告白ですか?」

 奏多はからかうように、俺に言った。

「あ、ちがっ!!」

 俺は思ったことをつい言葉に出してしまっただけでなんだけどな。

 年頃の女の子への言葉遣いは気をつけなくちゃなと俺は少し反省した。

「あら、違いますの? それは残念!! ふふっ」

 楽しそうに笑う奏多の顔を見て、俺も楽しくなって顔が綻んだ。

 この笑顔をキリヤにも見せてやりたかったけど、仕方がないので俺が独り占めしておこう。

 奏多がずっとこの笑顔でいられるように俺は頑張ろうと改めて思った。

「さて、先生! 残り1問ですよ! これをどうぞ!」

 そして俺は最後のメモを渡された。

「そろそろお腹が空かないかい……?」

 メモを読む俺の顔を覗き込む奏多。

「もう夕食時、ですね」
「ああ、そうだな」

 そして俺は奏多とともに答えの場所へ向かった。



 俺と奏多は、食堂に到着した。

 俺たちが食堂に入ると、生徒たちがニコニコしながら並んで立っていた。

 そして一斉にクラッカーの音。

「え、これは……?」

 俺が面食らっていると、いろはとまゆおがケーキをもってきた。

「センセー、お誕生日おめでとう!」
「今日、先生の、お誕生日って……」
「あ……」

 俺はまゆおたちに言われるまで、自分の誕生日のことをすっかり忘れていた。

「でも、なんでお前たちが俺の誕生日を知っているんだ!? 俺、誕生日の話なんてしたっけ?」

 俺が目を丸くしていると、キリヤが申し訳なさそうに俺の前へ出てきた。

「実は……」

 どうやらキリヤが俺の部屋に出入りしているときに、検査結果の書かれた書類に俺の生年月日が書いてあるのを見つけたそうだ。

 そして俺の誕生日を知ったキリヤは、サプライズで誕生日会をしたいとクラスメイトに提案したらしい。

「みんな、ありがとな……」

 そのサプライズに俺は嬉しくて、目の前が涙でぼやける。

「先生にはいつもお世話になってるからな! これくらい当然だぜ!」

 剛はにこっと歯を見せて微笑みながら、俺にそう言った。

 この時、俺はなんて幸せ者なんだと思った。

 自分の能力を恨んだ時もあったけれど、その力がなければこんな素敵な出会いはなかった。

 この施設ではいろんな経験ができたし、楽しい思い出もたくさんできた。

 そして俺は施設に来なかったら、今も研究所で暗い人生を送っていたかもしれない。

 教師になる夢も叶わず、あの場所でただ憧れだけを抱き、そして叶わない現実に絶望して生きる日々だった。


 ――でも今の生徒たちがいてくれたから、俺はここに来れた。


 だから俺を教師にしてくれたみんなには感謝しかない。

 俺はまだまだ未熟な教師だけど、これからもここで教師を続けていこうって思った。



 心の安定が能力の安定だ。この世界は今、心が影響する不思議な力スノーホワイト・シンドロームによって悩む少年少女たちが多くいる。

 そして俺はそんな子供たちを救うために教師になった。

 俺の挑戦はまだまだ始まったばかりで、今の俺だからできることがあると思うんだ。

 それは簡単なことじゃないけれど、いつかこの現実に悩む子供たちが笑って過ごせる未来が来ると俺は信じている。

 そのために俺は、俺ができることをやっていく――




 政府から派遣された一人の男性教師は、この場所で生徒たちと出会い、本当の心を通わせあった。

 そして彼らは笑いあい、明るい未来のために歩き出した。

 これから続いていく物語を生きていくために。
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