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第3章 毒リンゴとお姫様

第22話ー③ いつかまた会えるその日を信じて

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 夕食の時間になり、生徒たちは食堂に集まりだす。

 その中にいろはの姿もあった。

 さきほど、屋上にいた時のいろはよりも明らかに明るい表情になっていた。

 きっとまゆおに自分の思いを素直に伝えられたんだろう。

 そしてこれからみんなに話すための覚悟も決められたみたいだ。

 全員が食事を取り、着席するといろはが話し始めた。

「みんな! ちょっといいかな? 大事な話があるの」

 その一言で、全員がいろはに注目した。

「アタシ、さ。ちょっと事情があって、ここを出て行かなくちゃいけなくなったの」

 それを聞いた結衣は身を乗り出して、驚く。

「え!? なんで急にそんな!!」
「事情って何?」

 マリアはそう尋ねるが、いろはは黙ってしまう。

「いろはちゃん! なんでなのですか!?」

 続いて結衣のいろはを問い詰める。

 しかしいろはは何も答えない。

「……結衣もマリアも落ち着いてくれ。いろはにも言えないことだってあるんだよ」
「先生は何か知ってそうだよね」

 真一は声のトーンを変えず、いつもの態度で聞いてくる。

「……ああ。でもこれは個人情報に関わるから、知っていても話すことはできない。すまないな」

 俺が頭を下げると生徒たちはそれ以上、何も追求してこなかった。

「みんな、ごめんね……」

 いろは申し訳なさそうな顔をしていた。

 そして事情を知らされていたまゆおは、何か言うでもなく悲しい顔をしていた。

「でもさ。アタシ、思うんだよ! これで終わりじゃないって! きっとまた、みんなと会えるって、アタシは信じてるから! だから……そんな悲しそうな顔しないでよ! ちょっと離れ離れになるだけなんだからさ!」

 いろはは笑顔でそう言った。

「いろはちゃん……」
「結衣。いろはだって、辛いんだ。だから、ちゃんと笑顔で見送ろうよ。僕たちはきっとまたどこかで会える。僕もそう信じているから」
「……キリヤ」

 結衣とマリアは目に涙を滲ませながら、「うん」とうなずいた。

 キリヤと優香はなんとなくの状況は理解しているようだった。所長から事前に聞いていたのだろうか。まあそんなことはいいんだ。

「じゃあ最後まで、楽しもう! 時間がある限り!!」

 いろはがそう笑顔で言うと、暗かった食堂の空気が明るくなった。

 それからいつものようににぎやかな夕食となった。



 夕食を終え、全員が食堂を出ていった後に俺はいつもどおりに片づけをしていた。

 いろはは頑張って、みんなに真実を告げられたと思う。

 きっと辛かっただろう。

 でもまたみんなに会えるって信じたからこそ、きっとこの別れを受け入れられたのかもしれないな。

 そしてまゆおも。いろはとの別れを一番に悲しむのはまゆおだったと思う。

 でもまゆおもきっといろはとまた会えるって信じているからこそ、今回のことを受け入れられたのかもな。

「俺もあいつらを信じなくちゃな。俺たちの出会いにはきっと意味があるはずだ」

 そんなことを思いつつ、俺は片づけを進める。

「あれは……」

 俺は食堂の机の上に、音楽プレーヤーがあることに気がつく。

「これ……誰かの忘れ物か?」

 手に取り、まじまじとそれを見つめる。

 楽曲リスト『Brightブライト Redレッド Flameフレイム』と記載されていた。

 すると、食堂に誰かがやってきたようだ。

「……それ、返してくれない?」
「真一?」

 真一はいつもの調子で俺の手にある音楽プレーヤーを指さして言った。

「あ、ああ」

 俺は音楽プレーヤーを真一に渡すと、真一は受け取った音楽プレーヤーをポケットに突っ込んで足早に食堂を出て行った。

 真一の好きなバンドなのかな……?

「『Brightブライト Redレッド Flameフレイム』か……。調べてみるか」

 俺は片づけを続けた。



 食堂を出た真一は自室に向かっていた。

 そしてその途中で、まゆおに出会う。

「真一、君? そんなに急いでどうしたの?」
「まゆおには関係ない」
「……そうだね」

 そしてまゆおの横を通り過ぎようとしたとき、真一はピタッと足を止める

「……ちゃんと納得したの?」
「え……」

 真一からの突拍子もない質問に固まるまゆお。

「今回のこと、まゆおは納得したのかって聞いてるんだけど」
「……いろはちゃんが決めたことだ。僕は応援するって決めた。僕よりもきっといろはちゃんの方が辛いから。だから、僕は今回のことに文句はないよ」
「そう」

 そして真一は再び歩み始める。

 そんな背中を見つめるまゆお。

「真一君は、僕から何を聞きたかったのかな……」

 歩みを進める真一の目つきは鋭く、何かを憎んでいるような表情だった。



 いろはの告白から数日後、とうとう別れの時が来た。

 荷物をまとめ、車に詰め込むいろは。

 ゲートの前で、まゆお以外の生徒が集まった。

 各々で別れを悲しみ、励ましあっていた。

 もしかしてまゆおは別れが辛くて、自室から出られないのだろうか……あとから、部屋にいってやるか。

 俺はそんなことを思いつつ、いろはたちを見つめていた。

 そしていろはは出発直前に忘れ物をしたと言って、建物の中に入っていった。

「忘れ物ってなんだ……?」

 疑問に思った俺は隣にいたキリヤに問いかけると、

「先生は鈍感ですね」

 キリヤの隣にいた優香があきれ顔でそう答えた。

「は? どういうことだ?」
「まあ、僕たちはここで待っていようよ」

 困惑する俺を見て、笑顔でそう言うキリヤ。

 キリヤと優香は事情を知っているようだけど、俺にはさっぱり理解できなかった。



 建物内に入ったいろはは駆け足で屋上に向かう。

 そして屋上の扉を開けたその先には、まゆおがいた。


「ごめんね、遅くなって」

「僕こそ、ごめん。本当はもっと前に言うべきだったけど、なかなか覚悟が決まらなくて……」

「それで? 言いたいことって何?」

「……うん。いろはちゃん。僕、いろはちゃんのことが好きだ。だから、その……」


 言いかけたまゆおに抱き着くいろは。

「ありがとう、まゆお。アタシもずっとまゆおが好きだった。だから、また会えたら、今度はずっと一緒にいよう!」
「……うん。次はもう、この手を絶対に離さない。だから絶対にまた会おうね」

 それからまゆおといろはは一緒に建物から出てきた。

 いろははみんなに見守られながら、施設をあとにした。

 見送るまゆおの目には涙が溢れていた。

 しかし悲しみに支配されているわけではなく、その表情からは未来を信じる強い瞳を感じた。





 そして今よりもっと先の未来。

 まゆおといろはは再び出会い、二人は同じ時を生きることになる。

 白雪姫の物語のように、二人は末永く幸せに暮らしたのでした。
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