上 下
270 / 501
第7章 それぞれのサイカイ

第53話ー④ 風向き

しおりを挟む
 3週間後。9月の中旬。学祭レクの日がやってきた。

「よし! 朝食後、シアタールームに集合だからな!!」

 暁が食堂でそう告げると、生徒たちは各々返事をしてご飯を食べる手が早くなった。

 みんな、本当に楽しみなんだな。俺も――!

 そう思いながら、暁も朝食を摂る手を早めたのだった。



 そして朝食を終えて、シアタールームに集まる生徒たち。

「じゃあレクリエーションを始めるぞ! 順番は以前くじ引きで決めた通りだ!」

 暁がそう言うと結衣たちは立ち上がり、準備を始めた。

 そしてマイクを手に持つ凛子。

「じゃあ私達からの出し物は、10分の短編ドラマですう!! 知立凛子プレゼンツ、女子~ズ初ドラマをどうぞお楽しみください☆」

 それからシアタールームは真っ暗になり、凛子たちのドラマが始まった。


 * * *


「まさか、あなたが犯人だったなんて……」

 そう言って悲し気な表情をする結衣演じる、OL。

「ふふふ……今更気が付いてももう遅いわ! だって、あなたもここで死ぬんだから」

 そう言って凛子演じる犯人のカフェ店員が、OL(結衣)に拳銃を向ける。

「私達、親友だったじゃない! なんで、こんな!!」
「あなたがもっと早く気が付いていたら、私はこんな過ちを起こすことはなかったのに……あなたが悪いのよ!! あなたがもっと私を見ていてくれたら!!」

 結衣と凛子の迫真の演技に、会場にいる全員が息を飲む。

「ま、ままま待ちなさい!!」

 ドタドタと急に現れる、織姫演じる警察官。

「あなた……そう。あなたは警察官だったのね。だからあの時、カフェに」

 カフェ店員(凛子)は突然現れた警察官(織姫)に悲し気な表情を浮かべていた。

「は、はいい! だますような真似をしてすみませんでした!!」

 緊張で硬くなっている織姫の姿が可愛らしく見えて、暁はついくすっと笑ってしまった。

「あなたとなら、良い関係を築けると思っていたのにな……悲しいけど、あなたもここで死になさい」

 カフェ店員(凛子)は警察官(織姫)に銃を向けた。

「ええ。好きにしてください!! でも……今私を撃ったら、現行犯で捕まりますよ!」

 そして鳴り始めるパトカーのサイレン。

「くっ……」

 そしてカフェ店員(凛子)はその場で膝をつく。

「これ以上、傷つくことはないんです。さあ、また一からやり直りましょう」

 そう言ってカフェ店員(凛子)の肩に手を乗せる警察官(織姫)。

「こんな私でも、またやり直すことなんてできますか……?」

 カフェ店員(凛子)は顔を上げながら、不安な顔をそう言った。

 そして警察官(織姫)は、「もちろん!」と言って微笑んだ。

「私も待っているから! あなたが罪を償って出てくることを!!」

 OL(結衣)は口元を押さえ、涙をこらえながらそう言った。

「じゃあ行きましょう」
「はい……」

 そして警察官(織姫)はカフェ店員(凛子)に寄り添いながら、サイレンの聞こえる方へ歩いていったのだった。

 ~ 完 ~


 * * *


 映像が終わると、シアタールームの明かりがついた。

 そして暁は結衣たちに拍手を贈った。

 暁は拍手をしながら、もともと子役の凛子や声優を目指す結衣の素晴らしい演技に感動し、そして演技が初めての織姫も初めてとは思えない演技を見せてくれたと思っていた。

「ご視聴いただき、ありがとうございました!」

 凛子がそう言って頭を下げたあと、結衣と織姫も続いて頭を下げた。

 そんな3人にシアタールームにいた全員が再び温かい拍手を贈る。

(10分と言わず、もっと観てみたいと感じるドラマだったな)

 そう思いながら暁は3人を見つめたのだった。



 それからレクリエーションは進み、まゆおの剣術と暁の即興マジックショーの後、とうとうトリの『はちみつとジンジャー』の順番がやってきた。

「トリを飾らせてもらいます、『はちみつとジンジャー』です! みんな、楽しんでいってくれ!!」
「じゃあさっそく最初の曲。僕たちが初めて作った思い出の一曲、『風音のプレリュード』」

 真一の曲振りからしおんがアコースティックギターを弾き始める。

 そしてその音にしおんが歌声を乗せていく。

「やっぱり2人の歌はいいな……」

 そんなことを呟き、暁は『はちみつとジンジャー』の曲を聴いていた。

 そしてオリジナル曲とカバー曲を披露していく『はちみつとジンジャー』。

「――じゃあ、次が最後の曲だ!」
「しおんが僕のために初めて作ってくれた歌を僕としおんの歌にしたんだ。僕たち2人の音楽を聴いて――『Thanks…』」

 暁はギターの音を聴いた瞬間に、あの時の曲か――と思い、ふっと笑った。そして真一が教室でまゆおと揉めていた時のことを思い出す。

「この曲で真一は救われたんだったよな……」

 その時のことと歌詞が合わさって、暁は目にはうっすらと涙が浮かぶ。

 歌を聴いて泣くことなんて、初めてかもしれないな――。

 暁がそんなことを思っているうちに、『はちみつとジンジャー』のライブは終わった。



 レクリエーション終了後、食堂にて。

 生徒たちはそれぞれの出し物の感想を言いあっていた。

「10分ドラマ、すげえな! ほめたかないが、さすがは元天才子役だな」

 しおんは恥ずかしそうに凛子へそう告げた。

「ふふふ、ありがとうございまあす☆ そう言うしおん君たち『はちみつとジンジャー』も素敵でしたよ。なんだか、とても背中を押された気がします。ほんの少しですけどね!!」
「素直じゃねえなあ」
「しおん君には言われたくないですう!!」

 そう言って頬を膨らませる凛子。

「はいはい……」
「でも本当にすごかった! ありがとう、しおんくん。真一君も!」

 まゆおはそう言って笑っていた。

「これくらい当然だから」

 そう言いながら、そっぽを向く真一。

「相変わらずなんだから」

 そんな真一を見て、まゆおはやれやれと言った顔で笑った。

「そういえば先生のマジックショーもなかなか楽しめましたぞ!!」

 結衣は暁の隣に来てそう言って微笑んだ。

「あはは! ありがとう! 楽しんでくれたなら、本望だよ!」

 そしてしばらくの楽しい時間が続いたのだった。



 その日の夜。

 暁はいつものように食堂の片付けをしていた。

「みんな、楽しんでくれたみたいだな。よかった」

 食堂にいた時に生徒たちの姿を思い出して、暁はそんなこと呟いていた。

 真一もとても楽しんでいたみたいだし、スキャンダルのことも忘れられたのならいいけどな。それとこのままネットの噂も収まってくれればいいんだが――

 そう思いつつ、食器を持つ手に力が入る。

「まあ俺は俺ができることをやるだけ、だな!」

 そして暁は食堂の片づけを終えて、自室に戻ったのだった。
しおりを挟む

処理中です...