上 下
118 / 501
第4章 過去・今・未来

第26話ー② 未来へ進む路

しおりを挟む
 先生の自室を飛び出した僕は優香を探した。

「この時間は、たぶん……」

 優香の自室の前。

 本来、女子の生活エリアには男子生徒の僕は進入禁止だけど、今はそんなことを考えている場合ではなかった。

 そして僕は優香の部屋の扉をノックする。

「はい。どなたですか?」

 優香の声が扉越しに聞えた。

「あの、僕。キリヤだけど……」

 僕の言葉を聞いた優香は扉を思いっきり開けて僕の腕をつかみ、勢いよく自室の中に入れた。

「ちょっと、何してんの!? 女子の生活エリアは男子禁制! 忘れたの!?」

 珍しく声を荒げながら怒る優香。

「そんなことは知っているよ。でもどうしても今、優香に伝えたいことがあったから……」

 そんな僕を見て、あきれた顔をする優香。

「スマホに連絡くれれば、出て行ったのに」

 その言葉にはっとするキリヤ。


「馬鹿なの?」

「いや、あんまり急いでいたから、そのことが思い浮かばなくて……ははは」

「はあ。君らしいね。普段はクールなくせに、いざというときは感情で動いちゃうんだから」

「おっしゃる通りです」

「それで、話って何?」

「僕の進路のこと……前に聞きたがっていたでしょ」


 僕の言葉を聞いた優香は俯く。

 優香が俯いたのはきっと僕の進路はだいたい予想済みだからだろう。

 でも僕は、君にそんな顔をさせるために来たわけじゃないんだよ。

「僕は研究所に行くことにした」
「……うん」

 優香は悲しそうな声で小さく返事をする。

 そして僕はそんな優香に優しい声で僕の考えを告げる。

「だから、優香も一緒に来てほしい。二人で研究所に行こう!」
「え……? でもそんなこと無理に決まってるよ。だって私はまだ卒業できないんだよ」
「優香は飛び級で卒業にしてもらうことにした。だから僕と一緒に研究所にいけるんだよ!」

 優香は顔を上げて目を見開くと、

「と、飛び級!? そんなこと、どうやって!」

 驚いた顔をしながら僕にそう尋ねた。

「先生が何とかしてくれるって。だから優香、僕と一緒に」
「私が、キリヤ君と一緒に……?」
「うん。嫌かな……?」

 すると優香は目にいっぱいの涙をためていた。

「い、嫌なはず、ないじゃない……行きたい。私もキリヤ君と! ずっと一緒にいたいよ!!」
「じゃあ決まりだ」

 そして僕は優香に優しく微笑む。


「ありがとう、キリヤ君。私、また一人になるんじゃないかって、ずっと怖かった。本当はキリヤ君を応援したいって思っているのに、それでも自分の気持ちが勝っていて……だから、キリヤ君を困らせるようなことを……」

「ありがとう、優香。君がそんなに思ってくれて嬉しいよ」


 それからしばらく優香は泣き続けた。

 そして僕はそんな優香のそばにいた。

「……ごめんね、また付き合わせちゃって」
「大丈夫。もう慣れたよ。じゃあ僕はそろそろ部屋に戻るから。また、食堂でね」
「うん」

 そして僕は優香の部屋を後にした。

 さて、先生の方はどうなったのかな。うまくいっていますように。

 そんなことを願いながら、僕は自室に戻った。



「お疲れ様です。暁です。今、よろしいですか?」

 俺はキリヤとの約束を果たすために、所長に電話をしていた。

 あんな約束してしまったが、うまくいく保証なんてない……

 でも、俺はできることをやるだけだ。

『お疲れ様。どうしたんだい?』
「実は所長にお願いしたいことがありまして……」
『ほう。珍しいね。君がお願いなんて』

 所長は少し嬉しそうにそう言っていた。

「そうでしょうか? まあそんなことはともかく……実はお願いっていうのは、キリヤのことなんですけど……」

 そして俺は所長に優香の飛び級とキリヤと優香の研究所の所属をお願いした。

『なるほど……』
「無理でしょうか」
『君はなぜ、そうしたいと思ったんだい? 優香君が飛び級したとして研究所に所属することになれば、危険が待っている。担任教師として、彼らの身の安全を願うのが普通じゃないか?』

 確かに、所長の言う通りだと思う。

 研究所に所属すれば、『ポイズン・アップル』の時のような危険な事件に巻き込まれることになる。

 そうなった時、俺は二人を守ってあげることはできない。

 でも――

「俺は、キリヤたちがやりたいと思うことをやらせてあげたいんです。人生は一度しかない。だったら、キリヤたちがやりたいと思うことに挑戦させてあげるのが、担任教師の役目だと思ったんです」

 俺は迷うことなく、所長に思いを告げた。

 沈黙していた所長は、急に笑い出す。

『ははは! 実に君らしい答えだ! 君が教師になりたいってそう言ったときのことを思い出すよ! ……わかった。優香君の飛び級を認めよう。そのことは私から政府に連絡しておくよ』
「あ、ありがとうございます!!」

 俺は所長に見えていないとわかっているが、深々と頭を下げた。

『暁君、君はいい教師になったね。嬉しいよ』

 俺は所長のその言葉がとても温かく感じた。

 そしてその言葉に目頭が熱くなった。


「所長が俺に希望を与えてくれたから、今の俺があるんですよ。だから、お礼を言わなきゃいけないのは俺の方です。本当にありがとうございます」

『そう言ってくれると嬉しいよ。でも君の思いの強さが引き寄せた希望さ。だから、これからも生徒たちのことを頼んだよ』

「はい!」


 そして俺はキリヤにいち早く伝えるべく、電話を切った後にキリヤの自室に向かった。
しおりを挟む

処理中です...