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第2章 変動

第9話ー② 変わっていく心

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 翌朝、俺はいつも通り奏多のバイオリンで目を覚ました。

 昨夜の夢は少々気になるが、感じた不安はきっと気のせいだろうと思うことにして、俺はそれ以上考えないことにした。

 そして俺は屋上へ向かい、いつものように奏多のバイオリンを楽しんでいた。

 今朝の練習を終え、バイオリンをケースに戻した奏多は、ニコッと俺に笑いかけながら、

「そういえば先生、約束のことを覚えていますか?」

 とそう言った。

「約束……?」

 奏多は何のことを言っているのだろう。約束って……。

 本気でわかっていない俺の表情を見た奏多はあきれ顔で俺に言った。

「あの時のです!」
「あの時……?」

 俺は顎に手を当ててながら、記憶を巡らせた。

 ……そういえばキリヤが暴走した後、奏多にクラスのことを頼んだっけな。

 しかもそのあとにお礼をするって奏多に言ったような記憶が……。

「すまん。完全に忘れていたよ」
「はあ。そうだろうとは思っていましたけどね」
「あはは……」

 俺はすまないなと思いつつ、頭をかきながら笑った。

 そんな俺を見た奏多は気を取り直すように、両手で「ぱんっ」と鳴らして微笑む。

「……さて、先生。今回はどんなお礼をして下さるのでしょう?」

 そして奏多はいつものように意地悪な質問を俺に投げかける。

 しかし今日の俺はいつもとは違う。奏多のそんな質問に、俺はニヤリとして答える。

「……また東京に遊びに行くか?」

 その言葉を聞いた奏多は驚くそぶりを見せることもなく、静かに微笑む。

「ふふふ。先生ならそういうと思っておりましたよ。それに先生も東京のガイドブックをたくさん読んでしまうくらい、また行きたいって思っているようですし」
「なぜ、そのことを……」

 確かに俺は奏多と東京に行った日から、東京の雑誌を良く読み漁っているが、奏多の前でそんな姿を一度も見せたことがない。

 しかし奏多は、なぜ俺が東京に行きたがっているかを知っているのだろう。

 答えは簡単だ。それはきっと……

「キリヤから聞いたのか?」

 俺は奏多を探るように問う。

 このことが俺以外から漏れる可能性があるとしたら、それはキリヤしかいない……。そう、キリヤは俺の部屋によく訪れて、入り浸っている時間が長いからだ。俺が東京の雑誌を読んでいたり、インターネットで検索している姿を見ていてもおかしくはないだろう。

「それは内緒です。では、東京に行きましょうか。私も行ってみたいお店がまだまだたくさんありますし! 今回は先生の行きたい場所へ行きましょう」

 そう言って微笑む奏多。

 結局、誰からその話を聞いたのかを奏多は教えてくれなかったが、俺は奏多と今度の日曜日に東京へ行くことが決定したようだ。

 実は密かにこのデートを楽しみにしているとは、恥ずかしくて俺は誰にも言えなかった。

 そして俺たちは、日曜日になるまでいつも通りに過ごす。



 それから日曜日。俺はいつものように奏多のバイオリンで目を覚ました。

「こんな日でも、奏多はバイオリンを弾くんだな」

 俺はそんな奏多に感心しつつ、その演奏を聴きながら出かける準備を進めた。

 食堂で朝食を済ませ、俺はエントランスゲートへ向かった。

 俺は集合時間よりも早めにゲートへ向かったつもりだったが、すでに奏多はゲート前に到着をしていた。

 そして前回の時のように、奏多はほんのりと化粧をしており、いつもより美しさが一層引き立っていた。

 あんまり見とれていると、また奏多にからかわれそうだったので、俺はいつもと変わらない雰囲気で奏多に朝の挨拶をする。

「おはよう。早いな!」

 俺の言葉に反応した奏多は、柔らかな笑顔で答える。

「おはようございます。……実は先生とデートできるのが楽しみで、つい早く来てしまいました」
「そ、そうか」

 奏多のその言葉に、俺は少しときめいてしまった。

 また奏多は俺をからかうようなことを……。

 そんなことを思いつつ、実は内心すごく嬉しいと思ったのは、内緒だ。

「じゃあ行きましょうか。時間がもったいないですよ!」

 そして俺たちは奏多の用意した車に乗って、東京へ向かった。

 俺と奏多は東京に向かう車内で、俺が愛読している情報雑誌を一緒に見ながら、目的地を決めていた。

「結局、どこへ行くか決まらなかったんですね」
「ああ。雑誌を読めば読むほど、行きたいところが増えてな……俺一人じゃ決めるのは無理だったよ……」
「でも一緒に行き先を決められるのは、なんだか楽しいですね。それにこうやって、一つの雑誌を一緒に見るのって、なんだか恋人みたいで素敵じゃないですか?」

 奏多は俺を覗き込むように、微笑みながらそう言った。

 また奏多は、そうやって俺をからかう……。

 俺はそう思いながら、そんな奏多の行動に唇を尖らせる。

「奏多は俺のことをいつもからかうよな」

 そう言うと、奏多は顎に指を添えつつ、少し考えてから、

「私は本心を言っているだけですよ?」

 と言いながら万遍の笑みで俺に答えた。

「それだよ!!」

 俺はそんな奏多に、身を乗り出してツッコミを入れた。

「ふふふ」

 そして奏多は楽しそうに笑っていた。

 それを見た俺は、今日も奏多は楽しそうで何よりだと思った。

 奏多の楽しそうな表情に俺まで楽しい気持ちになり、顔が綻ぶ。

 そうこうしているうちに、俺たちは目的地に着いた。



 ここは若者の街、原宿。

「奏多、最近の若者の間ではチーズティっていうのが流行っているんだぞ!!」

 俺は原宿に着いて早々に、奏多へ俺のチーズティへの愛を語り出した。

 情報雑誌で読んだ瞬間から、俺はここにあるチーズティだけは絶対に飲みたいと思っていたからだ。

「さっきもその話は聞きましたって!」

 奏多は何度も同じことを話す俺に呆れつつもその会話に付き合ってくれているようだった。

 そして俺たちは今、噂のチーズティのお店に並んでいる。

「ティーにチーズだぞ!? 発想がすごいよなあ。どんな味なんだろう……あああ、楽しみだ!」

 俺たちはその後、60分ほど並び、ようやく目的の物にありつけた。

 そして俺はついに待望のチーズティを口にする。

「こ、これは!! 革命的すぎる!! チーズと紅茶っていう、一見ミスマッチな響き聞こえるワードだけど、それがまた食への興味をそそっている!! そしてこの味! チーズのコクとティーのあっさりさがベストマッチで……。もう感無量だ……」

 やっと出会えたチーズティを口にした俺は、そのおいしさに涙が出そうになる。こんなにおいしいものを開発してくれた人には感謝しかない。

 俺はずっとあこがれていたチーズティにありつけて、本当に幸せだった。

 そして奏多はそんな俺の姿を笑顔で見守っていた。

 それから俺たちはいろんなお店を回り、原宿を最後まで全力で楽しんだ。
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