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第8章 猫と娘と生徒たち

第61.5話 結衣の入学試験

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 時間は少し遡り、それは夏休みを終えてすぐのことだった――。

 結衣は話があると言って、職員室にいる暁の元を訪ねていた。

「――というわけで、今度の日曜日に養成所の入学試験へ行ってきますです」
「ヨウセイジョ……? って何なんだ??」

 結衣の言った単語の意味がわからない暁は、首をかしげてそう言った。

「私の言う養成所って言うのは、声優になるための学び舎のことです!」
「あ、なるほど!」

 暁はそう言ってポンっと手を打った。

「これが私の夢の第一歩という事ですな!」

 そう言ってニコッと微笑む結衣。

「そうか。頑張れよ、結衣!!」
「はい!」



 そして日曜日。結衣は迎えに来た父親と共に、入学試験の会場へと向かった。

「お父さん、本当に久しぶりですね。お母さんは元気にしていますか?」
「ははは! 結衣は相変わらずみたいで父さん、嬉しいよ。母さんも変わりない。もうすぐ結衣が帰ってくるって楽しみにしているぞ」

 結衣の父は笑顔でそう言った。

「そうですか。ふふふ。それは嬉しい限りなのです! 私もお母さんに会えるのが楽しみで仕方がないのですよ」
「……今までごめんな、結衣。これからは今まで向けられなかった愛情をたくさん結衣に向けて行くからな」 

 そんな父の言葉を聞いた結衣は、

「お父さん……ありがとう。私もこれからお父さんとお母さんに親孝行していきます!!」

 微笑みながらそう答えた。

 そして久しぶりの親子での会話を楽しんでいるうちに、結衣たちが乗っている車は試験会場まで到着していた。

「じゃあ父さんは近くの喫茶店にいるから。終わったらまた連絡をくれな」
「はいなのです!」
「結衣、頑張れよ!」
「できる限り、精一杯!!」

 そう言って結衣は父に笑顔を向けて、会場の中へ向かったのだった。



「えっと私の番号は、28番ですか」

 そう呟きながら、結衣は自分の番号が書かれている席に着く。

 それから結衣は周りを見渡した。

 ここにいる人たちはみんな声優になりたくてここにいるのですね――

 そんなことを思いながら、会場にいる受験者を眺めていた。

 緊張して顔が強張っている人、楽しそうに隣の席の人と話す人。そして実技試験に備えて、声出しをしている人……本当にいろんな人たちが揃っているんだなと思いながら、結衣は会場を見渡していた。

 私も頑張らないと――そう思った結衣は、両手で拳を作って一人頷いていた。

 そして結衣の入学試験は始まった。

 まずは筆記テスト。そこでは簡単な日本語と作文が出題された。

『どんな声優になりたいのか200文字以内で書きなさい』、か――。

 それから結衣はなぜ自分が声優になりたいと思ったのか、昔のことを思い出していた。


 * * *


『結衣ちゃん、いつまでそんな子供っぽいものが好きなの?』

 それは一人のクラスメイトが放った何気ない一言。この一言がきっかけで結衣はクラスメイトからいじめを受けるようになった。

 体育の授業でペアを組むときには、クラスメイトから無視をされて独りぼっちだったり、休み時間も結衣の存在はないものとして扱われていた。

『もうこんなの嫌だ……』

 そして結衣は自分の部屋に閉じこもった。

『このままここで引きこもって、もう二度と外の世界になんて出て行かないから。私はみんなと違う。だからみんなの迷惑になるくらいなら……』

 それからしばらく結衣は部屋から出てこなかった。

 心配した母は、少しでも結衣を元気づけようと買い物誘ったり、おいしいものを食べに行こうと言ってみたが、結衣は部屋から出て行くことはなかった。

『結衣。一人で悶々としていてもきっと辛いだろうから、これでも観てみて……』

 母はそう言って、結衣の部屋の前に一枚のDVDを置いて立ち去った。

『お母さん、何を置いていったんだろう』

 そして結衣はそのDVDを手に取り、DVDプレイヤー入れた。

 しばらくすると、画面がぱあっと明るくなる。

『魔法戦士スウィートハニー』という表記が出てくると、そのままオープニング曲が始まった。

『愛』『勇気』『友情』。女児アニメにありがちな言葉がたくさん使われているそのオープニング曲を聴きいる結衣。

 こんな言葉、今の私は気軽に言えないよ。でも、なんでなんだろう。私は子供っぽくても『愛』とか『勇気』とか、そういう言葉が好きなのにな……やっぱり私はみんなと違うんだ――

 そう思い、しゅんとする結衣。

 そしてオープニングを終えると、主人公の幼少期の回想から物語が始まる。

 自分の好きを押し通しすぎた主人公は周りとの考えのずれに気づき、いつしか独りぼっちになってしまっていた。それから主人公は誰にも頼らずに、一人で自分の夢を追うことを決める。

『時間がないの。私は一人でも自分の夢を叶えないといけないんだから!』

 私と一緒だ。周りと考えが合わなくて、それで独りぼっちで――。

 それから結衣は、真剣にその先の物語を見守っていた。そして、

『私はあなたじゃなきゃダメなの! だから一緒に戦おう? 一人だけじゃ、見えない景色があるの。それはすごく素敵な景色なんだ。それを私達と一緒に見てみたいと思わない?』

 その言葉に救われた主人公は一人で戦うことをやめて仲間の手を取り、共に世界を救ったのでした――。

『仲間の存在……。私もまだ出会えていないだけなんだ。きっと私も一緒に素敵な景色を見る仲間が現れる。今は辛くても、きっといつか!!』

 それから結衣は夢中で『魔法戦士スウィートハニー』を観続けた。

 いつしか他のアニメを観るようになり、様々なアニメの作中にあるセリフに何度も救われた。

 そして――

『お母さん、私……声優になりたいのです!!』

 結衣は自然とそう思うようになっていたのだった。


 * * *


 母が持ってきた一枚のDVDが結衣の人生を大きくかえるきっかけとなり、今があるんだと思い出す結衣。

 その時に『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』が覚醒していることがわかって、それから施設に行くことになったんですよね――

 自分の経験をそのまま書こう――そう思った結衣は手を動かした。

 それから結衣は面接、実技試験をこなし、試験を終えたのだった。



 ――帰りの車中。

「結衣。試験はどうだった?」

 父はミラー越しに結衣を見ながらそう言った。

「大丈夫だと思います! だって今の私を出し切れましたし、それに……あの会場にいる誰よりも、私が一番声優になりたいと思っていましたから!」

 結衣は笑顔で父にそう答えたのだった。

「はは! ずいぶんの自信だな!!」
「ふふふ。それくらいの気概がないとですよ!!」
「そうか。そうだな!!」

 そして結衣は施設に戻って来た。



 ――それから数日後。結衣のもとに養成所の入学試験の合格通知が届いた。

「これで春から声優の勉強ができるんですね。なんだか楽しみなのです」

 そして結衣は今日も大好きなアニメを観て過ごしたのでした。
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