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第3章 毒リンゴとお姫様

第23話 その後の話

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 いろはが旅立って、数日。

 まゆおは明らかに元気がない日々を送っていた。

 ノルマは淡々とこなすものの、どこかうわの空……

「なあキリヤ。まゆおは大丈夫かな……。心が不安定になって暴走なんてことになったら……」

 キリヤは植物に水をやりながら、心配する俺をなだめるように答えた。

「まゆおは大丈夫だよ。いろはと何か約束をしたみたいだし! それよりも、先生の方が心配かな……そんなに気にしすぎると、胃に穴が開くだけじゃすまないよ?」

 確かにキリヤの言う通りかもな。

 心配しすぎで俺が倒れたら、元も子もない。

「ありがとな、キリヤ」
「うん! 先生は元気であってもらわないとね! それにまた先生何かあったってなると、どこぞのお嬢様から何をされることか……」

 キリヤは遠い目をしていた。

 きっとそのどこぞのお嬢様とは奏多のことだろう。

 俺が誘拐されたときに何か言われたのだろうか……

「キリヤの為にも、なるべく元気であるように努めるよ」
「よろしく頼みます……」

 それからしばらくキリヤは俺の自室に滞在し、他愛ない世間話をしていた。

 こんなに落ち着いた日々を過ごすのはいつぶりだろうか。

 そんなことを思いつつ、笑顔で会話するキリヤの姿をほほえましく見つめる。

 この時間がいつまでも続いたらなんてことを思ったが、俺の頭にあることがよぎる。

 そして俺はそれをキリヤに尋ねた。

「キリヤは進路、どうするんだ?」

『ポイズン・アップル』の件で研究所に協力していたこともあり、キリヤは研究所に行くのではないかと俺は思っていた。


「……まだ迷ってる」

「研究所に行くことを?」

「それもそうだけど。何だろう。言葉にはできないんだけど、まだ一歩を踏み出せなくてね」

「そうか」

「決まったら、先生に一番に報告するから。だから、待っていてほしい」

「ああ。もちろんだ。お前が決めたことなら、俺はどんな道でも全力で応援するからな。だから、自分に嘘だけはつくんじゃないぞ?」


 その言葉を聞いたキリヤは安心したのか、顔が緩んでいた。

 進路の選択は人生の選択だ。

 今回の選択ですべてが決まるわけではないけれど、大人になるための第一歩を踏み出すための大きな選択であることに変わりはない。

 キリヤがどんな選択をしようと、俺は教師としてその背中を押すだけだ。



 まゆおは一人、食堂にいた。

 机に突っ伏し、耳にはイヤホンをして、いつかのいろはと一緒に聞いたバンドの曲を聴いていた。

「いろはちゃん、どうしているのかな。元気にしているかな」

 初めて来たときにこの曲はすごくきらきらしていて、とても元気をもらえたはずなんだけど……。今はなんだかさみしく聴こえる。

 流れていくサウンドを聴きながら、そんなことを思うまゆお。

「あの時はいろはちゃんと聴いていたから、輝いて聴こえたのかもしれない」

 そして食堂に真一が入ってきて、真一は突っ伏すまゆおの前に立った。

 まゆおはイヤホンを外して、顔を上げる。

「いつまでしょぼくれてるの。納得したって言っていたくせに、全然そう見えないけど」
「真一君には関係ないでしょ」
「まゆおはいろはがいなくちゃ、何にもできないんだ。ひとりで前を向くこともろくにできないなんてね」

 真一は嫌味っぽくまゆおに告げる。

「そんなこと!!」
「じゃあいつまでそうしているの?」
「……」

 まゆおは目をそらす。

「ほら、一人じゃ何にもできない。都合のいいときだけ音楽に頼ってさ。……それじゃ、僕と一緒じゃないか。」
「え?」
「まゆおは僕とは違う存在であってよ。そうじゃないと、僕も調子が出ないだろ」

 そう言いながら、真一は食堂を出て行った。

「真一君……もしかして心配してくれたのかな」

 まゆおは真一の出て行った入り口を見つめる。

「まあそうだね。いつまでもしょんぼりしていても、いろはちゃんに怒られるだけだよね。次、いろはちゃんに会う時までに、カッコよくならなくちゃ!」

 そしてまゆおは前を向き、歩き出したのだった。
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