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第2章 変動

第15話ー① 大事件発生

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 キリヤはいつものように俺の部屋に入り浸り、植物の手入れをしていた。

 そんなキリヤに俺は、最近感じていたことを伝える。

「そういえばキリヤ。最近、優香と一緒にいることが増えたな」
「そうだね。優香と話すと面白いから」

 そう言って楽しそうな顔をするキリヤ。

「そうか。それはよかった」

 最近、優香も辛そうな顔をしなくなったし、キリヤがきっと俺の知らないところで何かをしてくれたのかもしれない。

 生徒たちがいい方向に変わってくれることは俺にとってとても喜ばしいことだ。そしてそれに生徒自身が関わって成長していけるのなら、なおさら。

 俺はそんなことを考えていた。

「どうしたの先生? なんだか感慨深い顔をしているみたいだけど。もしかして……先生は嫉妬しているとか!? 僕が優香に取られちゃうかもって?」

 何を勘違いしてか、キリヤは本気で困った顔をして俺に言った。

「って、なんでそうなる!! これは感慨深い顔じゃなくて、喜びの表情なんだよ!」
「先生は奏多のいない悲しみを僕で埋めていたんだよね……。ごめんね、先生! 僕は先生だけを見てるから!」
「いや、男同士でそういうのはないだろ!!」
「照れなくてもいいんだよ~」

 そう言いながら、キリヤは楽しそうに笑っていた。

「まったく、キリヤは!」

 俺もそう言って笑った。

 それはいつも通りの平凡な一日だった。



 その日の夜のこと。俺はいつものように職員室で報告書をまとめていた。

 報告書を半分くらい書き終えた頃、入り口の方でそっと扉が開く音が聞こえた。

 俺はその音の方に目をやると、そこには狂司の姿があった。

「どうした? こんな時間に」

 そして狂司は真剣な顔をしながら、

「先生、僕がここに来た理由がわかる?」
「ここへ来た理由? 何か相談事か?」
「違うよ。僕は先生を奪いに来たのさ」

 狂司はにやりとしながら、そう俺に告げる。

「それはどういうことだ?」

 今、俺を奪いに来たって……。狂司は何を考えている?

「今この施設全体は僕の能力下にある。先生が黙ってついてきてくれたら、ここの生徒には何もしないし、奪いに来た目的も教えてあげる」

 能力下にある? でも狂司の能力って、広域系統ではなかったはずじゃ……。

「狂司の能力って、鴉の羽クロウ・フェザーじゃないのか……?」
「実はそっちは複合能力。本当の能力は集団催眠って言ってね。対象の範囲にいる人を眠らせることができるんだ。そして人を操ることだってできる」
「複合能力者だったのか……」

 書類に目を通さなかった俺の落ち度だったかもしれない。

 しかし初めからこの作戦に移すつもりだったならば、きっと書類には集団催眠のことは記されていない可能性が高いか。

「それで、どうするの?」

 悠長に考えている時間はなさそうだ。狂司の表情は本気だ。

 俺がもしついていかなければ、生徒たちに何かをするのは間違いない。

 人を操れる能力だとしたら、なおさら放ってはおけない……

「わかった。ついていく。でも約束してくれ。生徒たちには絶対危害を加えないって」

 そして狂司はうなずく。

 それから俺は狂司に連れられ、施設を出た。



 目を覚ました僕は、机に突っ伏して眠っていたことに気が付いた。

「あれ、僕っていつの間に眠って……?」

 僕はいつもと違った感覚を覚えた。しかし自分の身体には何の変化もない。けれど、やっぱりどこかおかしいように思えた。

 いつもなら机で眠っちゃうなんてことはないはずなんだけどな。

「……気のせい、なのかな」

 そして僕はいつものように着替えると、食堂に向かった。

 食堂に着くとクラスメイト達が各々で朝食を摂っていた。

 しかしそこに先生の姿はない。

「おはよう。ねえ、先生は?」

 僕は近くにいたまゆおに聞いた。

「僕が来た時からいなかったよ。もしかしたら、まだ寝ているのかもしれない」

 珍しいこともあるんだなと思った。

 先生は大体誰よりも早い時間に食堂に来て、いつも同じところで朝食を摂っているからだ。

 先生曰く、朝食時は生徒たちの健康チェックの時間にしているらしい。

 まあそんな先生でもたまには寝坊する日もあるよね。

 そんなことを思いつつ、僕は朝食を摂った。

 それから数分後、僕が朝食を食べ終えても先生が食堂に姿を現すことはなかった。

「さすがに遅くない……? 授業始まっちゃうよね……」

 そんな心配をしつつ、僕は授業の用意を自室に取りに戻り、その後教室に向かった。

 そして授業の時間になったが、先生が教室に現れることはなかった。

 さらに先生だけではなく、狂司の姿がないことにも僕は気が付いた。

「先生が時間になっても来ないのはおかしい。それに狂司がいないことも……」

 そんなことを呟きつつ、キリヤは顎に手を当てて考える。

 そして最悪な結果が頭をよぎった。

 もしかしたら昨晩に狂司の能力が暴走して、先生と一緒に研究所に行っているのでは……

「確かめないと!」

 僕は勢いよく立ち上がり、そしてそのまま教室を出た。

「キリヤ君、どこいくの!!」

 後ろからいろはの声がしたが、僕はその声を無視したまま、急ぎ足で狂司の部屋に向かった。

 きっとそこに何か手掛かりがあるような気がしたから。
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