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第7章 それぞれのサイカイ

第52話ー④ 青春

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「って、凛子はどこにいるんだよ!!!」

 暁は施設の中を歩き回ったが、どこに行っても凛子には出会えなかった。

「まあこんなに探していないのなら、きっと自室にいるんだろうな」

 それがわかったところで俺は女子の生活スペースに行けないわけで――

「凛子が出てきたところに声を掛けるしかないか」

 すぐにどうこうできない状況に落胆する暁。

 真一たちにはなんて言おうか。まさか、ダメでした。なんて報告するわけにはいかないし。それに頑張っている2人の道をここで閉ざしたくはない――。

 そんなことを思いつつ、暁は廊下を歩いていた。

「きっと何か方法があるはずだ」

 そして暁が廊下の角を曲がると「ふがぁ」という声と共に誰かとぶつかった感触がして、その方に顔を向けるとそこには結衣の姿があった。

「ゆ、結衣!? 悪い! 大丈夫か?」

 結衣は鼻をさすりながら、

「ええ。私の方こそかたじけないのです…‥いてて」

 そう言って暁の方を見た。

「鼻、赤くなってるぞ!? 本当に大丈夫か??」
「あ、はい! 本当に大したことはないのですよ!」

 そう言って微笑む結衣。

「それならいいけど……ごめんな、ちょっと考え事をしていてさ」
「そうなんですね! もしも私に解決できそうなことであれば、お話聞きますですよ?」

 暁は、結衣のこういうところがすごくありがたいんだよな――と思いながら「ふっ」と微笑む。

「助かるよ。えーっとだな――」

 そして暁は結衣に事情を説明して、凛子が自室にいないか確認してきてもらうことにしたのだった。

 ――数分後。結衣は凛子を連れて戻ってきた。

「先生から私を呼び出すなんて、珍しいですねえ? どうしたんですかあ?」
「実は真一たちからテレビのことを聞いて……それでちょっと相談をと思ってな」

 暁がそう言うと気を遣ったのか、結衣はやることがあるからと言ってその場を去った。

「あらら、結衣ちゃんに気を遣わせちゃいましたね」

 歩いていく結衣の背中を見ながら、凛子がそう告げた。

「そうだな」

 今度、お礼に漫画かアニメのBlu-rayを買って渡そう――そう思いながら、結衣の背中を見る暁だった。

「ではここじゃなんですし、食堂でお茶でもしながら話しましょ」
「ああ、そうしよう」

 そして暁は凛子と共に食堂へ向かって歩き出した。

 その道中、暁は少々無粋だとは思ったが、凛子に過去のことを尋ねる。

「凛子、本当はアイドルじゃなくて女優がいいんじゃないか?」
「いきなりどうしたんですかあ? 先生ってそう言う事聞くタイプでしたっけ?」

 凛子は歩きながらそう答えた。

「凛子は前にアイドルであることを悩んでいたっていうデータを読んで、それでな……」
「ああ、それってここへ来る前に検査した施設の人が作成したものですよね? 軽い面談と身近な人間の話を元に作られているっている」
「あ、ああ」

 あのデータってそうやって作られていたんだな。でもなんで凛子はそんなことを? それって意外と有名な話なのか――?

「あの時の私はまだ青かったんですよねえ。だから荒んでいたと言いますか……でもこう見えて、今は結構アイドルも楽しんでいるんですよ? 新しい自分が見えたりすることが楽しいなって思えたりして!」
「そうだったのか」
「はい!」

 そう言って笑う凛子の顔を見て、暁はなんだか安心した。

 過去のデータを知ることは確かに必要かもしれないけれど、生徒たちはみんな今を生きている。

 過去は過去として今の生徒たちをカタチ作るのに必要なものかもしれないけれど、やはり過去は過去でしかないんだ。生徒たちは常に成長して進んでいる――。

 そう思い、暁は自然と笑顔になっていた。

「先生? なんだか楽しそうですねえ」

 凛子は暁の顔を覗き込みながらそう言った。

「ああ。俺の知らないところで凛子は成長していたんだと思ったら嬉しくてな」
「ありがとうございますぅ。でもそれはきっと私だけじゃないと思いますよお?」

 凛子は笑顔でそう答えた。

「そうだな。きっとここにいる生徒たちはみんなそれぞれの成長をしているんだろうな」
「ふふふ」

 そして食堂に着いた暁たちは本題へ。

「それで相談っていうのはなんですかあ?」
「ああ実は、しおんたちに密着取材の話をしただろう?」

 暁がそう尋ねると凛子は口元に指をあてて、

「ああ、はい。しましたね」

 と笑ってそう答えた。

「そのことをしおんたちに相談されて、許可を取るために研究所の所長に連絡と取ったんだが、ダメだって言われてな……」
「やっぱりそうなりますよねえ」

 腕を組みながら、「うんうん」と頷いてそう言う凛子。

「もしかして、わかっていたのか」
「まあ、なんとなくですけどね。それじゃあ次の手を打ちますかあ☆」
「次の手?」

 そう言って首をかしげる暁。

「はい! 先生もそれを聞きに来たんですよねえ?」
「あ、ああ」

 暁は凛子の勘の鋭さに驚いた。

 長年芸能界にいると、そんな間の鋭さも必要になってくるのかもしれないな――。

 そう思いながら凛子の顔を見る暁。そしてそのまま凛子の話に耳を傾けていた。

「一応もう一つ、考えがあるんですよお。テレビのスタッフが入ってくるのはダメだけど、こちらから情報を提供すればいいのかなって」

 こちらから情報を提供――?

「それってどういうことだ?」
「ふふふ~。知立凛子がリポーターとして、噂のミュージシャンを大調査!! って内容に変更してもらっちゃおうかなと!」

 凛子の提案に驚く暁。

「そんなこと、できるのか……?」
「ええ、任せてください! 昔から知っているプロデューサーさんですし、多少のお願いは聞いてくれると思います! それだったら、所長さんもいいよっていうのではないですか☆」

 確かに――暁はそう思いながら頷くと、

「そうだな! それなら所長も!!」

 満面の笑みでそう答えた。

「でもなんでそんなことまで考えてくれていたんだ? ちょっと意外だな。凛子としおんはてっきり犬猿の仲かと思っていたんだが」
「ライバルですからね。しおん君と私は世界一を争うライバルだから、早く私と同じところに来てもらわないと!」

 凛子はそう言って楽しそうに笑う。

「あはは。そうなんだな!」
「はい! では、プロデューサーさんへの打診と当日の段取りは私に任せてください! その代わり、先生は所長さんへの説得を頼みましたからねえ!」
「おう! 任せとけ!」

 そして凛子は自室へと戻っていった。

 凛子はああ見えていろんなことを考えて行動しているんだろうと思うと、俺も見習うべきところかもしれない。

 普段はしおんといがみ合ってばかりだけど、あのいがみ合いも凛子なりにしおんに何かを伝えるための行動なんだろうな――

 暁はそんなことを思いながら、職員室までの道中を歩いていた。

「凛子も大物になるんだろうな……担任教師としては嬉しい限りだ」

 そんなことを呟きながら、暁は職員室に戻った。
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