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第9章 新たな希望と変わる世界

第70話ー⑦ 残された子供たち

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 織姫はお風呂を終えてから、喉の渇きを潤そうと食堂へと向かっていた。

「何か飲み物ってあるかな……」

 そう呟きながら、織姫は廊下を進む。そして織姫が食堂に着くと――

「あれ、こんばんは。織姫さん」

 狂司が1人で食堂にいた。

「こんばんは。こんなところで、偶然ですね」

 織姫はそれだけ伝え、キッチンスペースの冷蔵庫へ向かう。

 なぜこんな時間に、1人で――?

 そして織姫はふと奏多が言っていた言葉を思い出した。

『――誘拐事件の、烏丸さんではないですよね?』

 やはり何かを企んでいるのでしょうか。それにしても――

「誘拐事件、か……」

 自分より年下の狂司がなぜそんなことをしたのか、と気になる織姫。

 それから織姫は食堂を後にしようとした時、なぜか狂司に声を掛けたくなった。

「烏丸くん、あの……さっきの誘拐事件のことって――」
「ああ。あれですか。あの時は僕もまだ子供だったというか……まあいろいろあったんですよね」

 そう言ってどこか遠い目をする狂司。

「そう、ですか」

 いろいろあった? も、もしかして、誰かに強要されていたのでは――!?

 そんな心配をした織姫は、

「それって誰かに指示をされたから、やりたくもないのにやってしまったことなのではないですか? その、ご両親とか……」

 狂司にそう尋ねた。

「もしかして、何か勘違いをしていません?」
「え……?」
「僕は僕の意思で動いています。誘拐事件の時も、またここへ戻って来るのを決めた時もね」

 確かに、私の勘違いでしたね。なんで私はいつも早とちりを……それに――

「自分の意思、ですか……」

 そう呟き、織姫は俯く。

 もしかして自分と同じなんじゃないかと狂司に少しだけ期待を持った織姫だったが、狂司の意思の強さを知ったことで自分の惨めさを思い知らされていた。

 私も自分の意思で行動ができたら――

 そんなことを思いながら、唇を噛む織姫。

「あ。そういえば、レクリエーションの時に織姫さんへかけた催眠のことを覚えていますか?」

「え――?」と呟き、顔を上げる織姫。

「あの時僕は、一番好意を抱いている相手に攻撃してくださいと催眠をかけました」

 狂司はニコニコとそう告げた。

「はわわわわ!」

 顔が真っ赤になる織姫。

「同性の凛子さんへ攻撃することを想定していたんですが、まさか想定外でしたね!!」

 意地悪な顔でそう言う狂司。

「あ、あなたのことは信用できませんっ!!」

 そう言ってから織姫は食堂から駆けだした。

「私が? こここ、好意を!? な、何を馬鹿なこと言っているんですか! もうっ!!」

 そして織姫はそのまま自室に戻って行った。



 ――織姫の自室にて。

「はあ、はあ。私としたことが、廊下を走ってしまいました……でも緊急事態だったので、仕方がないですよね」

 それから織姫はベッドに顔を埋めると、

「何をしているんですか。早く、帰ってきなさいよ――」

 そう呟き、寂し気な表情をするのだった。 


 * * *


 翌日。奏多は学校があると言って早朝に施設を出て行った。

 食堂にて――

 水蓮は食事用のプレートに乗っているウインナーをもぐもぐとおいしそうに食べていた。そしてその隣には、そんな水蓮を微笑ましく見つめる剛の姿があった。

「あはは! 水蓮はウインナーが好きなんだな!」
「うん! ぷりぷりしていておいしいのです!」

 水蓮はニコニコしながらそう答えた。

 なんだか、昔の結衣を見ているみたいだな――

 そんなことを思いつつ、おいしそうに食事をしている水蓮を見つめる剛。そしてふとゴーグルをつけていた時の水蓮の姿を思い出す。

 奏多は大丈夫って言っていたけど、本当なのか――?

「なあ、水蓮。本当にもう大丈夫なのか?」
「うん! スイは奏多ちゃんを救ったスーパーヒーローなので、もう大丈夫です! 剛君も何か困ったら、スイに何でも言ってくださいね」

 水蓮はそう言って剛の顔を見ながら、微笑んだ。

「ははは! そうか。ありがとな、水蓮!」
「えへへ」

 そんな水蓮を見た剛は、今は水蓮の言う事を信じよう――とそう思ったのだった。

「ねえ、剛君。先生がスイを見たら、どう思うかな……」

 もじもじとしながら、そう言う水蓮。

 成長したところを見せるのが、恥ずかしいのか――?

 そんなことを思いながら、クスッと笑う剛。

「ああ。きっと嬉しくて、水蓮を肩車するかもしれないな!」

 剛がそう言うと、水蓮は目を輝かせながら、

「本当!?」

 と嬉しそうにそう言った。

「おう! だからその日を楽しみにしながら、先生を待っていような!!」
「うん!!」

 それから施設に残された子供たちは、いつもの日常を始めるのだった。

 それぞれが、暁の帰りを信じて――。
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