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第3章 毒リンゴとお姫様
第20話ー② 動き出す物語
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授業後、俺は教室に一人残るまゆおにいろはに変わったことがないかを尋ねた。
なんでそんなことを聞くのかという顔をされたが、まゆおはきちんと答えてくれた。
「いろはちゃんはいつも通りだと思いますよ。特におかしいことなんて……」
まゆおは何か心当たりがあるのかはっとした顔をする。
「どうした?」
「そういえば、たまに胸を押さえて苦しそうにしているときがありますね。子供の時に心臓の病気で一度、手術しているとかなんとか……」
「心臓か……」
何の手掛かりになるのかはわからないが、とりあえず所長に連絡しようと俺は思った。
「ありがとな、まゆお!」
「あの、何なんですか? いろはちゃんに何か……」
心配そうな顔になるまゆお。
「何でもないよ。仮に何かあったとしても、いろはにはまゆおがいるからな。心配はしてないさ。だからいろはのことは頼んだぞ」
そう言って俺はまゆおの肩に手をのせた。
まゆおは少し戸惑っていたが、
「……いろはちゃんは何があっても、僕が必ず守り抜きますから!」
そう言って笑顔で答えた。
まゆおのその言葉に俺は安心した。そして俺は同時にまゆおの成長に嬉しく思った。
日々、まゆおは成長を続けている。初めて会った時よりも確実にまゆおはたくましく、そして強くなっているとそう感じた。
「ああ。よろしくな」
俺はそう言ってまゆおに微笑みかけた。
その後、まゆおは自室へと帰っていった。
そしてまゆおと入れ替わるように今度はキリヤが教室へやってきた。
「先生、ちょっといい?」
そう問うキリヤは笑っているものの、何かを含んだ表情をしているように感じた。
もしかして何か相談事でもあるのだろうか。でも、なんで今このタイミングなんだろう?
そんなことを思いつつ、俺はキリヤの目をまっすぐに見つめて返事をする。
「ああ、大丈夫だ」
「……さっきの話は何?」
キリヤは先ほどの笑顔のままで俺に問う。
その問いの意味を一瞬考えたが、おそらく俺とまゆおの会話を偶然耳にしたんだろう。そしてキリヤは俺がしたまゆおへの意味深な問いに疑問を抱いたというところか。
でも俺はその問いに答えることはできない……。
「な、何でもないよ……」
そう言って、俺はとっさに目をそらした。
こんなことでごまかせるはずがないことくらいはわかっているけれど。
そして冷ややかな笑顔で俺の目の前に来るキリヤ。
「何でもなくないよね? 今朝からちょっとおかしいよ? どうしたの?」
キリヤに真実を話すべきか、俺は迷った。
またあの誘拐事件の時のように、キリヤを巻き込んでしまうのではないかとそう思ったから……。
今回の事件は簡単な問題ではない。だから生徒であるキリヤを巻き込みたくはないと俺はそう思った。
そして俺は真実を伏せることにした。
「……悪い」
「はあ。今はまだ話せないってことね。わかったよ。でも困ったら、何でも言ってよ? 僕はいつだって先生の力になりたいんだからさ」
キリヤは何かを察してか、それ以上は深堀りをしてこなかった。
「ありがとな、キリヤ」
生徒に甘えてばかりでいられない。俺は俺ができることをしなくてはならないのだから。
そしてそのあとはいつもの他愛ない話をしながら、俺たちは教室を出たのだった。
キリヤと別れた俺は、職員室で報告書をまとめていた。
「よし、これで送信っと……ふう」
俺は一息つきながら、座っている椅子の背もたれに身体を預けた。
「さてと……」
それから身体を起こし、今度はポケットからスマホを取り出すと、まゆおから聞いた話を連絡するために俺は所長へ電話をかけた。
呼び出し音が切れ、所長が電話に応じる。
「もしもし?」
『暁君。お疲れ様。君から連絡してくるなんて、珍しいね。……もしかしていろは君に何かあったのかい?』
「そういうわけでは……ただ少しでも役に立てるかなって言う情報を得たので」
『ほう……』
それから俺は、まゆおから聞いたいろはの情報を伝えた。
『つまり君は、いろは君のその心臓の痛みに何かヒントがあるんじゃないかと考えたわけかい?』
「ええ。もしかしたら、その病気は完治していなくて、それが身体をむしばみ、ストレスになって……ということもあるんじゃないかって」
もちろんそんなことはあってほしくない事実だが、俺が気付いた点はそれくらいしかなかった。
『なるほど……ありがとう。君は引き続き、施設で教師として生徒たちを見守ってくれ』
「わかりました」
『それから。君はこれ以上、この件には関わらないように。ここから先は私たちで調べるからね。君は君のやるべきことをやってくれ』
いつもより低いトーンの所長の声に俺は少し驚いた。
「で、でも、俺は……」
『君が生徒のことを心配する気持ちはわかるが、でも君がやるべきことは事の真相を調べることではない。それは、わかるね?』
「はい……」
『君は君にしかできないことをするんだ。人間は、みんな役割をもって生まれてくる。君がやるべきことは、わかっているかな?』
「教師……ですね。わかりました。僕は所長のことを信じています。だから必ずいろはを!!」
『ああ。もちろんさ』
そして会話を終えて、電話を切る。
「これ以上は関わるな、か……」
確かに似たようなことを以前、白銀さんにも言われたな。
あの時は確か、『ポイズン・アップル』のことだったか……
「ちょっと待てよ……」
俺は今までのことを思い返す。
能力者を操る、毒リンゴと呼ばれるチップ。
そして俺が見たいろはに似た白雪姫の夢。
政府から渡された資料に記載のないいろはの手術歴。
関わるなと言う所長の言葉。
「もしかしていろはの中に、『ポイズン・アップル』が……?」
まさかそんなことがあるなんて。でも真相はわからないままだ。
所長は関わるなと言っていたけれど、俺は……
しかし例えそれが真実だったとして、俺に何ができる……?
「また剛の時みたいに、何もできずに終わるのか。俺はいろはも救うことはできないのか……」
悔しさと不甲斐なさを感じ、押しつぶされそうになる。
俺はぐっと両手に拳をつくり、その手を見つめた。
もう同じ気持ちは味わいたくない……
だが、今の俺は握った拳をただ見つめることしかできない。
そして白銀さんの言った言葉を思い出す。
『君は君にしかできないことをしたらいい。それが誰かのためになる』
「俺にしかできないこと……」
そうだ、俺は教師だ。
ここで生徒たちが楽しく平和に暮らせるようにすることが今の俺がすべきことだ。
「いろはのことは所長たちに任せよう。俺はここで俺にしかできないことをやるだけだ」
行動を誤れば、また同じことの繰り返しになる。
だったら俺はそうならない選択肢を取るだけだ。
悶々と考えていると、窓の外は真っ暗になっていた。
「もうこんな時間か」
そして俺はいつも通りに夕食を摂る為に食堂へ向かった。
なんでそんなことを聞くのかという顔をされたが、まゆおはきちんと答えてくれた。
「いろはちゃんはいつも通りだと思いますよ。特におかしいことなんて……」
まゆおは何か心当たりがあるのかはっとした顔をする。
「どうした?」
「そういえば、たまに胸を押さえて苦しそうにしているときがありますね。子供の時に心臓の病気で一度、手術しているとかなんとか……」
「心臓か……」
何の手掛かりになるのかはわからないが、とりあえず所長に連絡しようと俺は思った。
「ありがとな、まゆお!」
「あの、何なんですか? いろはちゃんに何か……」
心配そうな顔になるまゆお。
「何でもないよ。仮に何かあったとしても、いろはにはまゆおがいるからな。心配はしてないさ。だからいろはのことは頼んだぞ」
そう言って俺はまゆおの肩に手をのせた。
まゆおは少し戸惑っていたが、
「……いろはちゃんは何があっても、僕が必ず守り抜きますから!」
そう言って笑顔で答えた。
まゆおのその言葉に俺は安心した。そして俺は同時にまゆおの成長に嬉しく思った。
日々、まゆおは成長を続けている。初めて会った時よりも確実にまゆおはたくましく、そして強くなっているとそう感じた。
「ああ。よろしくな」
俺はそう言ってまゆおに微笑みかけた。
その後、まゆおは自室へと帰っていった。
そしてまゆおと入れ替わるように今度はキリヤが教室へやってきた。
「先生、ちょっといい?」
そう問うキリヤは笑っているものの、何かを含んだ表情をしているように感じた。
もしかして何か相談事でもあるのだろうか。でも、なんで今このタイミングなんだろう?
そんなことを思いつつ、俺はキリヤの目をまっすぐに見つめて返事をする。
「ああ、大丈夫だ」
「……さっきの話は何?」
キリヤは先ほどの笑顔のままで俺に問う。
その問いの意味を一瞬考えたが、おそらく俺とまゆおの会話を偶然耳にしたんだろう。そしてキリヤは俺がしたまゆおへの意味深な問いに疑問を抱いたというところか。
でも俺はその問いに答えることはできない……。
「な、何でもないよ……」
そう言って、俺はとっさに目をそらした。
こんなことでごまかせるはずがないことくらいはわかっているけれど。
そして冷ややかな笑顔で俺の目の前に来るキリヤ。
「何でもなくないよね? 今朝からちょっとおかしいよ? どうしたの?」
キリヤに真実を話すべきか、俺は迷った。
またあの誘拐事件の時のように、キリヤを巻き込んでしまうのではないかとそう思ったから……。
今回の事件は簡単な問題ではない。だから生徒であるキリヤを巻き込みたくはないと俺はそう思った。
そして俺は真実を伏せることにした。
「……悪い」
「はあ。今はまだ話せないってことね。わかったよ。でも困ったら、何でも言ってよ? 僕はいつだって先生の力になりたいんだからさ」
キリヤは何かを察してか、それ以上は深堀りをしてこなかった。
「ありがとな、キリヤ」
生徒に甘えてばかりでいられない。俺は俺ができることをしなくてはならないのだから。
そしてそのあとはいつもの他愛ない話をしながら、俺たちは教室を出たのだった。
キリヤと別れた俺は、職員室で報告書をまとめていた。
「よし、これで送信っと……ふう」
俺は一息つきながら、座っている椅子の背もたれに身体を預けた。
「さてと……」
それから身体を起こし、今度はポケットからスマホを取り出すと、まゆおから聞いた話を連絡するために俺は所長へ電話をかけた。
呼び出し音が切れ、所長が電話に応じる。
「もしもし?」
『暁君。お疲れ様。君から連絡してくるなんて、珍しいね。……もしかしていろは君に何かあったのかい?』
「そういうわけでは……ただ少しでも役に立てるかなって言う情報を得たので」
『ほう……』
それから俺は、まゆおから聞いたいろはの情報を伝えた。
『つまり君は、いろは君のその心臓の痛みに何かヒントがあるんじゃないかと考えたわけかい?』
「ええ。もしかしたら、その病気は完治していなくて、それが身体をむしばみ、ストレスになって……ということもあるんじゃないかって」
もちろんそんなことはあってほしくない事実だが、俺が気付いた点はそれくらいしかなかった。
『なるほど……ありがとう。君は引き続き、施設で教師として生徒たちを見守ってくれ』
「わかりました」
『それから。君はこれ以上、この件には関わらないように。ここから先は私たちで調べるからね。君は君のやるべきことをやってくれ』
いつもより低いトーンの所長の声に俺は少し驚いた。
「で、でも、俺は……」
『君が生徒のことを心配する気持ちはわかるが、でも君がやるべきことは事の真相を調べることではない。それは、わかるね?』
「はい……」
『君は君にしかできないことをするんだ。人間は、みんな役割をもって生まれてくる。君がやるべきことは、わかっているかな?』
「教師……ですね。わかりました。僕は所長のことを信じています。だから必ずいろはを!!」
『ああ。もちろんさ』
そして会話を終えて、電話を切る。
「これ以上は関わるな、か……」
確かに似たようなことを以前、白銀さんにも言われたな。
あの時は確か、『ポイズン・アップル』のことだったか……
「ちょっと待てよ……」
俺は今までのことを思い返す。
能力者を操る、毒リンゴと呼ばれるチップ。
そして俺が見たいろはに似た白雪姫の夢。
政府から渡された資料に記載のないいろはの手術歴。
関わるなと言う所長の言葉。
「もしかしていろはの中に、『ポイズン・アップル』が……?」
まさかそんなことがあるなんて。でも真相はわからないままだ。
所長は関わるなと言っていたけれど、俺は……
しかし例えそれが真実だったとして、俺に何ができる……?
「また剛の時みたいに、何もできずに終わるのか。俺はいろはも救うことはできないのか……」
悔しさと不甲斐なさを感じ、押しつぶされそうになる。
俺はぐっと両手に拳をつくり、その手を見つめた。
もう同じ気持ちは味わいたくない……
だが、今の俺は握った拳をただ見つめることしかできない。
そして白銀さんの言った言葉を思い出す。
『君は君にしかできないことをしたらいい。それが誰かのためになる』
「俺にしかできないこと……」
そうだ、俺は教師だ。
ここで生徒たちが楽しく平和に暮らせるようにすることが今の俺がすべきことだ。
「いろはのことは所長たちに任せよう。俺はここで俺にしかできないことをやるだけだ」
行動を誤れば、また同じことの繰り返しになる。
だったら俺はそうならない選択肢を取るだけだ。
悶々と考えていると、窓の外は真っ暗になっていた。
「もうこんな時間か」
そして俺はいつも通りに夕食を摂る為に食堂へ向かった。
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