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第4章 過去・今・未来

第27話ー⑥ 過去からの来訪者

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 教室。優香は反撃のチャンスをうかがっていた。

 そして聞こえてくる男たちの声。


「おい! やべえ教師が戻ってきたみたいだ! 俺たちもずらかるぞ! 殺されるかもしれねえ!」

「人質はどうする!? それと何も持ち帰らなかったら、あの人から何を言われるか……」

「こいつを連れて行こう。S級を持ちかえれば、実験の役に立つってあの人は喜ぶかもしれないぜ」

「そりゃ、いいな」


 それはまずいかも……このままだと私はどこかに連れていかれて、実験に使われてしまう……。

 主犯の手掛かりが掴めたらと狸寝入りをしてみたけれど、全く有力な情報は得られなかったなあ。しいて言うなら、最後に聞いた『あの人』と『実験』ってワードくらいか。この二人からはもうこれ以上の情報は得られないだろうな。

 だったら、もう寝たふりはいいや――。

 そう思った優香は身体の一部を蜘蛛化させて、縄をほどく。

 それから目をあけて、立ち上がり背伸びをする。

「おい! この女、起きやがったぞ!! それに、縄がほどけてやがる!」
「なんだって!?」

 優香の姿をまじまじと見つめる男たち。

「じゃあおじさんたち。知っていることを全て話してここから出て行くか、糸でぐるぐる巻きにされたあと拷問されるか。どっちがいいですか?」

 優香は万遍の笑みで男たちの前に立ちながらそう言った。

 そして優香の万遍の笑みに震え上がる男たち。

 それから優香は知っている情報を聞き出した後、男たちを逃がした。

「なるほど。大本の依頼主はわからないけど、でも依頼主は相当なお偉いさんってことか……」

 顎に指を添えて考える優香。

「もしかして、『ポイズン・アップル』の件と関係があるかもしれない。……逃がしたのは間違いだったかな。まあでもあんな底辺を人質に使っても、きっと主犯は姿を現すことはないだろうな」

 そんなことを呟きながら、教室を出る優香だった。



 まゆおと俺は、優香と真一を探すために廊下を歩いていた。

「あいつらの目的はなんだったんだろうな。俺が来た途端に逃げて行ったけれど……」

 俺はなんとなく思ったことをまゆおに言った。

「あの子たちの目的はシロちゃんを連れて行くことだったみたいです」
「シロを……? でもなんでシロなんだ? それにシロのことをどこで知って……」

 わからないことだらけだ。

 シロのことを知っているのは、ここにいる俺と生徒たちと研究所の一部の人だけのはず……

 なぜシロを狙ったのだろう。

「でも先生が来てくれて、助かりました。ありがとうございます。先生が来なかったら、今頃僕は……」

 そう言って、まゆおは俯く。

 もしかしたらまゆおは、あの時に自分は死んでいたかもしれないとそう思っているのだろうか。

 そんな思いをさせてしまったことは、正直教師として反省すべきところだとは思う。でも今はそんなことより、まゆおやシロたちの無事が俺にとって嬉しいことだった。

「間に合って本当に良かったよ。まゆおもマリアも結衣もシロもみんな無事でよかった。あとは、真一と優香だな。二人とも無事だといいけれど」

 俺が不安な声を漏らすと俺を心配してくれたのか、まゆおは笑顔を作って答える。

「たぶん二人とも無事だと思います。真一君も糸原さんも優秀ですからね」
「ああ。そうだな」

 そんなまゆおの笑顔を見た俺は、不安が和らいで笑っていた。

 それから俺たちが廊下の角を曲がると、その場に座り込む真一の姿があった。

「真一君!?」

 まゆおは驚き、真一に駆け寄る。

「……うるさいなあ。大丈夫だよ。ちょっと休憩してただけ」

 真一は鬱陶しそうな顔で、まゆおに答える。

 そして俺も真一の傍へ行き、身体の無事を確認してほっと胸を撫でおろした。

「言い返せるってことは、大丈夫そうだな」

 俺の言葉を聞いた真一は立ち上がり、何も言わずに歩き出す。

「真一君!」
「放っておいてくれない? ……それと、さっきの続きはまた今度。じゃあ、僕は部屋に戻るから」

 そう言って、真一は自室に戻っていった。

 まゆおは真一の背中を見つめていた。

「さっきの続きって?」

 気になった俺はまゆおに問う。

「実は……さっきちょっと、口喧嘩を……」

 そう言って苦笑いをするまゆお。

 一体どんな状況で口喧嘩になったのだろうかと少々気にはなったが、何事もなかったわけだし、これ以上は追求しないことにした。

「そうなんだな。まあ時間が経てば、真一ももう忘れているだろうし、あんまり気にするな!」

 そう言って、俺はまゆおに微笑みかける。

「そうですね。ありがとう、ございます!」

 まゆおも笑顔で俺に返した。

「じゃあ先生。糸原さんを探しましょうか!」
「おう! そうだな!」

 そして俺たちは優香を探すべく、再び歩き出した。



 研究所。

 僕はみんなの無事を信じて、研究所で先生からの連絡を待っていた。

「キリヤ君は暁君のことを随分、信用しているんだね」

 ゆめかさんは僕のそう言った。

「ええ。僕は、何があっても先生を信じるって決めていますからね」
「ふふ。素敵な絆だね」

 ゆめかさんはそう言って微笑んだ。

「あの……ゆめかさんは僕たちの敵、なんですか……?」

 僕は探るようにゆめかさんへそう問いかけると、ゆめかさんはそっぽを向いてゆっくりと答える。

「私は、運命に従っただけさ」
「運命……?」
「ああ。これでよかったんだ」

 そう言いながら、どこか遠い場所を見つめるゆめかさん。

 ゆめかさんは何を言っているんだろう。

 それに運命に従うって……?

 そしてそれ以上、ゆめかさんは答えてはくれなかった。
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