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第7章 それぞれのサイカイ

第52話ー③ 青春

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 真一たちが職員室を去ったあと、暁はさっそく所長に連絡を取った。

「もしもし暁です」
『おお、暁君! お疲れ様。どうしたんだい?』
「実はちょっとお願いしたいことがあって」
『ほう。なんだい?』

 そして暁は真一たちから頼まれた密着取材のことを所長に尋ねた。

『なるほど……』
「俺は2人の気持ちを尊重したいと思っています」
『君の気持ちはわかった』
「じゃ、じゃあ――」
『でも許可はできない』

 暁の言葉を遮るように所長はそう告げた。

「え……なんでなんですか! せっかく2人に巡ってきたチャンスなのに!」
『それはわかっている。でもダメだ』
「でも……」

 どうして所長は許可してくれないんだ――そう思いながら、俯く暁。

『君は君のポリシーで生徒たちのデータを読まないことにしているようだけど、そろそろ一度くらいは目を通すのもありなんじゃないかい?』
「え……?」

 唐突言われた言葉に、目を丸くする暁。

『データを読み終えたら、また連絡をくれ。じゃあね』
「しょ、所長!?」

 そして一方的に電話を切られた。

「データを、か……」

 所長は俺に何を知ってほしいと思っているんだ――?

 そう思いながら、『通話終了』と表示されたスマホの画面を見つめる暁。

「とにかくデータを見て見るか……」

 それから暁は、机の端に積まれている生徒人一人のデータに目を通し始める。

「結衣のデータは聞いた話と大体一緒だな」

 そういえば、まゆおや真一とは出会ってもう3年以上になるのに、出会う前のことを話したことがなかったな――。

 そう思いながら、暁はまゆおのデータが記載された書類を手に取る。

「まゆおは兄弟仲があまり良くなかったのか……」

 だから兄貴が来たときにあんなに警戒していたんだな。もし俺がそのことを知っていたら、まゆおの兄貴はあんなことには――暁はそう思いながら、データに目を通す。

「今の生徒たちを知ることは出来ても、結局データを見ることでしか生徒たちの過去を知ることができないってことか……」

 所長が言いたかったのはそういう事だったのかもしれない。生徒たちの過去を何も知らないまま、もしこの施設のことがテレビで放映されたとき、誰かが傷つくことになるかもしれないと教えたかったんだろう――。

 それから暁は各生徒たちのデータを読んだ。

 凛子が芸能活動の中で抱えていた悩み、しおんと弟の関係。そして織姫の苦悩――この施設だけでは知りえない情報ばかりがそこには記載されていた。

 これがすべて真実じゃなかったとしても、それでも生徒たちはそれなりの過去を抱えているんだな――と暁はそのデータを通して初めて知った。

「最後は真一か……」

 以前、暁はキリヤがデータを読んでいた隣でなんとなくのことは聞いていたけれど、ちゃんとデータを読むのは初めてだった。

 真一がどんな家庭で育ち、そしてここへ来たのか――。

 暁はそんなことを思いながら息を飲み、そのデータに目を向けた。

 そして暁はそこに書かれている真一の悲しい過去に衝撃を受けた。

「こんなのって――」

 真一はどこか他人を寄せ付けないオーラを纏ってはいると思っていた暁だったが、まさかこんな過去があったなんてとデータの紙を握る手に力が入っていた。

「誰も信じる人がいなかったのか……いや、信じたいけれど信じさせてくれなかったんだな」

 そして先ほどしおんと共に職員室に来た真一の顔を思い出す暁。

 さっきの真一はとても楽しそうな表情をしていたな。そしてしおんに出会ってから真一はだいぶ変わったように思える――。

 もしここにしおんが来なくて、自分がこのデータを読まずにいたら、きっと真一は誰も信じることができずに大人になっていたのかもしれないなとふいに思う暁。

「いろんな奇跡が重なって、今の真一があるのかな」

 そんなことを呟き、暁は少しほっとしていた。

 それからデータを一通り読み終えた暁は、コーヒーを入れて椅子に腰かけた。

「要するに、スキャンダルだらけのこの場所を公にするのはダメだってことなんだろうな……はあ」

 そう言って暁はコーヒーを一口飲んだ。

「どうしたものか」

 しおんのことはわからないけれど、たぶん真一はある程度の覚悟を決めて俺の元へと来たはずだ。だから真一の過去の問題はなんとかできるとして。所長が危惧しているのは他の生徒たちへの影響なんだろうな――。

 凛子はそもそも芸能活動をしている身だからいいだろう。しかし他の生徒たちはそうもいかないわけか。大きな問題があるとすれば、まゆおが過去に起こした事件だろう。

 そう思いながら、まゆおの兄が施設に来た時のことを思い出す暁。

「それに兄貴のことも……」

 真一たちを応援したい思いはあるけれど、でもそうすると他の生徒たちに影響する可能性を知った暁は、

「何かいい方法はないのかな」

 ため息交じりにそう呟いた。

(確か真一たちはこの話を凛子が持ってきたって言っていたな)

「凛子にでも相談してみるか……他にいい方法があるかもしれない!」

 結局自分だけの力ではどうともできない問題なんだなと、力のなさに不甲斐なく思う暁。

「いい方法が見つかった時、また所長に提案しよう」

 それから暁は凛子を探すために職員室を出たのだった。
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